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外伝 - SAKURA (後編)

『そこまでだ、桜!!』


 背後から響く迫力ある声に、桜の激高はかろうじて止まった。

 桜が我に返り、ゆっくり振り返る。すると、そこにはレスラーの格好をした屈強な男が、青白い光を発しながら立っていた。


『走れ言霊、枷鉄拘制』


 レスラーの男が言葉を発すると、青白く光る鉄の(かせ)が、倒れている男たちの手首や足首の周りに出現する。


――ギャキィン、ギャキィン、ギャキィン、ギャキィン!!――


 見るからに重そうなその鉄枷は、そのまま甲高い施錠音を立てて、男たちの手足にはまった。


『これでこの男たちは、私が解錠するまでずっと重い枷をつけたまま生きることとなる。こいつらには見えないだろうが、これで簡単に悪さはできないだろう。だから、戦意がない相手をそれ以上痛めつけるのはやめなさい』


 レスラーの男が視線を桜に向け、両手を腰に当てて話す。


「……誰よ? おじさん……どこの幽霊? あんたには関係ないでしょっ」


 小さい頃から霊を見てきた桜は、この男が霊であることがすぐに分かった。


「私は、これから守護霊になって桜を守る者だ。守護霊として言うが、もう攻撃するのはやめなさい」


「……何言ってんの? 突然出てきて守るって。アタシはあんたに守ってもらう筋合いなんかないから」


 桜が男の霊を睨みつける。


『あるんだよ。その筋合いがあるんだ。比呂が約束しただろう? 桜を守るって』


「……比呂くん? 比呂くんのことを知ってんの!?」


 桜は目を見開いて問いただした。


『私は彼に頼まれて、桜の守護霊になるために霊界から来たんだ。だから多いにあるんだよ、その筋合いが』


「……何なの……それ……訳分かんない……」


 呆然とする桜に、男の霊がなおも話し続ける。


『本当は、比呂自身が君の守護霊になりたかったようだが、彼にはもう転生の時が来てしまった。だから彼は、私に頼みに来たんだよ。君を守ってくれとね』


「……そんな……そんなこと……突然言われても……全然理解できないっ」


 桜は大きく動揺し、下を向いた。


『今すぐに全部を理解する必要はない。ただ一つ言えるのは……』


 男の霊が切なそうな表情を見せる。


「……何よ……何?」


 桜は顔を上げ、男の霊を見つめた。


『彼は守ったんだよ、君との約束を』


「!!」


 その言葉を聞き、桜の中に公園での思い出が一気に蘇り、体中から力が抜ける。


「……そんな……そんなことって」


――ガクッ――


 桜は、両膝をついて座り込んでしまった。


『彼の言葉や行動を真似するのはいい。彼の夢を代わりに叶えてあげるのもいいだろう。だが、こんなことはもうやめるんだ。比呂は、唯々(ただただ)君の幸せを望んでいるのだから』


 桜の目から、先ほどとは違った涙が溢れ出す。


「だって……だってさ……悔しいじゃない!! こいつらのせいでもう会えないんだよ!! ずっと会えないんだよ!!」


 自分では気づいていないが、桜の話し方は、比呂と一緒にいた頃の話し方に戻っていた。表情も、あの頃のか弱い少女の表情に戻っている。


「会いたいよ……会いたいっ……比呂くんに会いたい!!!!」


 男の霊は、無言のまま悲しい表情で桜を見つめた。


「比呂くん……比呂くん……比呂くん!!!!」


 比呂の名前を何度か叫んだ後、桜は大声で泣き始めた。

 波の音が、桜の泣き声でかき消される。


『比呂の夢を叶えると誓った日から、ずっと我慢してきたんだろう。もう我慢しなくていい。好きなだけ泣きなさい』


 そう言った後、男の霊は振り返り、海を見つめた。泣き顔を見られたくないだろうという、彼なりの配慮である。


――ザザーーンッ・・・・ザザーーンッ・・・・――


 夜の海の向こうには、船の光が小さく見え、時折点滅をしている。

 それから男の霊は、桜が泣き止むまで桜に寄り添った。静かに、そして見守るように。


――ザザーーーーンッ・・・・ザザーーーーンッ・・・・ザザーーーーンッ――


 泣き声よりも波の音のほうが大きくなった頃、泣き疲れた桜が海に向かってふらふらと歩きだすと、男の霊も共に歩き始めた。

 桜は、砂浜まで歩くと、そこに座り込む。


『落ち着いたか?』


 男の霊が桜の横に立って話しかけると、桜は横目で彼を見上げた。


「ええ、だいぶね」


『……そうか。じゃあ、頭を出しなさい』


 桜が「えっ?」と言った瞬間、男の霊は桜の頭を二度撫でた。


「……これって」


『ああ、比呂から言われていたんだ。桜が泣いたら、その後二回ほど頭を撫でてやれと、そうしたらすぐ笑顔に戻ると』


「……そっか。やっぱり比呂くんが」


 桜が泣き疲れた顔で、少しだけ微笑む。


『どうやら、本当だったようだな』


「そうかもね。でも、やっぱり相手は比呂くんじゃなきゃ」


『そうか、ははははははっ。こんなおじさんで申し訳ないな』


 男の霊は、ニカッという音が聞こえてきそうな笑顔を見せた。

 その笑顔が、桜の中で比呂の笑顔と重なる。


「……ねえ、あんた、プロレスラーの霊なの?」


『ああ、そうだ。生前は、それはそれは強いレスラーだった』


「……そっか、そうなんだ。プロレスラーの霊にアタシの守護霊を頼むなんて、比呂くんらしいな」


 桜が笑顔を見せた。今度は少しでなく、しっかり笑顔を見せている。


『そうだろう? 私も彼が私のもとに来たときは驚いたさ。はははっ。しかし、やっと桜の笑顔が見られたなあ。なるほど比呂が惚れ込むわけだ。とても可愛いぞ』


「なっ、なに恥ずかしいこと言ってんのよ、幽霊のくせに」


 桜の顔が微かに赤くなる。


『おいおい、私は霊体だ。幽霊とはちょっと違うぞ。あと、もう少しお(しと)やかな話し方をしなさい。いくら比呂の真似をしているといっても、もうちょっと女の子らしくしないと、これから恋ができなくなるぞ』


「いいのよ、それは。アタシはこれからもずっと比呂くん一筋なんだから」


『……なるほどな。幸せ者だな、比呂は。逝ってからもそこまで想われてるんだから』


「でっしょー? だから生まれ変わってからも浮気したら承知しないって比呂くんに言っておいてよ」


「おお、そうだな。それは言っておかんとな。はははっ」


「ふふっ」


 少しだけ明るくなり始めた浜辺で、二人は声を出して笑った。


「そうだ、あんた、名前は?」


『名前か? そうだなあ、道山(どうざん)とでも呼んでくれ』


「そっか、道山か。分かった。道山、今日はありがと。なんかスッキリしたよ。元気出た」


『それはよかった。だが感謝するなら比呂にだぞ。なんたって死んでからもずっと桜を守ろうとしてくれたんだから』


「……そうか。うん、そうだね。でも、あの世にまで感謝の気持ちって届くのかな?」


『ああ、きっと届くさ』


 心地良い潮風が二人を包む。

 桜は、晴れやかな表情で、海の向こうにある水平線を見つめた。


(ありがとう、比呂くん。ずっと、大好きだよ)


 これから八年後、桜はイズミと共に戦うこととなる。


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