episode6-5「 」
「おはよー、神崎君っ!!」
「あ、ああ、おはよう……」
日曜の朝。快晴の下、駅前にやって来た真奈が僕に挨拶する。白のブラウスにデニムのロングスカート。頭には同じく白の帽子に足元は黒のブーツ。いつも制服姿の真奈とは違う私服の彼女に僕は一瞬見惚れる。
「なんか、緊張するね」
「うん……」
まさにその通り。もしかしたら真奈の緊張と僕の緊張の意味は違うかもしれない。だが、例えそれが仮だとしてもこれからデートすると言う言葉は重い。
「ねえ、神崎君」
「な、なに……?」
いつもより更に口数の少ない僕に真奈が恥ずかしそうに言う。
「今日さ、ほら、一応『付き合いそうで付き合わないカップル』って設定じゃん」
「うん……」
「だからさ、お互い下の名前で呼び合った方がいいかなって思うんだ」
「え? 下の名前」
真奈が両手を後ろに回し覗き込むような姿勢で言う。
「そうだよ、総士郎君。ううん、そー君」
(うぎゃっ!?)
僕は思わず仰け反った。全くの想定外の展開。会って五分でもう非常事態宣言の発動である。真奈が言う。
「いいと思うでしょ? じゃあ次、そー君の番。私のこと、何て呼ぶ?」
(ど、どうすればいいんだ……)
僕はもうすでに断崖絶壁に追い詰められたような気持になった。練習していないシチュエーション。カップルの呼び名!? そんなこと想像もしていなかった。清水の舞台から飛び降りる覚悟で言う。
「ま、まぁぁな……」
「え? なに?? 聞こえないよ」
「まぁ、な……」
「マーナ? ぷっ、誰それ? どこかの外国の人? ゲームのキャラ?? まあ、でもいいよ、それで。嬉しい」
(真奈……)
そう、それが僕が初めて呼んだ彼女の名前。非常に不自然で、無計画の出来事だったが、結果として僕は彼女を下の名前で呼ぶ機会を得た。
だが『真奈砲』第一弾を乗り切った僕に、すぐに第二弾が襲い掛かる。
「さあ、行こっか!」
「え?」
僕の手を握り歩き出す真奈。目を見開き唖然とする僕に彼女が言った。
「今日はカップルでしょ?」
リアルとは、僕の計画なんかのずっと上を行く想像もできない世界なのだと改めて思い知った。
「こ、こんにちは。神崎です……」
「こんにちは! 霞ヶ原です!」
僕と真奈は、遊園地の前で待ち合わせをした沙織とその幼馴染に会い、簡単に挨拶をした。
「こんにちは、高橋です。今日はよろしくね」
「はい!」
沙織の幼馴染の高橋は、至って普通そうな男の子であった。決してイケメンではないが優しさが溢れ出る好青年。物腰も柔らかい。彼の隣に立つ沙織に僕が挨拶する。
「おはようございます、沙織さん。今日はよろしくお願いします」
「ええ、よろしく……」
対照的に彼女はロリータファッションで来ていた。白のストッキングに短めのミニスカ。ロリメイドを彷彿させるその衣装は、やはり家族連れで賑わう遊園地では異彩を放っている。高橋が言う。
「じゃあ行こっか」
「あ、はい」
僕は『監視役』として来ると聞いていたララがいないことに気付き真奈に尋ねる。真奈が苦笑してそれに答える。
「ああ、あれね。ミカりんから『監視役も入場にお金がかかると気付いたから止めた』って連絡があった」
「はあ? 何それ?」
「だから後はふたりに任せるって」
「……まあ、やっぱりそうなるか」
ある程度予想していたこと。結局丸投げである。真奈が僕の手を引き、駆け出す。
「いいよ、そんなの。さ、楽しも!」
「あ、ああ……」
僕は彼女の笑顔に引き寄せられるようにその後に続いた。
「きゃー!!」
「きゃはははっ!!!」
「すごいすごい」
「楽しいねー、そー君!!」
真奈は本当のデートを楽しむように遊園地ではしゃいだ。『架空のカップル』を演じる。真奈はそれに至極忠実であり、されるがままの僕とはまるで対照的であった。
「なあ、沙織。あのふたりって本当に付き合ってないの?」
仲の良い後輩ふたりを見ながら高橋が沙織に尋ねる。隣に立つ沙織が無表情でそれに答える。
「知らない。私はそう聞いていたけど」
想像以上に仲がいい。ミカから内緒話として『あのふたりは陰で付き合っている』と聞いたことがあるが、まんざらそれも嘘ではなさそうだ。沙織が尋ねる。
「それより慎吾はどうなの?」
「何が?」
「何がって、その、彼女さんとか……」
限りなく陰キャに近い沙織。その質問をするのに一体どれだけのイメトレを繰り返してきたことか。高橋が答える。
「彼女? いないよ、そんなの」
「そう……」
やや笑いながら答える高橋に、沙織が安堵したような顔で答える。真奈がふたりに言う。
「ねえ、何か食べませんか?」
笑顔の真奈。そろそろお昼。高橋が答える。
「そうだね。お昼食べようか」
「ええ!」
僕達四人は園内にあるファストフードの店に入った。
「ふたりはさ、どんな関係なの? 付き合っていないの?」
そうハンバーガーを食べる高橋に聞かれた僕は、思わずジュースを吐き出しそうになった。真奈が笑いながら答える。
「どう見えます~?」
「付き合ってるんでしょ?」
高橋は、僕と真奈が演出の為に買ったお揃いのイルカのキーホルダーを指差して笑う。真奈がそれを嬉しそうにぎゅっと握りしめ答える。
「そうなのかな~、どうなのかな~、ねえ、そー君??」
そんな陽キャのようなノリで僕に振られても困る。楽しい雰囲気。僕の一言で場がしらける未来が見えて体が強張る。下を向き黙り込む僕の代わりに真奈が答える。
「秘密で~す」
「ふふっ、そうなのか」
「高橋さんはどうなんですか? 沙織さんと?」
真奈が切り込んだ。まさに今日一番の主役のような活躍振り。お互い目を合わせたふたり。先に高橋が言った。
「そんなんじゃないよ」
「そ、そうなのよ……」
温度差がある。ふたりの回答には、口調には微妙な違いが感じられた。高橋が続けて言う。
「俺、受験勉強忙しいし」
「あ、受験生なんですね」
考えてみれば高橋は沙織のひとつ上。来年受験。高校一年の僕らとは立ち位置が違う。僕が申し訳なさそうに言う。
「す、すみません。忙しい時に……」
「いいって。たまには息抜きしなきゃな。沙織も楽しんでるだろ?」
「え、ええ。楽しいわ」
これほど感情が読めない返事は聞いたことがない。真奈が少し離れた場所にある観覧車を指さして皆に言う。
「ねえ、次はあれに乗りませんか?」
(観覧車……)
僕は悪くない選択だと思った。デートでは定番の乗り物。ふたりきりの密室。恋が芽生える良き土壌である。
「いいよ~」
「うん……」
こうして昼食後、僕ら四人は観覧車に向かうこととなった。
「結構大きいね~」
「そ、そうだね……」
僕は観覧車を待ちながら見上げるようなその高さに体の震えを覚えた。正直あまり高い場所は好きではない。いつも考えてしまうのだ、突然ボルトが外れて落ちたらどうしようかと。真奈が小声で僕に言う。
「ねえ、上手くいってるのかな?? 距離、縮まったかな??」
その視線の先にはふたりで並ぶ高橋と沙織の姿。僕が答える。
「分からないけど、雰囲気は悪くないと思う……」
「だよね~」
本当に楽しそう。人様の色恋がそんなに楽しいのだろうか。僕にはあまり理解できない楽しさである。
「もうすぐ順番だね!」
観覧車乗り場。近付くとゴンドラ自体はあまり大きなものではなく、四人乗りと言ったところか。ゆっくりと回るゴンドラ。係員が手慣れた手つきで自動で開くドアを見て言う。
「さ、次の方どうぞ!!」
歩き出す高橋と沙織。後に続こうとした僕の手を真奈が掴む。
(え?)
振り返る僕。真奈が係員に言う。
「あの、別々で……」
良くあることなのだろう。事情を察した係員が笑顔で頷く。
「あっ……」
ふたりだけでゴンドラに乗り込む高橋と沙織。真奈はそれに小さく手を振り笑顔で見送る。
「そー君、野暮なことしちゃダメだよ」
「ご、ごめん……」
気が利かない。恋愛クソ雑魚陰キャの僕には、そんな気遣いできるはずがない。そして順番が来て気付いた。
(あれ? ってことは次のゴンドラには……)
「さ、乗ろ。そー君!!」
当然僕と真奈ふたりだけで乗ることになる。
(うぎゃあああああああ!!!)
僕は狭いゴンドラの中で向かい合わせに座った状況に内心悲鳴を上げる。
(想定していなかった。考えていなかった。何をすればいいだぁあああ!!!)
固まる僕。対照的に真奈は外の景色を見たりして楽しんでいる。
「高いねー、高いねー、そー君!!」
「うん……」
外の景色など見ていない。いや、緊張で顔すら上げられない。あの美少女霞ヶ原真奈と密室でふたりきり。
「あのふたり、上手くいってるかな~??」
「うん……」
またしても同じ返事。とても他人のことなど考える余裕がない。
「付き合っちゃえばいいのにね」
「そ、そうだね……」
上を覗くように見上げる真奈。そしてあることに気付いて言う。
「ああ!? やだぁ、あのふたり恋人座りしているよ!!」
「え?」
恋人座り。それは向かい合いではなく隣同士で密着して座ること。見上げる僕。ただ自分の席からは良く見えない。真奈が言う。
「いいなあ~。ほんとお似合いで、羨ましい」
僕の目に映った。頬を赤らめ何かを欲するような真奈の顔が。血液がゆっくりと逆流する。狭い空間。ちょっとした息の音すら相手に伝わる緊張感。僕の首筋に汗が流れる。小さく息を吐き真奈に言う。
「あ、あのさ……」
「なに?」
白い肌。綺麗な黒髪。それが今手の届くところにある。
(僕は、僕は……)
episode6【僕は君の傍に居たい】
「そっち、座っていいかな……?」
真奈が満面の笑みで答える。
「うん、いいよ!」
隣に座る僕。顔を真っ赤にしながら小声で言う。
「ふ、ふたりが見たかったから。だから……」
「うん」
「へ、変な意味はなくて、そこからじゃ見えなくて……」
「うん」
「だ、だから……、!!」
緊張して話す僕の肩に真奈がそっと頭を乗せる。そして膝の上に置いた僕の手を、その絹のような柔らかな手で包み込み言う。
「今日は恋人だよ……」
時々聞こえるゴンドラの軋む音。僕の心臓の鼓動。その後ふたりには会話は不要であった。




