11話 スク水を求めて 中編
王宮は4つの巨大な建造物と、庭園に並ぶいくつかのパビリオンから構成される。
4つの建物のうち、中央のひとつは、王宮に勤めるあらゆる人間が働く主棟。
向かって右翼に配されるのは、兵士・軍人棟。左翼に配されるのは非戦闘員棟。この2つの棟に泊まり込みで働いている人間が大半であり、宿舎と職場を兼ねているので、主棟よりも規模は大きい。建物の高さは主棟が最大なんだけどね。
で――最奥部こそは、王族の住居である。
アイラと二人の兄、そして王様と王妃様。この五人に加え、ナーシアのような側近たちもここで生活することになる。
「お待たせしたッス、旦那!」
そんな場所には、直接アイラに呼び出されたわけでもなければ立ち入ることができないので、目当ての人物を呼び出すためには、出入りする別の使用人を捕まえて頼み込むしかなかった。
呼び出したのは、ナーシアの部下である少女。
であり、上司と同様の獣人メイドでもある。
「用件は手紙にまとめた通りだ」
「おー、狩りっスね!」
「仕事、抜けられるか?」
「余裕ッス。いかにうまくサボるか……それが王室メイドの技量を示す唯一無二の評価項目といえましょう」
それでいいのか王室メイド。
いや、本人が言うのだから、後でこっぴどく叱られようが、俺の知ったことではないのだが。
ナーシアほど貞淑な獣人は珍しいと聞くので、むしろいかにもアホっぽいこの子の方が、標準的な獣人なのかもしれない。
「ところで、お手紙読んだッスけど、いつの間に字を覚えたんスか?」
「知り合いに書いてもらった」
「む。ジルちゃんっすか? って、ジルちゃん、ついてきてないんスね」
磨き抜かれた廊下を歩きながら、簡単に事情を説明する。
スク水の件は伏せて、だが。
手紙を書いたのは服屋だった。
その手紙を別のメイドさんに託し、こうして彼女を呼び出したわけなのだが――。
――おっと。
彼女の紹介がまだだったな。
「エミリアは、例の魔物と戦ったことはあるのか?」
「ナーシア先輩から話を聞いたことはあるッス。ナーシア先輩によると、案外粘着液のヌメヌメがいい感じとか何とか」
「いい感じって何だよ」
「それは、ウチにもよくわかんねッス」
ナーシアムッツリ疑惑が俺の中で生じている今、意味深に聞こえる……というか、実際、そういう意味なのだろうか。
そんなナーシアの妹分とでもいうべきこの少女は、名をエミリア・ローという。
ナーシアがジャッカルっぽい獣人なのに対し、エミリアはミニチュアダックスを思わせる垂れ耳だ。薄い茶色のくせ毛が、一歩歩くたびにぴょこぴょこと揺れるのが、たいへん可愛らしい。
しかし、小柄な体格の割に、年齢は18歳。この世界の基準で言えば、けっこう大人なのだった。
「なぁ。王宮に務めてるメイドさんって、皆獣人なのか?」
「や、そういうわけじゃないッス。『我が国は獣人差別に反対していますよ』という意思表示のために、積極的に採用しているというだけの話ッスよ。全員ってわけじゃありませんッス」
そんなことを話しながら、二人でふらっと城を抜け出し、そのまま王都の城壁から抜け出す。
召喚され、王都に住んで以降、街の外に出るのは初めてだった。
「さー! やってやりましょう! 旦那! えい、えい、おー!」
「おー」
その掛け声、こっちの世界でもあるんだなぁ。
なんて思いつつ、王都から徒歩1時間程度のところにある休火山へ、俺たちは足を進めた。
◆
やってきた休火山の麓には、いくつかの溶岩洞窟がある。
目指すのは、そのうちの一つだった。
「たぁっ!」
ざくっ、と小気味の良い音を立て、エミリアの武器が恐竜型の魔物に突き刺さる。
そこへ、
「旦那!」
「おう!」
魔筆リベラリタス――その先端に展開された黄金の魔方陣から、雷撃が放たれた。
ガウスの法則。
基礎的な電磁気学の法則のひとつであり、単一の電荷は放射状の電気力線を描くという内容だ。
これは、『尖った一点に電気が流れ込む』という避雷針の原理を説明するものでもある。
千本のようなエミリアの武器は、見事に俺の雷撃を吸い込み、魔物を絶命させた。
「ふぅ。わかってはいたけど、お目当ての魔物以外とも、けっこう戦わなきゃいけないんだな」
「そりゃそうッスよ。それにしても、旦那。その魔法、まるでアイラ殿下みたいっすね」
「みたい、も何も。アイラの魔法だからな、これ」
リベラリタスは『魔方陣を描く』あるいは『魔方陣を編集する』機能をもつアーティファクトだ。
しかし、単にそれだけではなく、魔方陣の保存機能もある。
アイラに頼んで魔方陣を模写させてもらったので、保存したそれを呼び出して使っているわけである。プログラムを実行するように。
「やっぱすげぇんスねぇ、アーティファクトってのは。他の方の魔法も、同じように保存してるんスか?」
「してる。けど、あまり役立つのはないな」
ナーシアの身体強化は『ないよりまし』という程度の出力だし。
モニカがよく料理のために用いてる火の魔法は、手元に火の玉を生み出すだけで、撃ち出すこともできないので戦闘にはあまり使えない。
他の知り合いにしても、アイラの雷撃魔法より使えるものはなかった。
「アイラ殿下、よく『わらわの魔法は扱いづらい』ってぼやいてるッスけどねぇ。威力はあるけど制御が難しい、とか何とか」
敬意も何もあったものではない物真似を挟みつつ、そんなことを言うエミリア。
だが、アイラに対する敬意の薄さでは俺の右に出る者はいないので、俺がツッコむのも筋違いと言うものだろう。
「それは電気の性質を理解してないからだよ。俺の世界では、電気についての研究が進んでてな」
「でん、き……?」
「ああ、そっか。電気っていう概念自体が存在しないのか」
俺はアイラの魔法を『電気を操るもの』と思っていたが、こちらの世界の感覚では『雷を撃ち出すもの』という感じなのだろう。自然現象としての雷しか知らないから。
おそらく、電気が流れるには『行って、返って来る』という過程が必要であることも理解しておらず、だから電気の通る経路をうまく設定できないのだ。それが、アイラのコントロール不足を招いている。
そのうち基礎的な電磁気学を教えてやらないとな。俺も高校物理以上のことはよく知らないけどさ。
「よくわかんないッスけど、頼りになるッスね、旦那は。ウチの助力は必要なかったような気もするんスが」
「いや。エミリアは必要だよ」
「そうッスか? まぁ頼りにされると嬉しいッス」
身軽で扱う武器も忍者っぽいエミリア。彼女が持っている針状の投擲武器は、避雷針の原理でアイラの魔法を制御するのに便利であり、相棒としてはこの上ない。
それに、今回はセクハラこそが最大の目的なので、俺一人では意味がないのだ、うん。
俺たちは、黄金パターンで雑魚魔物を殲滅しつつ、火山の麓にある洞窟のひとつに辿りついた。




