episode10-2「 」
『もう寝た?』
その夜。エリカとのスマホの中の海を楽しんだ僕に、真奈からメッセージが送られて来た。顔が火照る。今日、奈々子と行った海で日焼けしたせいもあるが、これはどちらかというと内から熱くなるものだ。
『まだだよ』
手に汗が滲む。真奈とのやり取りは慣れて来たとは言え、やはり最初は緊張する。
『海に行く話だけどさ、明後日なんてどうかな?』
(明後日……)
平日。特に用事はない。
『大丈夫』
『本当? じゃあ集合場所は……』
夜中に真奈と海に行く約束をする。ふたりだけの時間。僕は一瞬、真奈が僕の彼女だと錯覚しそうになった。
「おはよー!!」
「あ、ああ。おはうよう……」
翌朝、急遽ミカから呼び出された僕が学校に到着すると、後ろから真奈が小走りにやって来て声を掛けた。夏休み中の学校。むわっとした暑さ。セミの声と、運動部の掛け声だけが静かな校舎に響く。いつもとは違う空間。真奈が言う。
「何だろうね、緊急ミーティングって」
「うん……」
今日の部活は休みだった。だがミカからグループメッセージで『明日の朝、緊急ミーティングを開く』との連絡が入り、こうしてやって来たわけだ。
「なんか夏休みなのに、毎日学校に来てるね!」
「そ、そうだな……」
確かにその通り。あれほど人や学校が嫌いだったこの僕が、休みの日まで学校に来ることになるとは滑稽以外何者でもない。
「またミカりん、変なこと考えてなきゃいいけど」
「うん……」
真奈は可愛かった。夏なのに全く褪せない黒髪に白い肌。汗をかいたことがあるのか疑いたくなるような甘い香りが僕を包む。
「あれ、神崎君」
「な、なに……?」
真奈が僕の顔を覗き込むようにして言う。
「日焼けしてるね」
「あ、ああ。昨日、家族でプールに行った……」
「え? そうなの!? じゃあ、明日私と行くのって……」
真奈が驚いたような顔をする。それもそうだ。この短期間で続けて泳ぎに行くのは大変だし、それに真奈自身が明日の海行きを提案したからだ。僕は慌てて手を振りそれに答える。
「だ、大丈夫。海、好きだから」
「本当に?」
「ああ……」
嘘をついた。海なんて大嫌い。陰キャは海に行くと溶ける。太陽で焼け焦げる。だからと言って彼女の誘いを断るほど僕は強くない。真奈が少し前を歩き、空を見上げながら言う。
「そんなに私の水着が見たいんだ~」
(ひゃっ!?)
驚く僕に、彼女は振り返って言う。
「冗談だよ~、冗談。きゃはははっ!!」
冗談ではない。だからこんなに動揺したし、顔や全身が熱くなるのも昨日の日焼けのせいではきっとないはずだ。
「良く集まった諸君!!」
急な呼び出し。それにもかかわらず文芸部のみんなはちゃんと集まって来ていた。相変わらず地下アイドルのような衣装のララに、うっかりすれば存在を忘れそうな沙織。ミカはこの暑さを忘れさせるようなくらい元気で溢れている。
「恋に夏休みはないからな! さて、では集まってくれたみんなに話がある!」
僕の第六感センサーが動いた。恐らくまたいつもの話だろう。ミカが部室のドアの方に手を差し出し、大きな声で言う。
「さあ、入っていいぞ!!」
皆の視線がドアに注目する。ガラガラと動くドア。そこにはひとりの男子高生が立っていた。手入れされていない短い黒髪のやや痩せ気味の男。ミカが言う。
「彼はうちのクラスの香坂だ。実は今回は彼の依頼である!!」
皆が香坂を見つめる。恥ずかしいのか下を向いてやや俯いて言う。
「ど、どうも……」
元気なミカと並ぶと、一体どちらが男なのか一瞬分からなくなる。ミカが言う。
「実はな、香坂には付き合っている彼女がいるんだ。だけど、まあ、そのなんて言うか、いわゆる倦怠期ってやつが来ていてな……」
(倦怠期??)
高校生なのにそんなに長く付き合っているのか。僕はミカの隣に立つひとつ上の男子高生を見ながら考える。
「そこでだ!!」
ミカがドンと壁を叩いて声を上げる。
「我ら『恋愛よろず相談部』が香坂達の悩みを解決してやろうと思う訳だ!!」
(本当に楽しそうだな……)
僕は生き生きと皆に話をするミカを見て心からそう思った。真奈が手を上げて尋ねる。
「ミカりん、それでどうするの?」
ミカが手を叩いてそれに答える。
「良い質問だ。すでに作戦は考えてある」
ミカの目が僕の顔を捉える。しまった、僕が思った時にはもう遅かった。ミカが言う。
「作戦名は名付けて、『暴漢魔に襲われた恋人を颯爽と助けて再び恋を燃え上がらせよう大作戦』だ!!」
「……」
黙り込む一同。
「昨夜寝ずに考えたんだ。いいだろ?」
もう嫌な予感しかない。僕はできることなら部室から逃げ出したかったが、ミカの鋭い視線が僕の体の自由を奪う。ララが尋ねる。
「でさ~、その作戦って具体的に何するの~??」
「良い質問だ。これも昨晩寝ずに考えたんだ。総士郎」
「は、はい……」
ああ、終わったと思った。
「香坂と彼女がふたりで海に行く。ビーチだ。夏の海だ。そこで買い物か何かで香坂が一旦彼女から離れ、その隙に暴漢魔に扮した総士郎が襲う。それを彼が助けるって話だ」
「帰っていいですか?」
僕は自然とその言葉が口から出た。ミカが宥めるように言う。
「まあ、落ち着け。大丈夫。心配するな、我々も海に行くから」
(全然大丈夫じゃないじゃんーーーーーーっ!!!)
来たら余計話がややこしくなる。いや、それ以前に僕のような陰キャが暴漢役などできるはずがない。真奈が手を上げて言う。
「あ、あの。神崎君には、その、暴漢役とかは無理かと思うんだど……」
ナイス、真奈。僕は援軍となった真奈に感謝する。
「とは言っても、暴漢役は男しかできないしな。まあそういう訳だ。やっぱ男に入部して貰って良かったよ」
(良くねえって!!)
ひとつ間違えば補導される可能性もある。いや、それよりもビーチにいる女子を襲うとかナンパとか、ああ、もう終わりだ……
「ひとつ聞いていいかしら?」
それまで黙ってテーブルに座って本を読んでいた沙織が尋ねる。
「なんだ? いいぞ」
ミカがそれに答える。
「それはいつやるの?」
皆の視線がミカに集まる。
「明日だ」
(は?)
(え!?)
明日は真奈とふたりで海に行く約束の日。僕と彼女は無言のまま驚いた顔で思わず顔を見合わせた。




