8話 のんびり店主と行き倒れ
「困ったなぁ」
しとしとと雨の降る午前をやり過ごし、雲間に光が差したタイミングを見計らって、外出。
仮にも宮廷画家という身分なので、それなりに高級住宅地的な場所に住んではいるのだが――貧乏舌はごまかせないもので、少し離れたところにある定食屋が、お気に入りの場所になりつつある。あ、いや、貧乏舌というと、その店が粗末なようで失礼かもしれないが。
『春風』という飲食店で、こじんまりとした空間が心地よく、最近は店主の女の子とも仲良くなってきた。
彼女との会話を楽しみにしている節もあったのだが。
その日は、別の少女と出会うことになった。
「…………なぁ、ジル。これ、無視していいと思う?」
「……いや、さすがにそういうわけには」
「だよなぁ」
春風の入口前には。
アイラやナーシアが霞むほどの、超弩級の美人さんが、ギャグじみた大の字のポーズで倒れ伏していた。
◆
「おいしい! これ、とってもおいしいよーっ!」
復活した美女は、とてつもない勢いで、春風の店主モニカ・フルヴィッツが作った料理を胃に流し込んでいく。
抜群のスタイルからは想像もできない食べっぷりに、ジルは唖然としていた。俺だってびっくりだ。
カウンターの向こうで、金色のおさげを揺らしながら。モニカは苦笑する。
「いやー。そう言ってもらえるのは嬉しいけどねー。こう言っちゃなんだけど、ねーちゃん、お金はあるの?」
「たっぷりと!」
もごもごと、頬張りながらしゃべっているのに、妙に聞き取りやすい。
ハキハキと喋る美女は、どーんと革袋を取り出してみせた。中身を見ずとも、ジャラジャラという音で、大量の硬貨が入っていることはわかる。
美女が麗しきぬばたまの黒髪《ブリュネット》を掻き上げ、麺を啜る。スパゲティに近い食べ物で、俺のお気に入りの逸品でもある料理だ。
美女は、幸せそうに咀嚼し、とろーんと笑みをこぼした。
「すっごいよー、最高だよーっ!」
やたらよく通る声で驚嘆する彼女の煩さに耐えかねたのか、ため息とともに、奥の席にいた女性が立ち上がった。
「お勘定」
よく見かける常連客だ。
何やら難しそうな本をよく読んでいる、片眼鏡が素敵な女の子である。
モニカが彼女の相手をする間に、声のトーンを落とすよう視線でたしなめつつ、美女へと問いかける。
「そろそろ、どうしてそこで倒れてたのか聞きたいところなんだけど……とりあえず、名前を教えてもらえるかな」
「あ、そうだねー! まだ自己紹介してなかったね! 私、サラ・ダランベールといいます! よろしく!」
屈託のない笑顔にたじろぎつつも、こちらも名乗る。しっかりジルのことも紹介。
常連客が出ていくのを見送って、モニカも戻って来て自己紹介をした。
「で、どーして倒れてたの?」
モニカの問いに、とうとうサラは飯を胃の奥に流し込む手を止める。
天変地異の事態にジルが目を丸くした。いや、びっくりしすぎだろ。際限なく飯を掻き込み続ける人間がいてたまるか。
「お腹が空いて!」
そして、答えはより驚嘆に値するものだった。
「そ、それだけなのか?」
「そだよ! よくあることなんだけどねー」
「よくあるのか……」
「あ、でも、見知った人はみーんな知らないフリするからなー。助けてくれて嬉しかったよー、うん。お礼をしないとね」
俺とモニカは顔を見合わせる。
俺としては、飯を作ったモニカがお礼の対象となって然るべきだと思う。たぶん、ジルも同意見。
一方で、モニカは、サラを発見した俺がお礼の対象と認識しているらしい。
結局、モニカが「レンくん、例の件とかどうかなー」と言ったことで、無言の論争《ゆずりあい》は決着した。
「っつっても、あの件は、一般人にどうにかできるものじゃないだろ。とりあえずは、モニカの紹介してくれた方からあたってみるよ」
「? ねぇ、それなんの話ー?」
俺とモニカの会話に、サラが興味を示した。
純粋無垢な視線に晒され、ついつい説明してしまう。
「実は――」
◆
王立劇場で門前払いを食らったのは、2日前のことだった。
紹介状が必要、との理由である。
アイラはそれを知らなかったのか、それとも失念していたのか。あいつは紹介状を書ける立場だと思うのだが――何にせよ、紹介状がない以上、劇場の会員になることはできない。
だが、稀代の脚本家メルクに会うには、彼が住み込みで働いているという王立劇場に入り込むのが一番だ。諦めるというわけにもいかないだろう。
といったことを『春風』で話していると、店主のモニカが反応したのだった。
「あたし、孤児院の出身なんだけどー。同じ孤児院の出身者で、王立劇場に勤務してる人がいるとか聞いたことがあるよー」
とのこと。
間延びしたのほほーんという声で説明する彼女自身は、その『王立劇場に勤務している人』とは面識がないそうだが、孤児院の院長さんを尋ねてみればいいのでは、と提案してくれた。
そういうわけで、午後の予定は孤児院訪問なのである。
なのであるが。
「…………なあ、どうしてそんなに隠れて歩くんだ。段ボールも使わずに」
「ダンボールとやらはよくわかんないけど、私、狙われてるんだよ! 命とかそういう感じのアレを。だから、あんまり人に会いたくないんだよね!」
妙にウキウキ気分のサラがついてきたのだった。半ば無理やり。
「……かくれんぼをするなら、声はおさえるべきでは」
「癖みたいなものだからね! 無理!」
コミュ障のジルですら、呆れて容赦のないツッコミを放つが、意に介する様子もない。
天衣無縫のマイペースさを見せる残念美女は、かくれんぼに飽きたのか、貧民街のあたりに差し掛かると、ひょこひょこと俺の隣を歩くようになった。
おかしい。
理由は明確すぎるほど明確なのだが、このちゃらんぽらんな女と並ぶだけで、俺が従者か何かのような雰囲気になってしまうのは、やっぱり釈然としない。
そんなサラの妄言の類をかわしつつ、たどりついたフルヴィッツ孤児院。
案の定というか、それほど清潔な空間ではないが、無理もない。
「サラ。遊びに来たわけじゃないから、邪魔はしないでくれよ」
「ほーい」
不安だ。
が、ほんとに遊びじゃないのである。
というか、招待状を求めてやってきたという、それだけの要件でもないのだ。
――かつて。
ジャパニーズ漫画カルチャーの先駆けとなった、とあるエンターテインメントが存在した。
お株をテレビに奪われるまでは、子供たちにとって最高の娯楽でもあったそれは、今なおサブカルチャーに影響を残している。
『黄金バット』に代表されるそれは、間違いなくヒーロー文化の礎であった。
ストーリーに沿って描かれる数枚の絵。
順々にそれを提示しつつ、物語を語るスタイル。
落語と絵画を合体させたかのようなそれは、間違いなく、漫画家のスキルを活かせる媒体で。そして、漫画のように大量生産をする必要がない。
そう――俺が孤児院の人々に取り入るために用意した策は。
紙芝居という日本文化である。
Twitter→https://twitter.com/komatsuna_novel




