episode10-1「 」
「プール、プール。お兄ちゃんと、プ~ル!!」
夏休み入って数日。僕はこの長期休暇中のひとつの課題であった『妹とプールに行く』を決行した。
「おい、奈々子。あまりお兄ちゃん言うなよ」
奈々子は好きだ。家族として彼女を大切に思っている。だがそれと、この『二人でプールに行く』と言う行動はあまりイコールとはならない。前を歩いていた奈々子が、黒いボブカットをの髪を揺らしながら振り向き、尋ねる。
「なんで~?? お兄ちゃんは、奈々子と一緒に行くのが楽しくないの~??」
可愛い。妹補正をなくしたとしても客観的に奈々子は可愛い。とても同じ遺伝子が流れているとは思えないほどだ。だがそれもこれとは関係ない。僕が答える。
「小学生ならともかく、もう高校生だ。中二の妹とふたりだけでプールってのはいささかおかしいと思うぞ」
僕なりの正論。だがそんなつまらぬ正論は、『お兄ちゃん大好き』奈々子には全く通じない。
「なに訳の分からないこと言ってるのよ~。奈々子と一緒に行けて楽しくない訳ないでしょ?? さ、行くよ!!」
「わっ、奈々子!?」
そう答える僕の手を掴み、奈々子が駆け出す。夏の暑い朝。僕は約束とは言え、妹と一緒に行かなければならないプールのことを思い頭が痛くなった。
「お兄ちゃん!!」
郊外にある比較的安いレジャープール。アクセスの良さやお値打ちな価格もあり、夏休みは朝から中高生で賑わっている。
水着に着替え、プール入り口で待っていた僕に奈々子が駆け寄って来た。
「ああ、奈々子……」
青のワンピースタイプの水着。胸にはリボン。腰にはキュロット風のスカートが付けられており、中学生らしい可愛さがある。僕は奈々子が破廉恥なビキニでないことにどこか安心した。
「どうかな~? この間友達と買ってきたの」
そう言って奈々子が俯き腕を後ろで組む。
可愛い。間違いなく可愛いだろう。まだ発達途中の胸の双丘はそれはそれで色気もあるし、中二なのに僕よりも長い脚はもう十分大人と遜色ない。その証拠に、周りにいる男子中高生の視線が皆彼女に集まっている。
「い、いいんじゃないか」
僕はあまり奈々子の水着を見ないで答える。奈々子が僕の腕に手を絡めて走り出しながら言う。
「お兄ちゃん、可愛い~! 照れちゃって! さ、行こ!!」
「な、奈々子!?」
もう僕は完全にこの中学二年の女の子の玩具となってしまったようだ。
「きゃはははっ!! お兄ちゃ~ん、こっちで遊ぼうよ~!!」
奈々子はプールに浸かり、ひとり水をかき上げ声を上げる。僕はプールサイドにあるチェアーにどっかり寝るように横になり、そんな妹に答える。
「いや、ここでいい。奈々子は楽しんでくれ」
「えー、何でよ~。一緒に遊ぼうよ~!!」
そう言って奈々子が僕に水をかける。
(何なんだ、このシチュエーションは……)
妹とは家族でプールに来たことはある。だけどいくら約束とは言えこの状況はどうしたものなのか。そもそも陰キャがプールに来る。奈々子の事で頭が一杯になっていたが、冷静に考えてこの強烈な日差しで僕は溶けそうである。
「ねー、お兄ちゃん、遊ぼうよ~!!」
プールから上がった奈々子が僕の傍までやって来て腕を引っ張って言う。
「い、いいから。大丈夫だから……」
断る僕。そこへ横から声が掛かった。
「あれ!? 奈々子ちゃん!?」
「ん?」
声がした方へ振り返る僕と奈々子。そこには三人ほどの女の子のグループが立ってこちらを見つめていた。奈々子が言う。
「あー!! いずみちゃん!!」
(いずみちゃん?)
僕はじっとその女の子達を見つめる。背丈は奈々子よりちょっと低い程度。そして幼い。奈々子の友達なのだろうか。
「久しぶり~!!」
友達なんだ。僕は居心地が悪そうにチェアーに座り直す。奈々子が僕に向かって言う。
「ねえ、いずみちゃんだよ! すごい偶然だよね!!」
(誰だよ、それ……)
反応のない僕に『いずみちゃん』が奈々子に尋ねる。
「誰なの? 奈々子ちゃんの彼氏??」
(ぶーーーーーっ!!!)
それを聞き、僕は内心吐き出しそうになった。奈々子が嬉しそうに首を振ってそれに答える。
「やだ~!! そんなんじゃないよ!! まあそれでもいいんだけど。分かんない?? お兄ちゃんだよ、お兄ちゃん!!」
「あっ」
その言葉に何かを思い出したいずみちゃん。そして僕の前に来て頭を下げて言った。
「久しぶりです、総士郎さん」
「あっ」
今度は僕が思い出した。
「まさか、えっ!? あのいずみちゃん!!??」
「はい!」
いずみちゃん。それは僕が小学校高学年だった時に同じ通学班だった低学年女の子。僕が中学、高校となり、彼女も見違えるほど成長した。奈々子が言う。
「今、小6なんだって。大きいよね~!!」
「あ、ああ……」
確かに小学生。だが奈々子に負けないほどの長い脚に、膨らみ始めた小さな胸。雑に後ろで束ねただけの髪が妙にアンバランスで惹かれる。あの頃の面影はほどんどない。女の子の成長は恐ろしいほど速いものだ。いずみが言う。
「全然分からなかったよ、総士郎さん」
「こっちもだよ。全く分からない」
僕は妙な緊張感に包まれながらいずみちゃんと会話する。胸のどきどき。自分でも理解できない。いずみが言う。
「奈々子ちゃんの彼氏かと思ったよ!」
「やだ~! やっぱそう見える?」
「見える、見える! 仲良いし!!」
「おいおい、お前ら……」
僕は久しぶりの再会に不思議な感覚に包まれながらいずみ達を見つめる。奈々子が尋ねる。
「今日は三人で来たの?」
いずみが首を振って答える。
「ううん、彼氏とだよ」
(はあ!?)
僕はその言葉を聞き、まじまじとまだ幼いいずみ達を見つめる。
「うっそぉ、彼氏いるの??」
「みんないるよー」
なんてこった。幼い小学生だと思っていたのにもう彼氏持ちとは。夏休みに一緒にプールに来るなんて、もうその歳でリア充じゃん。僕はいずみ達を迎えに来た、更に幼い顔立ちの男子小学生を見ながら深くため息をついた。
「いずみちゃん達、すごいねー。小学生なのにみんな彼氏持ちって」
「そうだな……」
僕は再び二人になった奈々子と話す。
「お前の友達もみんないるんだろ?」
「いるよ」
「だったら……」
僕は『お前も作ればいいじゃん』と言いかけて、その言葉を飲み込んだ。奈々子には素敵な恋をして欲しい。だが、じゃあそれが今かと言えば僕は躊躇う。奈々子が隣のチェアーに座って言う。
「私はお兄ちゃんで我慢してあげるよー」
「何だよそれ」
そう言ってテーブルに置かれたジュースを飲む妹を見て、僕は心のどこかで安堵した。
「ただいまー」
「ただいま~!!」
僕と奈々子はプールを楽しんだ後、夕方になって自宅に帰宅した。誰もいない家に響くふたりの声。ぐったりと疲れた僕は、そのまますぐに自室に向かいベッドに上に寝転がる。
(顔が熱い。日に焼けたな……)
顔が火照る。いや、顔だけではなく腕や肩も痛い。陰キャなのにプールで日焼けとは自分でも笑ってしまう。
(ん?)
スマホにメッセージが届く。その音で僕はその送り主が誰だか分かる。
「エリカ……」
それは『ステ恋』のAI彼女エリカ。珍しく彼女からの連絡だ。僕が画面に映ったエリカに尋ねる。
『どうしたの?』
エリカがツンとした表情で言う。
『プールに行きたいわ。時間ある?』
僕は苦笑しながら、本日二回目のプールへと向かった。




