14話 潜入と再会
抜き足、差し足、忍び足。
イッツアジャパニーズトラディショナルSHINOBIマジック。
靴を脱ぐことで足音を軽減した俺は、時折通り過ぎる人影を物陰でやり過ごしながら廊下を進む。
人が動いてくれないときは、ポケットの硬貨を壁に投げつけ、音で振り向かせた隙にこそこそと移動。
そして辿り付いたとある部屋の前で。
ドアが開いたかと思うと、一人の男が姿を見せた。
「では、サラ。部屋を離れないように」
あの男は……あのとき、サラを連れ帰った、あの男だ。
狐のような目と細い肢体に見覚えがある
ここがサラの楽屋か。
男が立ち去るのを待ってから、俺はコンコンと扉をノックした。
あれ? この世界にノックって文化はあるのか? と不安になるが、どうやら存在したようで、サラにしては控えめな「どうぞ」という返答が聞こえる。
心拍が加速するのを感じながら、扉を開く。
豪奢な舞台衣装であるドレスに身を包んだサラがそこにいるのを見て、俺は思わず惚れそうになった。
が、直後の彼女の大声でそれも掻き消える。
「どへぇぇぇぇぇええええっ!? ええええええっ!?」
「ちょ、声、声!」
奇怪な驚き方だった。
「レ、レ、レ、レンくん?」
「ああ。こっそり忍びこんだから、なるべく声は抑えてくれ」
と言ったところで、ふと気づく。
「お前……泣いてたのか?」
「え?」
「化粧」
「ほえ? あ、や、やだなぁ! 欠伸が出ただけだよぉ」
そんなわけねぇだろ、と思いながらも、強く踏み込んでいいものかどうか、迷ってしまう。
だが、黒く流れた目元の化粧と、逃げられないようにという意図だろうか、窓枠にはめ込まれた鉄格子を見ると、やっぱり我慢できなかった。
「なぁ、サラ。あの男は何なんだ。お前、何されてるんだよ」
「グ、グレイさんは偉い人だよ!」
「偉い人って……」
「そ、そのグレイさんが!」
半ば無理やり、俺の手を取り、立ち上がらせるサラ。
「すぐに戻ってきちゃうから。今日は早く帰った方がいいよ!」
「おい、ちょっと」
ぐいぐいと手を引こうとするサラの表情には、明らかに事情を隠そうとする意図があった。
それは、俺という個人を拒絶するものではなく、俺が潜入にあたってジルを帰らせたときの心情と同じ種類のものだ。
舞台の上ではあれほどの演技を見せるサラだが、素の彼女の瞳は、どんな言葉よりも雄弁だった。
「見つかったらやばいんでしょ!」
「そうだけど……心配なんだよ、サラが」
「お願い、今日のところは、帰っ……きゃっ」
帰らせたがるサラと抵抗する俺。
揉み合う中で、サラのドレスの長い裾がどこかに引っかかって、彼女がバランスを崩す。
巻き込まれて、俺もまた体勢を崩す。
(これは……ラッキースケベの気配!)
倒れ込む一瞬、感覚がスローモーションになる。
電光石火の早業で、俺は両腕を彼女の乳房に向かわせた。
「っ!」
どたん、と二人まとめて倒れる。
掌に伝わるたゆんとした感触。
俺の体の下に組み敷かれたサラ……その豊満なおっぱいの温かさが、布越しに伝わって来た。
「だ、大丈夫か?」
「うん……それより、手……」
「これは不可抗力なんだ! 仕方がなかったんだ!」
「そう言いながら揉んでない!?」
気のせいである。断じて。
と――勢いでごまかしてさらに揉みしだこうとしたときだった。
ガチャリ、と。
扉の開く音。
「サラ様~。今宵も素晴らしい演技でございました。サラ・ダランベール愛好倶楽部の代表である、このランド・デューラーが馳せ参じまし……た……?」
ほくほく顔で花束を抱えて入ってきて、サラの乳を揉む俺に気づき、フリーズする男は。
客席の一件で俺に高圧的な態度で接してきた、あの貴族の男だった。
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