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第一章

※「紅白の交錯」のスピンオフです。

 時代的には近世くらいです。

 始まりはただの象徴でしかなかった王族の一言だった。

「もうみんなやめてくれ、もう十分だ」

 彼は立ち上がり、涙を堪えるような震える声で、苦悶の表情で言う。

 当主巡礼のために集まった直系12名家当主と王族のルブリア十世の当主巡礼議会の最中であった。

 窓から差し込む光は曇り空で遮られ、一つ暗くなる。

 山の天気は移ろいやすい。

 そして部屋の中はわずかに硫黄の匂いが漂っていた。

 この匂いは王都の日常であり熱気と共に流れ込んで来ていた。

 軍事都市の名家、シネレイ家当主が口を開く。

「どういう意味ですか」

「もう無理なのだ。人間にはもう勝てない。戦をするだけこちらがすり減るだけなのだ」

 ルブリア十世は苦しそうにしながらも威厳を最低限持ちながら言う。

 シネレイ家当主は真っ赤な円卓を叩き立ち上がった。

「何を腑抜けたことを!牙人としての矜持を忘れたのか!我らは捕食者だ!そう簡単に落ちやしない」

 牙人の誇りたる牙を剥き、果敢に抵抗する。

 そこに司法都市の名家、ユーディキリオ家当主が口を挟んだ。

「しかしここ最近は成果を見ておりませんが。現状をどう見ておりますか?」

「それは!」

 さらに外交都市の名家、ビリディオン家当主も続いた。

「そうですよ、外交しようにも問答無用で殺される。私も交渉に出られません。もう同胞の死を見るのは懲り懲りですよ」

 ビリディオン家当主もシネレイ家当主も脳裏には狡猾にも同胞を殺されていく様子が浮かんでいた。

 そして各々の拳は強く握られていた。

 その相手は食糧のはずなのに。何故か牙は届かない。

 でも皆わかっていた。人間の知恵が自分たちを凌駕していることを。

 だからこそ、シネレイ家当主は認めたくない気持ちで立ち上がったものの、誰も奮起されるどころか、自分が悪いと言わんばかりの空気へと変化していった。

 窓から差し込む光はより一層暗くなる。

 ルブリア十世は全員が落ち着いたタイミングで言い放つ。

「13都市を固め、一つの国を作ろう。今、離れ離れになっていては各個撃破され、牙人は滅ぼされかねない」

 高らかに、最低限の誇りを。

 この意見に賛同するかの挙手がなされた。結果は11票で可決された。

 シネレイ家当主だけがじっと腕を組んでいた。

 挙手した者誰もシネレイ家当主の方は見なかった。

「なら、ここ聖地ルグリアスを中心に丁度シネレイが治める土地の山岳地帯までが領土の交渉範囲だろう。シネレイの言い分はわかる。だが、ここは飲んで欲しい」

 シネレイ家当主は深く息を吐き、諦めた表情で言った。

「……もはや何も言うまい。神性の血管が一つ乱れていいことはない」

 それに続けるルブリア十世。

「そう、循環が乱れた時我々の心臓が止まる。心臓が止まれば死ぬ。力の神性は牙人の右腕。その静脈たる守護の神性を司るのがシネレイ、間違いなくあなたなのだから」

 シネレイは目を瞑り、その言葉を受け止める。

 ふうと深く鼻で息を吐き、続ける。

「だが、残された領民を移す手伝いはお願いしたい。領地を放棄するのだ、小規模ではあるが農園も放棄することになる」

 その言葉で皆、緊張が走り出した。

 都市の再編が皆の頭を過ぎる。

 建築都市の名家、アルキテクト家当主は言った。

「都市計画はどうするつもりだ?」

 ルブリア十世は答える。

「現状を極力保ちながらも導線を考えた国にしていきたい。だから…」

「我が領土も放棄、ということだな?」

「そうなる」

 このようなやり取りが何度も続き、都市計画は導線に沿って作られることとなった。

 約半数の都市が再編の対象になり、王都ルグリアスを中心に山岳地帯で一国とすることを提案。

「王都周辺の山岳地帯か。人間め、考えが見え透いておるわ」

 威嚇のように低く唸るシネレイ家当主。

「どうせまた燃料だとか金属だとか要求してくるでしょうね」

 呆れた顔で言う貿易都市ナウィクラリィ家当主。

「だが山岳地帯は好都合だ……平地より我々に合っている。領土内の人間は狩っても良いのだろう?山岳の方が狩りやすいではないか」

 静かに威圧のある低い声で制裁都市カルニフィク家当主は言った。

「それに聖なる泉、温泉も多かろう。決して悪いことではない。宗教的にも意義はある」

 宗教都市レリグス家当主が少し嬉しそうに言った。

 ただ、それは何とかしていい面を探そうとした結果であって、いざ承諾のサインをする際は全員苦虫を噛み潰したような表情だった。

「しかし農園の放棄……人間の備蓄ができなくなるぞ」

 小さくシネレイ家当主が呟く。

 うっすらとただ、嫌な予感だけが12名家当主にまとわりついていた。

 この時のルブリア十世は様々な段取りについて考え込んでいた。

 もう既に人間側の王族に書簡は渡されており、準備が整い次第建国は成立する。

 このことは王族にしか通ってはいない話である。

 そしてルブリア十世だけはわかっていた。

 このまま13都市を集約させると確実に食料…人間の血が圧倒的に足りないという事を。

 だから渇いた口の中で水面下で進む事実も現状の同胞の苦悩も無理やり飲み込んでいた。

 その手は汗で湿り、少し震えていた。

 今季の当主巡礼が終わり、建国の手続きは整い、国は成った。

 その名をヴリコラクラードとした。人間の住まう敵国もまた決まり、アンスロポリスとなった。

 その時のセレモニーはなんとも皆複雑な心境と表情で行われた。

 もちろん、人間は集えど、そこに牙人は呼ばれない。

 手を出せば国際事情になることをルブリア十世は重い筆致でサインした。

 無理やり作った表情で。無理やり和平の雰囲気を作って。

 人間の歓喜とは相反し牙人の集いは冷たい風が吹いていた。

 ヴリコラクラード建国の始まりは決しておめでたいものではなかったのであった。

 

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