(おまけ)リリス、はじめて看板娘をする
星煌祭、当日。
私たちのクラスの出し物である《夢見の森》は、朝から大盛況でした。
「フィアナちゃん、三番テーブルに果実水!」
「はい!」
「セシリア、そちらのお客さまをお願いします!」
「任せてくださいまし! いらっしゃいませ、ご主人さまですわ~!」
「セシリア、声が大きいです!」
教室の中は、すっかり戦場でした。
幻想的な森をイメージした内装に、妖精風のメイド服。最初はどうなることかと思いましたが、今では行列までできています。
嬉しい。嬉しいのですが……。
「のう、フィアナ」
「なんですか、リリス」
「この焼き菓子、もう一つ食べてもよいか?」
「駄目です」
「なぜじゃ!」
「それはお客さんに出すものです!」
問題は、リリスでした。
リリスは危なっかしいので、さすがに本格的な接客や調理を任せるわけにはいきません。
だって、注文を間違えたらお客さんを威圧しそうですし、料理を運ぶ途中でつまみ食いしそうですし、そもそもお客さんが失礼なことを言った瞬間に「燃やしてよいか?」とか聞いてきそうです。
というわけで、リリスには店内の端で大人しくしてもらっていたのですが……。
「退屈なのじゃ」
「でしょうね!」
そうこうしているうちにも、教室の外では行列が伸びています。
マーガレットさんが外を確認して、少し困ったように戻ってきました。
「列の最後尾が分かりづらくなっていますわね。誰か、外で案内役をしてくださると助かるのですが……」
「案内役?」
「はい。お店の前に立って、お客さまを案内する役目ですわ。看板娘──いわば、お店の顔ですわね」
お店の顔。
その言葉を聞いた瞬間、リリスの角がぴこんと動きました。
「店の顔……。つまり、その店を代表する者ということじゃな?」
「まあ、そうですね」
「ならば、わらわにふさわしい役目ではないか!」
リリスは、ふんすと胸を張りました。
……嫌な予感がします。
とてもします。
「リリス、本当にできますか?」
「任せるがよい。わらわは魔王の娘ぞ。人間どもを導くことなど造作もないのじゃ!」
「導かなくていいです。案内してください」
「同じではないのか?」
不安しかありません。
けれど、リリスはすっかりやる気になっています。ここで止めると、今度は店内で退屈をこじらせて、ついには焼き菓子に手を出すかもしれません。
私は少し考えた末に、リリスの肩に手を置きました。
「いいですか、リリス。看板娘のお仕事は三つです」
「うむ」
「まず、お客さんに笑顔で挨拶」
「笑顔!」
「次に、列の最後尾を教える」
「最後尾を教える!」
「最後に、変なお客さんが来たら、丁重にお帰りいただく」
「フィアナちゃん」
そこで、エリンちゃんが口を開きました。
「変なお客さんへの対応を、リリスちゃんに任せちゃ駄目だと思う」
「そこからですわね」
「……たしかに!」
結局、変なお客さんが来た場合は、すぐに私たちを呼ぶということになりました。
「むう。看板娘、思ったより権限が少ないのじゃ」
リリスは、しぶしぶ頷きました。
こうして、リリスの看板娘が始まったのです。
「さあ、人間ども! この店に入りたければ、列をなすがよい!」
「リリスーっ!」
初手から駄目でした。
廊下に響き渡る堂々たる声。
お客さんたちが、びくっと肩を震わせます。
「違います! もっと優しく!」
「む? では……」
リリスは、こほんと咳払いをしました。
「この店に入れば、美味い菓子が食えるのじゃ。入らぬ者は損をするぞ」
「怪しいお店すぎます!」
「難しいのう……」
リリスは真剣に悩んでいました。
その様子を見ていたエリンちゃんが、そっと助け舟を出します。
「リリスちゃん。こう言えばいいんだよ。いらっしゃいませ、夢見の森へようこそ、って」
「いらっしゃいませ……夢見の森へ、ようこそ」
「うん、そんな感じ!」
「ふむ。悪くない響きじゃな」
リリスは、もう一度お客さんの方を向きました。
そして、ほんの少しぎこちない笑顔で言います。
「いらっしゃいませ、なのじゃ。夢見の森へ、ようこそ」
「わあ、可愛い!」
「あの子、角ついてる!」
「妖精……じゃなくて、小悪魔?」
「魔王の娘じゃ!」
「リリスーっ!」
また余計なことを言いました。
けれど、お客さんたちは怖がるどころか、楽しそうに笑っています。
自称・魔王の娘。角の生えた小さな看板娘。
どうやら、夢見の森の雰囲気には意外と合っていたようです。
「フィアナさん! 外のお客さま、増えていますわ!」
「なんで!?」
「リリスさんが可愛いと評判になってます!」
「なぬ」
マーガレットさんの言葉に、リリスは目を丸くしました。
それから、そわそわと落ち着かない様子で腕を組みます。
「ふ、ふん。当然じゃ。わらわほどの者が立てば、人間どもが集まるのも当然なのじゃ」
「リリスちゃん、嬉しそう」
「う、嬉しくなどない! これは魔王の娘として当然の成果を確認しておるだけじゃ!」
そう言いながらも、リリスの角はさっきからぴこぴこと動いていました。
それからリリスは、少しずつ看板娘の仕事に慣れていきました。
「最後尾はこちらなのじゃ」
「ありがとう」
「む。礼には及ばぬ」
「お嬢ちゃん、これ何のお店?」
「美味い菓子と飲み物が出る店じゃ。あと、フィアナたちが変な呪文を唱える」
「変な呪文じゃありません! おいしくなーれです!」
「やはり変ではないか」
「うぐっ」
説明は少し雑でしたが、お客さんにはなぜか受けていました。
リリスは時々、列に並ぶ子どもに手を振られ、戸惑いながら小さく手を振り返します。
そのたびに、少しだけ表情がやわらかくなっていきました。
「……人間とは、変じゃのう」
ふと、リリスが呟きます。
「わらわが魔王の娘と名乗っても、逃げぬ」
「この学園の人たち、そういうのに慣れてきてますからね」
「主にフィアナのせいではないか?」
「そんな馬鹿な!?」
リリスは、どこか楽しそうに鼻を鳴らしました。
それから、行列の方を見ます。
「じゃが、悪くないな」
「何がですか?」
「こうして誰かが来るのを待つのも、来た者を迎えるのも。魔界では、あまりなかったことじゃ」
「……リリス」
「まあ、菓子の匂いがするのに食べられぬのは苦行じゃがな」
「台無しです!」
少しだけしんみりしかけた空気は、一瞬で吹き飛びました。
でも、リリスが今の時間を楽しんでいるのは、何となく分かります。
やがて昼の混雑が落ち着いた頃。
マーガレットさんが、にこにこしながらリリスに焼き菓子を差し出しました。
「リリスさん、お疲れさまでした。これは看板娘への特別報酬ですわ」
「報酬!」
リリスの顔が、一瞬で輝きます。
「ふふん。やはり人間界では、働いた者に褒美が出るのじゃな!」
「そうですね」
「ならば、わらわは毎日看板娘をしてやってもよいぞ」
「もう星煌祭は終わりですね」
「星煌祭が終わったら用済みじゃと!?」
リリスは愕然としました。
「むう、仕方ない。次の祭りも、またわらわを呼ぶがよい」
「はい。次も一緒に楽しみましょう」
「うむ!」
リリスは満足そうに頷くと、焼き菓子をぱくりと頬張りました。
その顔は、魔王の娘というより、はじめて褒められた子どものようで。
(リリス、すっかり人間界に馴染んできましたね)
私は、少しだけ嬉しくなりました。
こうして夢見の森に、一日だけ生まれた角の生えた看板娘。
これで無事に終わったと思っていたのですが。
『夢見の森に魔王の娘、降臨。看板娘として人間を勧誘』
翌日、そんな記事が学園新聞に掲載され……
「また変な噂が増えてるじゃないですか~!」
私の悲鳴が、朝の教室に響き渡るのでした。
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