番外編②(1)
楽しんでいただけたら幸いです。最後まで読んでみてください。
「どうしてこんなことになったんだ...」
そう呟いた俺の隣にはまだ状況を呑み込めず、周りから向けられる視線におびえている明兎がいた。(俺もまだ全然呑み込めていないが。)
確かにこの周りから向けられる視線は異常だ。明らかに人を見るような目じゃない。
連中は尊敬の念のようなものをこっちに送ってくる。無論初対面なので、そんなことされる覚えはないが。
しかもそいつらの目が虚ろだ。顔はこちらを向いているのに、目がどこを見ているのか全く分からない。
「あなた様が神様の導きでここへと呼ばれた御方でございましょうか?」
と、白いひげを顎いっぱいに生やしたおじいさんが俺に聞いてきた。
もちろん、そんな神とかいう存在に覚えもなく、それどころか、神よりも自分の推しの方を信じる俺としては、そんなことに答えることもできない。
だが、黙ったままの俺に対して、沈黙が答えだという風に受け取ったのか、そのおじいさんは
「やはりそうでしたか。どうか私たちをお救いください。」
そう言って俺たちにこっちの方に来るように促した。
しかし、そこにいるのは虚ろな瞳で、ずっとぶつぶつと何かを呟いている、異様な集団の方に行けるはずもなく、昔から気の強いはずの明兎が涙目で怯えているのを見ても、やはり、行くこともできないだろう。
そもそも何でこんなことになったのかというと...
その日、俺と明兎は学校が休みだった。明兎は相変わらず、俺の部屋でラノベを読みふけっていた。
俺はソシャゲでずっと周回をしていた。
中々良いものが出ず、一度休憩として飯を食ってから、俺もラノベを読み始めようと、何を読もうか本棚を眺めていた時だった。
その中に一つ、見覚えのないカバーの本が一つ混じっていた。
「明兎、ここに何か本でも追加したか?見覚えのない本があるんだけど。」
すると、明兎は視線を読んでいた本から、俺の持っている本へと移し、興味津々に答えた。
「そんな本を買った覚えはないけど...もしかして、新しいやつ!?」
やっぱり違うようだ。しかも、俺は普段はラノベしか買わず、稀に文学小説は買うものの、表紙になにも書かれてない本なんて買ったことがない。
蒼汰の本をここに持ってきてから、1年経ち、あの時より2倍ぐらいに本の数が増えたが、すべて読んだことはあるから、全く見覚えがないというものはない。
「知らん。むしろ、お前が買ってきたのかと思って、聞いたんだが?」
そう。明兎は自分でもラノベやアニメ類のグッズを、自分で買い集めるようになってしまったのだ。
明らかに俺の影響はあると思うが、さすがにここまでハマるとは思わなかった。しかも、明兎は俺、空兎とは違い、学校での友達も多く、その友達に様々な作品を布教しているらしい。
別に悪いことではないが、明兎と俺の違いは何なのだろうと考えてしまう。俺の友達は数えるほどしかいないからな。
その話は置いておいて、この本についてだ。本当に覚えがないんだが...
「もしかして、お母さんが買ってきたやつじゃない?」
と明兎が言う。
確かにうちの母さんは『そんな本ばかり読んでないで、こんなのも読んでみなさい。』と言ってミステリー系の小説を買ってくることがある。もしかすると、この本も、こんな感じで買ってきてたものかもしれない。
それに、大分強引だが、ミステリー系だと考えたら、表紙にあえて何も書いていないのは納得できる...かもしれない。
どのみち、俺の部屋にある本なのに、見たことがないというのは少し気持ちが悪い。そんなわけで読んでみることにした。母さんに聞くことはできない。今は仕事中だからだ。
父さんに聞いてみれば分かったかもしれないが...なぜかこの時はその考えは浮かばなかった。
椅子に座り、本を開いてみると...
本自体が光出し、床からも光が出始めた。
もちろん、俺たちは大騒ぎし、父さんを呼ぼうとドアを開けようとした。しかし、部屋のドアが開かず、必死に声を上げて父さんを呼ぶ。
その時、父さんたちからもらった、もしもの時のためのバッグもひっつかんでおいた。役に立つかはわからないが、持っておくことに越したことはないだろう。というか、俺の勘が持っておけと音を鳴らしている。
ドアの外からドタバタと音が聞こえたが、だんだん光の強さが増していき、視界が光で埋め尽くされた。
......そして、今に至ると。正直、あの本を好奇心で開いたことに対しては後悔しかない。
でも、もう起きてしまったことにはどうすることもできない。とりあえず、近くに落ちているカバンを拾い上げる。
この状況を受け入れるしかないとはいえ、さすがにあの集団に近づけるわけもなく、なにより明兎が動こうとしないため、俺も動くことができない。
こういう場合は離れたらダメだと相場は決まっているもんな。
俺は明兎に声をかけてみるが、やはり動かない。確かにこいつは昔から危険に敏感だった。
曲がり角で、死角になっているところから来る車を避けたときも、電線が千切れて降ってきたときも、明兎に助けられた。そういう時は必ず、数秒前に明兎が察知して、回り道をするように言っていた。なんなら、行こうとした道の先で雷が落ちたこともあったしな。
そんな明兎が行きたくないとなれば、必然、俺の足もそちらに向かなくなる。
そんな様子を見たおじいさんが、半ば強引に俺たちを引っ張っていき、真っ白な部屋へと連れていかれた。(一瞬外が見えたから、そっちかと思ったけど、違ったかあ...)
そんな部屋の中央には、丸い水晶のようなものが台に置かれており、逆に他には何もない。...壁に掛けられている絵以外には。
その絵は正直、不気味だ。おそらく、さっきのおじいさんが言っていた、『神様』というやつの絵だろうが、天使の羽と悪魔の羽と尻尾、そして、その頭には真っ黒な空のようなものが光っており、逆にその下には人が苦しんでいるような姿が描かれていた。
しかし、明兎はその逆でここに来てホッとしているようだった。絵を見た様子はない。どうやら、さっきの集団に囲まれているよりはここの方が、安全だと感じているようだ。
「明兎、大丈夫か?ずっと怯えていた様子だったけど。」
一応心配なので、明兎に声をかけておく。
すると、明兎はさっきよりも少し落ち着いた様子で、答える。
「大丈夫...だと思う。お兄ちゃんごめんね、心配させて。」
やっぱり不安だよな。こんな知らない場所にいきなり放り込まれて、あんな怖い視線が刺さったらそりゃ不安にもなるわ。
「明兎、ちょっとこっちに来い。」
「え?なんで?」
「はぐれないようにするのと、俺が不安だから。この世で一番信頼できる、明兎が少しでも近くにいないと落ち着かないからさ。」
俺がそう言うと、明兎は無言で承諾し、俺に身を引き寄せる。実際、明兎が不安そうだったから。なんて言うより俺の方が不安だという方がいいからな。特に明兎みたいな中々心の内を言いたくないというタイプにはな。
「よろしいでしょうか?それではあの水晶に触れてみてください。もしも、神様のお導きでここへと来られた方々なのでしたら、この水晶に触れることで、その秘められた力が分かるようになります。私たちを救ってくださる力が。」
はあ!?知らねえよ。んなもん。
「そんなんいらないんですが...俺たちを家に帰してくれる気はないんですか?」
まあ答えは決まっているだろうが。
おじいさんは目を細め、答える。
「出来かねますな。少なくとも、あなた方は神様により召喚された方々であるため、元の場所に戻ってしまわれるのは、困りますな。」
いや、知らんがな。そんなん言われても。
「でもそれって、何かしら、強制的にやらされるんですよね?だったら...」
「ご安心を。万が一、あなた方の内にある力が発現しなかった場合には、何も強制することはありません。ここにとどまる必要もないので、お好きなようにしてください。」
言い方が腹立つわあ。まあそんなこと言うわけないけど。
かなり怪しいけど、ここではあの水晶に触るしかないんだろうな。
「明兎、あの水晶には触っても大丈夫か?」
俺は、小声で明兎に聞いてみる。
「わかんない。でも、変な感じはしないと思う。」
じゃあ多分大丈夫だな。明兎の勘は大体当たるからな。このことは、家族以外に話しても信じないけどな。いや、家族以外だったら信じてくれそうなのは、一人いたのか...
そのことより今の方が大事だな。
俺は明兎の手を引いて、水晶へと近づく。
「水晶に触れる際は、お一人ずつお願いします。」
と、おじいさんは軽い注意というよりは、警告をするかのような声色で俺たちに言ってきた。
俺が先に触れるしかないか。どの道、危険そうなものは俺が先に確かめないと。
そっと、若干引け腰になりながら水晶へと、手を触れさせる。
すると...何か温かいものが触れた先から体中へ広がった...り、水晶が大きな光を放った...り、ということもなく、何も起こらなかった。
「残念ながら、発現してる様子はないようです。」
残念そうにおじいさんが言う。
ふむ。テンプレ的に考えると、ここは異世界ということは確定として、水晶に触れさせたのも、そこへ召喚された元来勇者の役目。だがしかし、俺は何も特別な力を持たない、ただの巻き込まれた一般人...ということになる。
あくまで、この状況をテンプレ的に考えた場合だ。そもそも拉致・監禁が目的なら、こんなすぐ逃げれるようにするはずはないだろうし、その上、あの人の数と水晶に触れろとか言う謎の指令だ。うん。絶対という言葉では表すことはできないが、確実にその類ではない。
となると、俺がラノベで読み漁った知識を生かすチャンスなのではないか?
...あ、たった今、なんも特殊な力がないって言われたばっかだわ。
って、待ってくれ。まさかとは思うが、このままテンプレ通りに進んだらマズイことになるのでは?
だってさ、俺がただの雑魚で、なのに呼び出されたんだとしたら、本題は明兎。ということは、まさか、勇者的な役割に無理やりなってしまうのではないか...!?
そうだとしたら、俺たちは離れ離れになって、明兎も俺も寂しい思いをしながら日々を過ごすことに...はならないか。俺は別にシスコンってわけじゃないし。いやでも、シンプルに、この知らない地で血族と会えるのに、会えないのが一番辛く寂しいことか。
だがしかあし!!俺が頭を抱えて色々と考えているうちに、いつの間にか明兎は水晶へと手を触れてしまったのであーる!!
すると、水晶は今度こそ天を衝くほどの爆発的な光を放ち、あのおじいさんが驚愕のあまり白目を剥く...なんてこともなく、何も変化はなかった。
はぁ~~~...よかった。ったく、変な心配させんなよ。俺だけ雑魚扱いじゃなくてよかった。これで兄妹そろって、異世界召喚されたガチガチの一般人ということが分かったなあ。
そもそもおかしいと思ってたんだよ。
だってさあ、これが夢じゃなければさあ、俺の部屋にあったさあ、知らない本がさあ、開いたらさあ、突然光ってさあ、気づいたらさあ、ここに、いると。
その状況がまずおかしい。明兎の行動がある意味では不自然だが、逆にああいう行動を取っていなかったら、俺がラノベの読みすぎで、とうとう脳がイかれたのかと思ってたね。
明兎は今は、何か変化が起こるまで動かないスタンスのようだ。どうやら、俺に構って欲しそうにしている。
...と、この状況が普通であれば思う。ここが観光施設や、博物館での珍しいものを触れる体験の時などは事実そうだろう。
しかし、当たり前にそんな状況であるはずもなく、多少冷静な判断は取れ、人からの視線には、人一倍敏感な明兎のことだ。おそらく...やっぱり。そういう意図だな。
とりあえず、水晶の前から肩担ぎをして、明兎を水晶の前からどかし、一定の距離を取る。一応、入り口近くに移動しておく。そこが、おじいさんから一番距離を取れる位置だからだ。
明兎も、突然豹変した様子の気づいていたようで、あえて、肩担ぎしやすい状況を作ったようだ。個人的にはおんぶよりはこっちの方が運びやすい。明兎がこの体制で我慢できるかどうかだが。
自慢するほどではないが、俺の筋力は中々にある。なぜなら、時々寝落ちする明兎を持ったまま、部屋へと連れて行ったり、新作が発売する1か月前には3時起きし、そこからダッシュで、最寄りの発売店数店舗を、回るトレーニングをしたりしていたからだ。自転車?バイク?知らん。自分の欲しいものは自分の足で、だろ!!俺の中では常識。それ以外は知らん。だからなんだ。文句を言うやつは情熱が足りん。
とまあ、回想が多くなってしまったが、そんなわけで、数キロを一定のペースでなら、明兎を担ぎながらでも走ることはできる。まあ短距離は断然明兎の方が得意だが。
まあ家族力が、こんなところで試されるとは思ってもいなかったが。
話を戻すか。俺たちがなぜ、おじいさんから距離を取ろうとしたかだったよな?
いかがでしたでしょうか?今回は番外編ということで、空兎と明兎が出てきました。さて、今回も前回と同じように唐突に番外編となってしまいましたが、大体章の締めくくりに番外編を書くので(一応は予定ではあるので)、3章も終わりに近いです。
今回は(1)とあるように、次回も少し番外編を書かせていただきます。次回もぜひ、読んでいってください。
次回の投稿も来週の金曜日の予定です※都合上、遅れてしまう可能性があります。
それでは、また次回お会いしましょう。