5話 魔法
アイラは語る。
「この大陸にはかつて強大な文明があった。ここバロウルを首都とする大国じゃ。現代に生きる我々は、これをバロウル文明と呼んでおる。この王国が大陸全土を手中に収めるにあたり、比類なき力を発揮した神器が存在したと――そういう伝説が、今も伝わっておる」
神器の数は7つ。ないしは8つ。ある地方の伝承では15という話もあるし、逆に3つとする説もあるという。
ただし。
その神器――アーティファクトと呼ばれるそうだ――は、単なる伝説上の存在に終わらない。
「1つだけ……いや、今ここにあるリベラリタスを含めれば2つか。今この国に、実在しているものがあるのじゃ。名を、『節制の聖杖』テンペランティア。大教会の聖女が所有しておる」
聖女――というのは、宗教的に意味のある存在なのだろうが、詳細はわからなかった。
それに、今ここで尋ねるべきことだとも思えない。
「他のアーティファクトについては、鎧型のものと槍型のものがあるのは間違いないようじゃ。その点に関しては、多くの伝承で共通しておる。ただ――聖杖テンペランティア以外の神器を、生きているうちに見られるとは思わなかったがの」
朝露に傾ぐ草花を見下しながら、アイラは呟くように言った。
現在、俺たちは遺跡の一角にある展望台のような場所にいる。当時どのような用途で使われた場所なのかは不明だが、一際高い場所にある空間だ。ただ、石造りの構造物は、その隙間から草花に浸食され、かつての栄華を感じさせない。これはこれで哀愁があり、よいものではあるが。
「それで? これはお前に渡した方がいいのか? そんな大それたものを俺個人が所有するわけにもいかないだろ」
「いや。アーティファクトは持ち主を選ぶ。お主が使い方を直感的に導いたなら、それはつまり、お主以外がリベラリタスを握っても意味がないということじゃ」
「うーん」
この杖が、魔法に関する何かであることは理解できる。
ただ――俺は異世界人。魔法に対する知識があまりにも足りない。もう少し、魔法がどういうものかわかれば、使い方もわかるかもしれないのだが。
と、相談すると。
「お主、魔法使いと戦ったと申したな。そのとき、円形の模様のようなものを見なかったか? 魔方陣というのじゃが」
「ああ。見た」
「魔法とは神の力の断片での。我らは生まれてすぐ、教会で祝福を受けると同時、固有の魔方陣を神より授かる」
いわく。
赤子の時点では、何も書き込まれていない円なのだという。才能によって円の数は変わり、多くの者は単体の円だが、百人に一人程度の割合で二重の円――一万人に一人程度の割合で、三重の円。
ちなみにアイラは二重円で、ナーシアは単円らしい。
「この魔方陣は、生まれた時点ではいわば器での。成長とともに、経験を重ねれば、次第に中身が変化していくのじゃ」
「成長によって――か」
「うむ。であるがゆえに、その者が扱う魔法は、性格や思想といった個性を反映するものであるし、越えてきた苦難を示すものである」
「話を聞いた感じ……魔法ってのは体系化されてるものではなくて、個人に依存するものらしいな」
「まあ、凡庸な人生を送った者は、ある程度似通った魔法に行きつくがの。そういった魔法は、逆に扱い方が集合知として熟練されておるため、それはそれで使い道もある」
なるほど。
「なんとなく話が見えてきたし、この魔筆の使い方もわかってきたよ。たぶん……魔方陣を自在に書き換えたり、それどころか、1から書いたりできるんだと思う」
「……となると、破格の力じゃの。理論上、他人の魔方陣を見て書き写せば、どんな魔法でも扱えるということになる」
「そんなすげぇ神器が……どうして俺を選んだんだろう」
「そうじゃのう。お主、円を描いてみよ」
「え、あ、ああ」
言われるままに、リベラリタスを取り出し、空中に円を描く。
金色の線が空間に刻まれ、一周して輪が閉じた。
「……歪みのない円形じゃ。よほど習熟していないと、これほど真円に近いものを描けるはずもない。漫画家――じゃったか。お主が培ってきた技能は、リベラリタスの能力を扱うに適したものだということじゃ。我が国にも優れた画家はおるが、彼らが握るのは絵筆ばかりで、そのように細い筆先を扱う術は知らんからのう」
言われて、リベラリタスのペン先を見る。
確かに、漫画を描くときに使っているペンの先端によく似ている。油彩画家に、こいつを扱うのは厳しかろう。
線。線で構成される絵。
美術という世界において、それは長らく忘れ去られていたものだ。
レオナルド・ダ・ヴィンチが作り上げたスフマートの技法。『ものに輪郭はない』という思想。これがレオナルドの信奉者であったラファエロによって極められ――そして、ラファエロの絵画こそが美の規範となったルネサンス以降の長い間、絵画において輪郭線というものは存在しなかった。
いや、時代をもっと遡っても、線が絵画の主体になったことはほとんどないと言えるだろう。毛を束ねた『筆』というものが存在しなかった時代、存在しなかった文明圏でのみ成立した美術なのだ。原始美術以降、それは絵画のメインストリーム足りえないものだった。
きっと、この世界の美術も、それは同様なのだろう。
地球のように近代に入り、漫画・コミックという文化が成立しているわけでもない。
その中で、リベラリタスを最も上手に扱える人間が俺というなら――それは、確かにその通りなのかもしれない。
と。
漫画という俺の愛する文化が、異世界で生き抜く術を俺に与えてくれている。
その事実に感動してると。
「アイラ様! レン様!」
ナーシアがやってきた。
「ナーシア。どうした」
「捉えた男たちが目を覚ましました」
その報告に、アイラが目を細める。
事情を聴取するために、俺たちは寺院に戻ることにした。
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