episode5-2「 」
早速その日から僕ら文芸部員は演劇部の練習に参加した。
「あの、沙織さん……」
「なに?」
演劇部員の人数はそう多くはない。その中で登場人物が比較的多い劇である『お城の中庭で愛を叫ぶ』を行う。当然人が足らなくなり、そこへのこのことやって来た僕らはネギを背負ったカモのようなものであった。
「沙織さん、演劇の木の役って、本当にあるんですね……」
「偶然ね。私もちょうどそれを言おうと思っていたころよ」
僕と沙織さんは舞台の上で手に枝を持ち、木の衣装を着て並んで立つ。演劇部の先輩が叫ぶ。
「はい、そこ!! 木の人、枝揺らして!!」
ざわざわざわ……
嵐で木々が揺れるシーン。人手不足だったせいで当初この役はなかったのだが、そこへ見学にやって来た僕と沙織さんが見事抜擢された訳だ。対照的に真奈は圧巻だった。
(綺麗だ……)
お姫様役の衣装。上半身がフィットされ大きく開いた胸元は色気があり、腰から下は華やかな膨らみを持たせたシルエットが美しい。仮の衣装とは言え、まるで映画の中から出て来た本物のお姫様のよう。皆の前に現れた真奈を見て、男子のみならず女子部員までその美しさに見惚れたほどだ。
『私は誰とも結婚しません!!』
真奈が台本片手に演技する。副部長が来るまでの練習台なのだが、一見するととても代役には見えない。笹川部長も迫真の演技でそれに応える。
『姫っ、僕の気持ちは、絶対に変わることはありません!!』
中級貴族の三男と、国王の娘である姫の恋物語。お互い惹かれ合うものの、身分の差から妨害され、嫌がらせを受ける三男が困難を乗り越え姫との愛を貫く恋愛話。これになぞらえて笹川は副部長に告白すると言う算段だ。演技を終えた笹川が真奈に言う。
「いいねえ、真奈ちゃん!! 何と言うかムラムラ、じゃなくってワクワクするよ!!」
(『ちゃん』呼ばわり!? しかもムラムラって何だよ!!)
僕は汗だくでさわやかな笑顔でそう話す笹川を見てイラっとする。真奈が答える。
「あ、ありがとうございます。こんなんで良いのでしょうか……」
「いいよいいよ! すごくいい!!」
笹川はどさくさに紛れて真奈の手を握り興奮気味に言う。
(おい、何やってんだよ!! ミカさんは、ミカさんは……)
僕は一緒に見学にやって来ているミカを探す。だがなぜか彼女は演技をする真奈を満足そうな表情で見つめている。笹川が言う。
「ねえ、真奈ちゃん。スマホのアドレス、教えてくれない? 演劇で色々教えておきたいことあるしね」
(おい!!! 勝手なことするなよ!!!)
僕が苦労して手に入れた真奈のアドレス。イケメン部長笹川はそれをいとも簡単に手に入れてしまう。これが陰キャとイケメンとの差。僕は改めて世の現実の厳しさを実感する。
「お疲れ様でした!」
「お疲れ、真奈ちゃん。明日もよろしくね!」
『演劇部・春の陣』は来週火曜日。最後の追い込みを行いたい彼らにとっては毎日が練習。ヒロインの副部長が一時的に離脱したとは言え、それに変わりはない。土日も登校して練習を行うそうだ。
「う~ん、疲れた……」
すっかり暗くなった帰り道。僕の隣で背伸びしながら真奈が言う。僕は自転車を引きながら黙ってそれを聞く。
「でもすごいね、笹川先輩。あんな場所でみんなの前で告白するなんて」
「そうだね……」
正直そんなことには興味がない。僕の中では『真奈に告白する笹川』と言う構図が気に入らない。真奈が暗くなった空を見上げながら言う。
「いいなあ、あんな風に情熱的に告られて。女の子の憧れだよ」
「良かったじゃん。霞ヶ原、告白されたかったんでしょ」
そう口にした僕は、あまりにもつまらないことを言ってしまったと気付く。前回僕が告白の練習台にされた時、彼女は羨ましいと言っていた。単にその返しのつもりだったのだが、冷静に考えればくだらぬ発言。内心慌てる僕に真奈が言う。
「誰でもって訳じゃないよー」
僕は彼女が怒っていないことに安堵する。そのせいで彼女の言葉の真意に気付けない。
「明日も練習か……」
明日は土曜日。公演が近い為、週末も練習である。
「そうだね。土曜日は終日、日曜は午前中のみ。まあ、仕方ないね。それより副部長さん、元気になるといいけど」
「うん……」
本当に早く復帰して欲しい。真奈のあの姿を見続けるのは正直胸が痛い。
「ねえ、神崎君」
暗い坂道。隣を歩いていた真奈がにこっと笑って言う。
「駅まで乗せってってよ」
そう言って僕の自転車の荷台を指さす。
(え?)
それは自転車の二人乗り。ラブコメ、いや輝かしき青春の代名詞。ジェットストーム・エクスプロージョン改2に真奈が乗る!?
「いや、でも二人乗りは……」
つまらない男。咄嗟にそれは犯罪になるからと断ろうとした僕よりも先に、真奈が荷台を掴み腰を下ろす。
「大丈夫だよ。真っ暗で誰にも見えないし」
(いいのか、本当にいいのか……!?)
ラブコメや映画で見た憧れのシーン。僕は黙ったままペダルを漕ぎ出す。
「気持ちいいー!!」
爽快に走る自転車。暗くなり、少しひんやりとした空気の中、真奈を乗せた僕の自転車が夜道を走る。
(か、霞ヶ原……)
反面僕の体は変な意味で硬直していた。自転車から落ちないよう片手で僕の体に抱き着く真奈。自転車に乗って動いているので香りも感覚もあまりないのだが、あの『霞ヶ原真奈』が僕に抱き着いていると言う状況に自然と体が強張る。
「ありがと!」
「あ、うん……」
結局真奈を駅前まで乗せて来た僕。自転車から降りる彼女の少し乱れた髪を見て、僕はどきっとする。真奈が髪をかき上げながら言う。
「またお願いしてもいい?」
「え? ああ、うん……」
こんなことで喜んでくれるならいつだってする。
「じゃあ、また明日ね!」
「また明日」
明日は土曜日。だが演劇の練習で朝から学校だ。僕は手を振って改札に消える真奈をずっとそのまま眺め続けていた。
『姫っ、僕はあなたのことをずっと愛しています!!』
『私もよ!! でもこれ以上はもう無理。あなたが死んでしまうわ!!』
翌日も真奈を交えた演劇部の練習が続けられる。気迫の演技。真奈もとても初心者とは思えないほどの迫真の演技を見せる。
「ほら、木の人!! もっとちゃんと揺らして!!」
対照的に僕と沙織さんは何度もダメ出しを食らう。たかが木。されど木。演出担当の先輩から見れば到底納得のいくものではなかったようだ。当初は人手不足の為ただのボードだったはず、と思いつつ僕は必死に枝を振る。
「真奈ちゃん、いいよいいよ!!」
「はい!」
部長の笹川が休憩に入った真奈に近寄り、肩に手を乗せ笑顔で言う。自然なボディタッチ。イケメンなら何をやっても許されるのだろうか。頼みのミカは週末と言うことで不参加。ララもライブで忙しいとのことで最初から来ていない。
「副部長さんはどうでしょうか?」
真奈が笹川に尋ねる。公演まで残り数日。心配になるのも無理はない。
「うーん、毎日連絡はしてるんだけど、どうも熱がまだ下がっていないようなんだ」
そう話す笹川の顔はやはり暗い。心配なのが手に取るように分かる。
「早く元気になってくれるといいですね」
「ああ、そうだね。ありがとう」
それは本当にその通りだ。一刻も早く、一分一秒でも早く回復して欲しい。僕は近い距離で話をするふたりを見ながら、まだ会ったことのない副部長の回復を心から祈った。
「お兄ちゃ~ん、明日デートしよ。デートぉ!!」
土曜の夜。リビングでくつろいでいた僕に妹の奈々子がやって来て言う。Tシャツにショートパンツ。今日の格好はそれほど露出が高くない。僕はやや困りながら妹に答える。
「う~ん、明日も学校に行かなきゃならないんだよ」
「えー、なんで土日になのに学校なんて行くのよ~!!」
不満いっぱいの奈々子。僕は簡単に演劇部の練習を手伝っている事情を話す。奈々子は首を振って言う。
「そんなの知らないよー!! 明日は奈々子とデートするの。約束でしょ!!」
デートの約束はしたが明日とは言っていない。だが泣きそうになる妹の顔を見ながら僕は日曜の練習は午前だけだと思い出し、仕方なく言う。
「分かったよ。午後だったらいいよ」
「ほんと? やったー!! じゃあ午後に駅前でね!!」
「ああ、分かった」
妹とのデートの約束。我ながら何をやっているんだと苦笑した。




