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第四章

 そして一年。当主巡礼会議。

 集まる当主達の目もまた死んでおり、やつれた表情であった。

 力なくとも会議は荒れた。

 何も決まらなかった。何も進まなかった。

 淡々とした報告だけが読み上げられる。

 硫黄の匂いは死の匂いに変わっていく。

 会議が終わるとまた自国民を輸出していく。

 都市の活気は更に落ちていく。

 得られるものと失うものは全く釣り合っていなかった。

 送り出すたびにあの亡命者の報告書がちらつき、吐きそうになっていた。

 

 そして一年、また一年と経っていった。

 その間にどんどんと人口は減り、国境付近はゴーストタウンと化していた。

 運ばれる人々もまたそこを通り、故郷が死んだ風を感じていた。

 馬車の中の人々も話さない。

 牙を折られまともに発音できずに意思疎通に苛立つのを経験するにつれ、彼らも話さないことが正解だと言うことを理解していた。

 木と土の匂いが遠ざかり、死の匂いが近づいていく。

 

 そして当主巡礼会議。

 ちっとも良好になっていかない状況に苛立ちを隠せない。

 しかし彼らもまた元気はない。背中に背負った業が重く、潰されかけていた。

 ただ、その中でほんの少しの成果は見られた。

 アウランティ家当主が震える声で言う。

「ひとまず大量生産向けの目処は立った。しかし……」

 補足するニグリィ家当主。

「大丈夫だ、まだ第一世代なんだ、後10年ぐらいで安定する。こればっかりは成長を待たないといけない」

 アウランティ家当主は意気消沈した顔で付け加える。

「もちろん既存の方法でもやってはいる。最低限の量は担保している」

 その言葉にナウィクラリィ家当主の背に乗った業が弾ける。

「頼む、早くしてくれ。毎年罪なき仲間を馬車に詰めて送るのはもう限界だ。皆の怨嗟の眼や声も頭から離れない。もう4年だ、誰か……代わってくれ」

 最後の方はもう涙声に変わっていた。

 カルニフィク家当主も言いにくそうに続ける。

「分家が何人か逃げた。牙折りの手が足りん。引き渡しの期限を早めろ」

 ユーディキリオ家当主も同じように。

「こちらも人手不足です。書類処理が追い付いておりません。栄養失調で判断力も低下しています。尽力はしますが改善は見込めないでしょう」

 皆疲弊していた。ニグリィ家の後10年という言葉は希望というよりは絶望に近かった。

 後10年、この国は持つだろうかといった暗雲が立ち込めていた。

 そしてこの年の会議も進展が無いまま愚痴を垂れ流すだけの場になっていた。

 

 事態は深刻になっていき、庶民の間でも口減しが横行する。

 手の届かない領地に牙人の代わりに獣が住まう。

 その獣を狩って血を飲むも、バタバタと病に倒れる。

 獣血症だった。

 人間の血しか受け付けない身体のために代替案すらなかった。

 ただ、飲み続ければ免疫も付く。そう信じ一部の人々は高熱を出しながらも生きるために飲み続けた。


 また一年。長い冬は終わらない。

 また一年。誰も気力なんてなかった。

 また一年。この時寒波によりアンスロポリスにおいても飢饉が訪れ、公式のルートではなく庶民が裏で獣の肉と口減しをしたい人間の血とを交換していた。

 そのためゴーストタウン化した領地にはそれ目当ての人々が狩場争いをしていたのは想像に容易い。

 人間にとっても、国境付近の人々は金がなくとも自分の血を抜いて幾らか渡せば肉にありつけるのだから、貧民達の取引所になっていた。

 これは飢饉を超えてもしばらく続いた。

 このようなことは当主達も目を瞑っていた。

 使えるものは使っておかねばならないと。

 そんな低空飛行を続けて4年。

 

 計画上後3年で解決するはずだった。

 それを崩す出来事が起こった。

 この当時、陸路の国境線にはアウランティ家の農場が大きく構えていた。

 そのため分家当主が泥棒かと思ったそうだ。

 しかし、見えたのは様子がおかしく、牙が折れている牙人で、とにかくその分家の当主は家に連れ帰り、わずかな自らの食事を分け与えたのだった。

 彼は亡命者だった。

 牙がないことで拙い話し方になっている彼の声を必死に聞いたのだった。

 時には筆談し、なんとか話を理解した。

 その時亡命者は祖国に戻れた喜びと今までの苦しみとでぐちゃぐちゃになっていた。

 それを見た分家当主もまたつられて涙した。

 話の内容は以前訪れた亡命者と同じように、奴隷として運ばれた牙人の扱いの酷さだった。

 絶句した分家当主は本家当主を急いで呼びにいく。

 亡命者を見た本家当主は自らの業が重くのしかかっていた。

 この時の二人は確実に動揺はしていた。

 しかし頭はどこか冴えていた。

 彼は生きている。だからこそ、人間を一番近くで見てきた彼に聞けば人間について何かわからないかと。

 ここで分家当主はニグリィ家とスコラスティアン家の当主たちも呼び出した。

 当時分家も本家当主並みの力を持っており、何かあった際は参集することが決まっていた。

 ただ、分家当主は下々までを統制しきれなかった。

 気がつけば瞬く間に牙折りの牙人と罪人の扱いについての噂が広がり、国民に恐怖が広がっていった。

 もはや宗教や芸術、娯楽では抑えきれなくなっていた。

 暴動が各地で起き始める。

 もう法律も秩序も治安も文化も矜持も何もない。

 彼らにあるのは生理的欲求だけだった。

 推論が推論を呼び、群衆は決起した。

 都市の自治はもやは能わず、各当主は農業区にてここだけは死守せねばと移動した。

 当主巡礼どころではなく、議会は行われず、王は王都から出ることもままならず、実質分断状態だった。

 各都市は陥落し、機能していなかった。

 その時の各都市の様子たるや、惨憺たるものであった。

 数多の瓦礫と転がる白骨。その元は牙人か人間か。

 それは入り乱れていた。

 生き残った群衆は怒り、大地を踏み鳴らす。

 小さな足音は集い、大きくなっていく。

 怒れる群衆の行先は農業区。当主と国民は一触即発となっていた。

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