第十五転調『本音・新想』
彼が夢ではない夢、跡夢という、他の人の人生を見る不思議な現象によって眠りについた可能性があると聞かされた、その日の夜のことだった。
その男は霧を纏いながら現れた。
何を言っても口を開こうとはしない。
私を助けてくれた彼に何かしていることだけはわかっている。
その男はバイオリンを片手に持っていた。
突如として男は、そのバイオリンで演奏を始めた。
それがどういう意図があって弾いているのか、わからなかった。
男は彼に何かを伝えていたようにも見えた。
この男は何者なのか、何を彼にしているのかわからない。
でも、敵対心などは感じなかった。
そして、彼への演奏を終えて、また霧に飲まれていこうとしていた時だった。
「私のことはまだ彼に伝えないでください。
彼にその時が来るまでは……」
その男は去り際に、初めて口を開いた。
何が目的かさえわからない。
ただわかることは、この男は謎に包まれているということ。
尚更聞いておく必要があると思った。
「あなた、何者なの?」
その男は名乗る。
自分が『想奏の指揮者』だと。
――それから時が経ち、二年の月日が流れた。
彼は目が覚めて、すっかり元気になったみたいだけど、どこか……寂しさを持っているみたいだった。
「オイ、ピック!! あの馬鹿共の争い止めて来てくれよなァ!」
「任せとき! 母さん!
私が黙らして来るわァ!!」
私には親がいない。
というより、親は碌でもない人だった。
そんな私の親になると言ったのは、族長自らだった。
族長のおかげで、かなり逞しくなってきたんじゃないかな!
「ヒィぃぃいい!!
すんませんしたッ!!」
どうも最近、みんな私のことを怖がっているような気がするけど、どうしてだろ?
「オイ、お前ェ? 何処の家系じゃ?
次はないからなァ? 次、こんなことで騒動起こしたら……末代まで締めに行くからな?」
うっ、またこの人達怯えてる。
私の後ろに何か見えてるのかな?
「返事はァ!!」
「はいぃ!!!」
「声がァ!!」
――彼とは最近話すこともなければ、彼は一人で何かしら考えているみたいだった。
もうそろそろ私だって十一だよ?
女の子として見てくれてもいいのに……
「出た……族長さんの娘じゃねぇか」
彼と話をしたいけど……何か集中しているみたいだし、やめておこう。
「すいません、すみません!!
イテェ! ギブギブ! マジで怪力……あっ、力がまた強くなってきた……あっ、今ボキッって言った。骨折れたかも」
このバカの悲鳴は聞こえなかった。
そういえば、族長が今日、話したいことがあると言っていた。
えっと、書物が置いてある図書館に来てほしい、だっけな?
「母さん? 言われたから来たけど、どんな話?」
そこに母の姿はなく、長であることを本能から思い出させるような覇気を感じた。
この時、私は息を呑んだ。
これほどまでに母が、族長が、本気になるなんて……
「オイ、集中してねェと頭無くなるぞォ!!」
族長がそう言ったと同時に、私目掛けて蹴りを入れてきた。
何とか反射的に受け流せたが、族長の蹴りはただの蹴りでは比較できない。
一発の破壊力は、人のそれを超えている。
「受け流したか……合格だァ!!!」
え? 合格?
「何のこと?! 合格って、何?」
すると、族長はポカンと口を開いたまま立ち止まった。
「あ、言ってなかったっけな!! ハハッ!」
一切伝えられてないですよ、母さん。
この日、私は次期族長になれる人間になったと言うが、それと同時に、そこまでなる必要もないと言う。
母親としての思いもあると、私は感じた。
結論はまだ決まってはいない。
もう少しだけ考える時間が欲しいと伝えた。
そして、彼と出会ったあの日から、彼と話すことさえもなく、三年の月日が経とうとしていた。
そんなある日のことだった。
朝一番のことだった。
族長の大きな声が、この大陸に響き渡った。
「お前ェらァ!! 今日は、この世界の命運がかかっている運命の日だということを忘れるなァ!」
何か競技で競い合うのかな?
と、軽いことを想像していた。
この日、私は事件に巻き込まれて、怪我を負った。
そのせいか、そこで起きたことを思い出せなくなっていた。
何年の月日が流れただろう。
あの、話もできなかった三年間があっという間だったことを思い知らされるようだった。
彼は何処にいるの?
私はどうしてここにいるの?
わからない。
わからない。
わからない!!!
誰か助けて……
私は何処に在るの?
――目を覚ますと森の中にいた。
「ここは、ライズだよね?
私はどうしてここにいるの?
確か、族長に今日の任務で、村の外回りにいるモンスターを観察して記録してほしいと言われていたな」
ちょうどそこには、モンスターの足跡があった。
近くにいるのだろう。
近づいてみると……。
……猪のようなモンスターの息が聞こえる。
「コイツは、三年前、私が襲われて彼が!
……ッ!! 何っ、これ……」
何かが私の思考に、止めろと言っているような感覚だ。
って、私、三年前のことを思い出してるの?
三年前って、そんなにも最近のこと?
また頭が痛くなる。
深いことを考えると、頭に激痛が走る。
帰って安静にしよう……これはかなり酷い症状かもしれない。
その日は任務を一時的に保留にして、休むことにした。
その次の日には、体調はかなり良くなったと我ながら思う!
だから、昨日保留しちゃってた任務を今から再開しておこう!
……任務として、モンスターの観察などの確認はできた!
あとは記録をするだけ!
この任務は、ただ環境を調べているだけでなく、この大陸の異変にも気づけるように記録してるんだよね!
「よし、記録は終わり!
ここ最近も平和だな! 特に異変はなかった」
そうだ、久しぶりに歴代族長が記録している書物を読もうかな!
「えーと、ここが最後の日付かな……母さん!」
母さんが今の族長なのだから、当然だけど、最新の記録は母さんが書いてる!
そういえば、先代とか先々代の記録を見たことないや!
見てみようかな!
まぁ、族長権限がないと見られない書物だし、今回は特別に許可をもらったし、見ちゃおっと!
「え?」
その前のページだった。
最新の記録から一万年も前の日付が空いて、残された記録がそこにはあった。
「……母さん?」
なんで、一万年前の記録に母さんの名があるの?
それも、この記録は何?
何なの……この無慈悲な記録。
「うっ!! またか、また頭が痛くなって......」
何か大切なことを忘れている気がする。
どうして、止めろと言うの?
忘れてはいけない何かがあると思う。
「あぁァァァアアァ!!」
私は忘れていたことを全て思い出した。
あの日、怪我をした日、私は怪我をしていなかった。
何者かに眠らされた記憶がある。
それも、忘れていた。
いや、忘れさせられたんだ。
忘れていた記憶が蘇ったが、私は早くに気を失ってしまったから、その後の記憶がない。
……そういえば、彼は?
彼は何処に?
あの時、私を助けてくれた彼は、今何処にいるの?
急いで族長に聞かないと!
――「オイオイ、どうしたァ?
そんな息を切らしてよォ、なんかあったかァ?」
族長は何かを感じ取ったのか、雰囲気を変えて、椅子にかけろと合図した。
「母さん、私、思い出したの……あの日のことも、一万年も前、伝承録に族長の名があった」
族長は何か知っていると思った。
「なんだァ? 一万年前? 知らねぇよ、そんな太古の昔のことなんかァ」
族長は知らないと言う。
だったら、彼のことを聞いても、何もわからないと本能から感じた。
「ごめん、少し探さないとダメな人がいるの……探してくるね」
私は母さんに背を向けて走り出した。
大陸の何処に行っても、彼の姿はない。
ここにも、此処にも、何処にもいない。
なら、彼は何処にいるの?
彼が一番いたあの場所、森の茂みの奥の方。彼が一番いた場所。
だけど、そこにも彼の姿はなかった。
彼は何処に行ってしまったの?
彼は何処にいるの?
私は彼も助けたいと願って、強くなるためにここまで来たのに……。
結局、まだ彼に何も返せていない。
私は彼の名前も知らない。
そんな絶望に、私の感情は微塵もなく砕かれていた。
彼がいないなら、私はどうすれば……。
私は強くなったところで、まだ弱い。
本当は弱いから。
強くなった気でいて、みんなの前では偉そうにして……いつの日からか、人前で本当の自分を出せなくなっていて、
何が強くなった?
私は強くなってなんかない。
あの日のままだ。
自分は無力だ。
彼がいないと何にもできないほどに無力だ。
「私は弱い……」
「なら、強くなれ」
その声は馴染み深く、私の憧れた人の声だった。
「……母さん、ぅう、母さん、私、強くなりたい。自分に負けないぐらい強くなりたい」
この日が始まりの日だったのかもしれない。
初めて本音を声にしたこの日が、私にとって強くなる決意を示した日。
彼が生きているかもわからない中で、私が選んだ選択は、ただ彼の帰りを待つこと。
彼は生きていることすら確信はない。
でも、何処か彼は生きているのかもと期待をしている。
それは確信ではない。あくまでも期待だ。
でも、彼は期待を裏切る人ではなかった。
私が思う彼は、そんな人ではなかった。
だから、勝手ながら断言する。
「彼は生きている」と……。
あと、唯一わかることはただ一つだけ。
彼が私と同じノイズ出身だということ。
これは初めて会った日に聞いた話だけど、彼はそう言っていた。
彼がいつかこのライズに帰ってきた日に、私は自信を持ってこう言ってやりたい。
「私の名はピック・ラ・ナチュ」
と、名前を伝えられる日を迎えられるように!
――行きたくなかったけど、ライズ大陸に行くか……。
「ライズか! 自然が豊かなんだろうね!!」
そんな期待を抱いて、ライズ大陸に僕らは向かった。
その大陸にはどんな人達がいて、どんな生活をしているのだろうか。内心、少しだけ気になってる……。
「ねぇ、ヴェル!
楽しみだね、ライズ大陸!」
「あぁ、楽しみだよ……懐かしい音がするからね」
第十五転調をここまで読んでくださってありがとうございます!!
「何が起きているんだ?!」
「この謎が気になる!」
「続きが気になる!」
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では、次の転調で会いましょう!!!




