episode7-1「 」
教室に入ると感じる冷たい視線。
誰もこちらを見ていないのに、僕の心はまるで針の筵に座る様にズキズキと痛む。無機質な予鈴。まるで何かの人形のように皆が席に着き、教科書を並べ、教壇に立つ者の言葉を黙って聞く。
僕に居場所はなかった。何も言葉を発せずに一日が終わることもあり、そんな日は自分自身の存在が消えてしまうのではないかと言う不安すら感じる。
(ん……)
目が覚めた。ベッドの上。暑くなってきたせいではないが、全身から汗が噴き出している。
「中学の、夢か……」
時々夢に見るあの頃。陰キャの僕は、教室でひとりただただ時が過ぎるのを待っていた。何も思い出はない。いや、何も感じないようにして過ごしていた。
(僕は陰キャ。目立ってはいけない存在……)
高校に着き、自転車置き場に自転車を置く。ここでも変わらない。僕は陰キャ。波風立てずに、ただただ静かに平穏にこの三年間を過ごしたい。
「おっはよぉ~!!」
ただ、なぜかそんな僕の思いとは裏腹に、最近目立つことが多くなっている。
「お、おはよ……」
長い黒髪が美しい霞ヶ原真奈。歩くだけで皆が目で追う正統派の美少女。そんな彼女が僕を見つける度に憚りなく声を掛けて来る。目立つことは嫌いだ。だがもうこれはどうしようもない。
歩き出した僕の隣に、密着するように真奈が一緒に歩き出す。
「昨日は楽しかったね!」
「う、うん……」
思い出すだけで赤面する。観覧車の密室。真奈の隣に恋人座りをしたのだが、結局黙ったままふたりで大空を一周した。言葉が出なかった。いや、発する必要がなかった。真奈が言う。
「あの後どうなったのかな~??」
「い、いや、僕は別に、何も……」
「ん?」
真奈が僕の顔を覗き込む。そして言う。
「沙織さん達のことだよ~」
(ひぇ?)
勘違いした。てっきり自分達のことだと思って……
「何の話をしているのかな~、そー君は??」
「そ、その名前は……」
学校でそんな名前で呼ばれたら炎上間違いなし。美少女と陰キャ。言ってみれば水と油。決して交わることのないふたりなのだ。すぐに僕が尋ね返す。
「何か聞いていないの? ミカさんから」
沙織達の話に戻す。真奈がすぐに乗って来る。
「そうなんだよ。何も連絡なくって」
観覧車を終えた後、僕らのWデートは少し遊園地を楽しんで解散となった。健全な高校生。暗くなる前に帰宅となった。特に進展があったようには見えない。いつも通り感情を顔に出さない沙織。あの密室で何があったのかは想像すらできない。
「今日の部活で話があるかも」
「そうだね! 沙織さん達、上手くいくといいなあ~」
真奈が鞄を両手で後ろに持ち歩きながら言う。朝の涼しい空気。そんな爽やかな風が彼女には良く似合っていた。
「神崎」
教室に入った僕に友人の真也が声を掛けて来た。満面の笑み。すぐに『ステ恋』のことだと分かった。
「どうした? 進展あり??」
「そうだよ、分かる?」
「分かるよ。顔に書いてある」
それだけの笑顔を見て分からない方がおかしい。真也が言う。
「騎士団長になったんだよ。これでスティファーニ専属の護衛ができる。攻略も夢じゃないぜ!」
「すごいな!」
騎士団長。文字通り騎士団の中の最高司令官。国を預かる防衛部隊のトップであり、王族の護衛も兼任する。僕が尋ねる。
「いくらお布施したの?」
お布施、つまり課金。真也が答える。
「うーん、まあまあの額……」
運営にとっては有り難いプレイヤーだ。それでもこの笑顔を見せられたら、お金の問題ではないと思う。高校生でも常識内で楽しめればいい。
「それでそっちはどうなん?」
「エリカ、だよね……」
「ああ」
正直最近あまりエリカに絡んでいない。恋愛クソ雑魚陰キャの僕がリアルの女子と、AIとは言え同時にふたりの女の子を追いかけるのは無理な話。エリカは攻略対象ではあるが、いつでも話せる友人に近い存在だ。
(友人か……)
AIとは言え、こんな陰キャの僕に女の子の友人ができる日が来るとは。傍から見ればキモオタかもしれないが、キモオタにしか分からない感覚もある。
「最近あまり攻略しきれていないな……」
「まあ仕方ないだろうな。リアルが忙しいんだろ?」
「え?」
そう少し笑って見せる真也の目線の先には、クラスの女子と楽しそうに会話する真奈の姿がある。僕は慌てて首を振って答える。
「ち、違うって! 霞ヶ原とは何にも……」
「誰も霞ヶ原だなんて一言も言ってないぞ」
(うぐっ……)
どれだけ隠すのが下手なのかと僕は落胆する。陰キャが抱いてはいけないリアルの女の子への想い。相手が同種族の真也で良かった。
「まあ、彼女は超ハードル高いよな。ある意味スティファーニより」
「……」
僕は無言になる。確かにその通りだ。だけど僕の心の中に小さな希望があるのも事実だ。
「そっちはどうなんだよ。奥村と」
おさげが良く似合う奥村。目立たないが隠れ美少女と言っても過言ではない。
「うーん、良く話すようにはなったけど、まあねえ……」
リアルとしての進歩はなしか。僕は同じ仲間として彼を応援したい。
「真奈、どうしたん??」
真奈の友達がぼうっと別の方向を見ていた彼女に尋ねる。真奈が慌てて答える。
「何でもないよ! それでどうなったの??」
「ええっとね……」
再び女子の会話に戻る真奈。僕は知らない。彼女の視線が時折こちらに向いていたことを。
「それで、結果は? 沙織」
放課後、文芸部の部室に集まった皆の間で、赤髪のミカが興味津々の表情で尋ねた。部室には他に部長のララ、僕と真奈。いつものメンバーだ。指定席になっているテーブルの一番端に座ったままの沙織が答える。
「別に、どうもないわよ……」
「そんな訳ないだろ? 告ったのか?」
皆の視線が沙織に集まる。自分なら耐えられないだろう、僕はこの異様な状況を前に内心思う。
「気持ちは、伝えた……」
「おおっ……」
短い言葉。だがはっきりとした意思が込められている。ミカが尋ねる。
「で、返答は?」
沙織がふうと深く息を吐いてから答える。
「今は、考えられないって」
無言。その後に続く彼女の言葉を皆が待つ。
「来年受験。今はそんなことを考えている余裕はないんだって」
「今は、でしょ~? じゃあ来年は?」
ここぞとばかりに部長のララが尋ねる。一気に沙織の顔が真っ赤に染まる。
「大学受かったら、その、またその時会いたいって、言われた……」
「ヒャッホー!!!」
座っていたミカが立ち上がり、手を叩きながら叫ぶ。ララも腰をくねくね振りながら手を叩き歌い始める。
『ふ~たりの愛はぁ~、約束された未来でぇ~♬』
「ちょ、ちょっとやめてよ」
堪らず沙織が暴走するふたりを止める。頷きながらミカが言う。
「いいじゃないか。相手は受験生。それもありだ」
ララも続く。
「そうね~、それにここでさおりんがリア充になっちゃったら、部活辞めなきゃいけなかったしね~」
彼氏ができる。リア充は部員資格に反する。僕は妙な納得感を持ちながらその話を聞く。
(僕が霞ヶ原と付き合ったら……)
そう、もしそんな未来がやって来るのなら。ふたりでこの部を辞めなければならないのかなと、嬉しそうに微笑む真奈を見ながら思った。




