34. 理由
カートルへ向かう船の中、リリアナを危険な場所に赴かせることに反対していたアルバートは大きな溜め息を溢していた。
信頼できる強さを持つラティラとセルジオだけを連れていくつもりだったのに、一緒に行くと聞かなかったのだ。
もしあそこで無理に屋敷で待たせるようなことをすれば、それこそ一人で行ってしまいそうなほど。
それなら自分の目が届く範囲に置くほうが安全だと考えたのだが、本当に良かったのかと自問自答を繰り返している。
「旦那様。」
「ラティラか。リリアナは?」
「先ほど眠られました。念のためセルジオを部屋に待機させています。」
「ありがとう。」
「…。」
「どうした?」
「リリアナお嬢様がアザレア城から去られたのは、お一人で考えられたことではなかったようです。」
「そうだろうね。もし、リリアナが自ら考えていたとしてもとても気遣いのできる子だからね。自分が居なくなった後のことを考えて踏みとどまってくれていたと思うよ。」
「私もそう思います。どんな内容かまでは伺うことが出来ませんでしたが、明らかに不安を覚える何かを目にされたのでしょう。旦那様をとても心配されていました。」
「…夢で何か見たのか。」
「恐らく。」
「前回、屋敷に現れたのもそうだがリリアナに固執している。いや、リリアナの"死に"という方が正しいのか。」
「お嬢様が亡くなられることで得られるものがあるということでしょうか…。」
「666番目に生まれた聖女とは聞いたが、そこに関係があるのは本来の魔術師という存在に対してだけだろうな。」
「特別な聖女とは関係ないとお考えなのですね。」
「暗黒時代については私もそれなりに知識があるが、力を得るだけであればカートルの彼らを巻き込む必要はない。裏で糸を引いている何者かはリリアナを追い詰めたいのだろう。自害を選択させるように仕向け、それを助けさせる。レールに沿った物語が行き着く先は…。」
「自我の喪失ね。」
「メアリーか。」
「事の始まりはここではないのかもしれないわよ。」
「どういう意味だ。」
「以前、リリアナが病気によって記憶を失ったと聞いたわ。」
「幼い頃の話だ。とくに問題は…。」
「その時から彼女の何かが変わったとは感じなかったかしら?」
メアリーのその言葉にそれ以前のリリアナを思い出してみる。
アルバートにとっては記憶を無くす前の彼女も愛おしい存在であることは変わりないが、確かに纏う雰囲気は違う。
それは記憶喪失によるものだと深く考えたことはなかった。
「本来のリリアナと別の人格。そう考えたらどう?」
「そんなこと…!」
「あら、そうかしら。専属侍女である貴女が一番気付いているはずよね。」
「…。」
「彼女は本当にリリアナ?」
彼女の言葉にパズルのピースが嵌っていく感覚。
隅に追いやられていた記憶のリリアナは6歳という幼い齢とはいえ、シェリフォールに熱を上げ、自分以外の令嬢を見下すような態度を取っていた。
屋敷の皆にも自分が主人であることを理解し、駒のように扱うことは当然だとそう思っていただろう。
本来ならそれが一般的な公爵令嬢の姿だ。
いつの間にか、自分より他人を優先するのがリリアナの姿だと。
そう定着していた。
もし本当にメアリーの言うとおりであれば、今の彼女は一体…。
静かに眠っているであろうリリアナのいる部屋へ視線を向けながら戸惑いの表情を浮かべるのだった。