episode5-1「 」
僕はその夜、ひとりベッドに入りスマホを見てにやついていた。
(霞ヶ原のアドレス……)
スマホの画面に映る【霞ヶ原真奈】の文字。まるで僕の中に彼女が来てくれたかのような錯覚を覚え嬉しい。試しにと言って送られて来た『よろしくね!』と言う可愛い犬のキャラクターのステッカー。陰キャの世界ではお目にかかることのない超レアステッカーだ。
(『こちらこそよろしく』か……)
自分が送った彼女への返事。ありきたなつまらない返事。もっと気の利いた言葉はなかったのか。もっとセンスの良い返事はできなかったのか。自分の限界を知ってしまったようで何だか辛い。
『おやすみ』
そんな僕のスマホに別の通知が入る。
(エリカ……)
それは『素敵な恋人(ステ恋)』のAI彼女エリカからのメッセージ。こちらから何もしなくても時折こうして連絡をくれる。僕は直ぐに『ステ恋』を開きエリカに返事を打つ。
『おやすみ』
彼女の挿絵は夜の為だろうか、可愛らしいピンクのパジャマ姿になっていた。無造作に束ねられた金色の髪。これがリアルだったら昇天ものである。
『可愛いパジャマだね』
僕は素直にそう打ち込んだ。
ティロイン……
すぐにエリカからSRのピクチャーが届く。無料では見られないコインが必要なピクチャー。ぼかしが入っているので良く分からないが、この可愛らしいパジャマで相手を誘惑するようなちょっとエッチなものに違いない。
『ありがと。そう言ってくれると嬉しいわ』
ツンデレキャラはデレると可愛い。僕は彼女のその姿が見たくなる衝動を抑え答える。
『エリカは僕の大切な人だから』
『ありがとう』
この時僕は、AI彼女エリカに新たな感情を抱いていることに気付いた。
いつも一緒に居てくれた彼女。もちろんこれからもそばにいて貰うつもりだけど、もう彼女を彼女として攻略する気はなくなっている。
(『難攻不落キャラ:エリカ』。そう、僕はゲーマーとして彼女を落とす)
気付いてしまった自分の気持ち。僕は霞ヶ原真奈が好きだ。陰キャには不相応な相手かもしれないけど、この気持ちに嘘はつけない。だからエリカ、彼女にはとても感謝しているけど、彼女として攻略することはできない。代わりにひとりのゲーマーとして彼女を落とす。自分の身の変わりように苦笑する僕がエリカに言う。
『エリカに気に入られるような男になるよ』
僕は素直にそう彼女に伝えた。
『あら、そう。それは嬉しいわ』
再びエリカの挿絵が変わる。さすがに新しい絵はパジャマ姿ではなくなったが、ツンデレの彼女がやや照れるような可愛らしい絵だ。
(エリカは可愛い。だけど彼女に対して『好き』だとか『愛している』と言う言葉はもう使わない)
自分なりのけじめ。誓い。僕は心の中でエリカにお礼を言い、『おやすみ』と言ってスマホを閉じた。
(あっ)
再びスマホがメッセージの着信を受け明るくなる。
(霞ヶ原……)
送り主は真奈。僕は目を見開いてその言葉を読み上げる。
『今日は色々ごめんね。おやすみなさい!』
ごめん? 何について謝っているのか!? 僕はその言葉の意味が分からないまま、すぐに返事を打つ。
『大丈夫だよ。おやすみ!』
その後可愛らしいステッカーが真奈から送られて来た。
(嬉しいな……)
ベッドの中に入り全身の血液が勢いよく流れるのを感じる。寝る前にふたりの女の子におやすみの挨拶をする。こんな非日常がこの陰キャの僕に起こるなんて……。僕は興奮して眠れぬまま布団に潜り込んだ。
「おはよ、神崎君!」
翌朝、校内で自転車を止めていた僕に真奈が小走りにやって来て言った。艶のある清楚な黒髪。そこにはあの坂でつけていた白のリボンが結われている。
「お、おはよ……」
僕はまるで何かの小動物のように小さくなり挨拶を返す。やはりリアル。やはり美少女。スマホでのやり取りとはまるで違う生きた会話。真奈がやや困ったような表情を浮かべ僕に言う。
「今朝ね、ミカりんからメッセージが来て、何だかまた大きな依頼があったみたいなんだよ」
「大きな依頼?」
それはもちろん『恋愛よろず相談部』への依頼。もう僕には嫌な予感しかない。
「そうなんだ。あのミカりんがそれほどまでに言うんだからなんだろうね~」
「う、うん……」
真奈とふたり並んで歩く校舎。同じ部活動とは言えこんな陰キャと一緒に居たら彼女の評判が下がるのではないか。僕は周りをきょろきょろ見ながら教室へ入る。
「神崎!」
クラスメートの出雲真也が僕を見つけ駆け寄る。真奈も友達に会い笑顔で何やら話し始める。
「おはよ、真也」
「聞いてくれよ、神崎!」
興奮状態の真也。僕は自分の席に鞄を置くと落ち着きながら彼の話を聞く。
「どうした?」
「あのさ、奥村もさ『ステ恋』やってて」
「え?」
奥村。この間真也がスマホのアドレスを交換したクラスにいるおさげの女の子。大人しく目立たない子だが、実はそれなりに顔は整っていて可愛い。
「誰を攻略しているの?」
僕の問いかけに真也がやや困った表情で答える。
「それがさ、全然無名のキャラでさ……」
真也の話では、奥村の攻略相手はイケメンでもない普通の男。既にゲーム内で付き合っているそうで、彼女はその会話を楽しんでいるそうだ。
「ふーん……」
そんなんで楽しいのか。人それぞれ楽しみ方ができるのが『ステ恋』のいいところ。彼女には彼女の楽しみ方がある。真也が言う。
「まあ、それでも『ステ恋』の話で盛り上がってさ。俺がスティファーニ攻略を目指しているって言ったら大笑いで! いや、マジ良かったよ!!」
楽しそうだ。僕はそう笑いながら話す真也を見て思った。教室の隅で友達と話すおさげの奥村。意外と真也とお似合いなんだなと、ふたりを見て不思議と納得した気持ちになった。
「ねえ、何だろうね。何だろうね~」
放課後、文芸部の部室に行く僕に真奈は楽しみを隠しきれない顔で言った。ミカからの新たな悩み相談。これまでも幾つかあったがそれ以上の案件なのだろうか。僕は返事を返しながら廊下の掲示板に張られた『演劇部・春の陣』と書かれたポスターをぼんやり眺めた。
「お疲れ様でーす!!」
元気に文芸部のドアを開ける真奈。部室には部長のララを始め、ミカ、そして沙織も本を手に座っている。
(この人が依頼人……?)
僕の目に映った茶髪の男子高生。ひと目で三年だと分かる風格。振り返って僕と真奈に笑顔で挨拶する。
「こんにちは。俺、演劇部部長の笹川。よろしくね」
「あ、はい。よろしくお願いします」
素敵な笑顔。そう表現するのがぴったりなイケメン男子高生。頭を下げ、椅子に座る僕と真奈にミカが言う。
「笹川先輩が今回の依頼者。結構マジな依頼でね。『恋愛よろず相談部』も頑張らなくちゃいけないんだよ」
何が始まる。どんな依頼なんだ!? 僕はじっとミカの説明を聞く。
「内容はまあ色々複雑なんだが、簡単に言うと笹川先輩は今度の『演劇部・春の陣』で主演を務めることになっていて……」
後で知るのだが『演劇部・春の陣』と言うのは演劇部三年の卒業イベントのようなもの。これを最後に彼らは受験勉強へ専念する。
「シナリオでヒロインに告白することになっていてな、相手は副部長なんだが、実は今回笹川先輩は途中で役を捨て本気で告白する予定なんだ」
簡単に言えば、演劇の途中で想いを寄せる副部長に自分の気持ちを打ち明ける。これは副部長以外の演劇部みんなも知っていて、それに向けて密かに練習してきたそうだ。笹川が言う。
「そうなんだ。で、春の陣はもう来週なんだが大変なことが起こって……」
「大変なこと?」
そう口にする僕にミカが言う。
「ああ、そうだ。ヒロインの副部長さんが実は季節外れのインフルエンザになってしまってな。まあ公演日には戻って来られるそうなのだが、それまでの練習の代役が必要となって……」
僕は嫌な予感がした。ミカは真奈を指さして言う。
「マナマナ。悪いけど、それまでヒロインの代役をやってくれないか」
また始まった。ミカの悪い癖。僕は天助を仰ぎため息をついた。




