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私の先輩  作者: せいじ
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第三十九話 私の覚悟

 意識が無い先輩は救急車に乗せられ、私も付き添うことになった。

 私は先輩の親族であると、そういう事で通した。

 住所、氏名、生年月日等々。血液型も以前聞いていたから、答える事が出来たけど、アレルギーとかはさすがに分からなかった。

 私はこの人の別れた妻の娘という、ちょっと聞くと何だか分かるような分からないような説明をしたけど、ああ、そうですかで終わった。


 でも、嘘ではない。

 

 先輩は運び込まれた病院で、MRI検査を受けた。

 私は先輩の入院の手続きをし、担当したお医者さまにお話を聞いた。

 一応、娘という立場で。

 嘘ではありません。でも、本当なら、妻ですって言いたかったなあ。


「良かった。何ともなくて」

 お医者さまによると、打撲と脳震盪という診断結果だった。MRIでも、異常は見られないと。


 本当に、良かった。


 病院での支払いについては、出勤途中だったことと社屋内での出来事だから、労災保険が適用されるので自己負担は無いそうだ。

 とは言え、最終的には加害者である、つまりあのブタ野郎に請求が行くそうだ。

 

 警察にも簡単に事情は話したけど、どうもあのブタ野郎は好き勝手言っているようだった。

 やっぱり、一発ぐらい殴っておけば良かった。

 先輩に感謝するんだな。私とブタ野郎との間に、先輩が割って入ってくれたから、あんたは無事だったんだから。

 先輩が余計なことをしなければと思う反面、私がもっとしっかりしていればこんなことにはならなかったと、どうしても考えてしまう。


 ああ、もう!

 

 先輩は今日一日は入院するようなので、入院の際に必要なあれこれを用意する為に病院内の売店で、買い物をすることにした。


 一通りやることを終えたら、私は突然腰が抜けてしまった。

 どうしても、起き上がれなくなった。いったい、何が起きたのか、どうしても分からない。

 早く立ち上がらないと。でも、いくら踏ん張っても、どうしても立ち上がることが出来ない。

 そうこうしていたら、看護師さんに声を掛けられたけど、私は大丈夫ですと応えた。

 でも看護師さんは、念のために診てもらったらどうかと言ってくれたので、せっかくなので診察してもらうことにした。

 一応、看護師さんの肩を借りながら。



 情けないなあ。



 診察してもらった結果、何でもない、ただの心労であるというので、点滴を打ってもらった。

 初めての点滴だったけど、思ったほど痛くなかった。ただ、退屈だった。

 私って、こんなに弱かったのかな?

 とは言え、点滴も打ってもらったら、すっかり元気になった。

 看護師さんに声を掛けられるまで、うとうととしていたけど。すみません、寝ていました。


 身支度を済ませ、会計を済ませてから処方箋を貰い、院内の薬局でお薬を貰って待合フロアに戻ったら、頭に包帯を巻いた先輩が暢気に歩いていた。

「先輩?」

「あれ?咲良さん」

「何しているんですか?入院しなくて、いいんですか?」

「別になんでもないよ。打ち身程度で済んだようだし」

 なんだそりゃ?それでいいのか?

 何だろう、腹が立ってきたけど、先輩は被害者なんだ。優しくしてあげないと。

「良かった。本当に良かった。先輩、無茶し過ぎですよ」

「そうかな?」

「そうですよ」

「そうなんだろうけどね」

「先輩?」

「ま、君が無事で良かったよ」

 私は先輩の胸に、握った手を当てた。

 胸に当てている、手が震えてしまった。

 無事で、本当に良かった。

「先輩、今度あんなことしたら」

「あ、あんなことをしたら?」

「マジで殺しますよ」

「ええ?でも、気を付けます」

「ホントですよ」

「じゃ、社に戻ろうか?」

「もう、帰宅していいそうですよ。だって、入院するはずだったんですから。というか、手続はしたんですか?」

「ええっと、会計はしたよ」

「はあ?会計しなくていいんですよ。だって労災から出るから、私さっき手続きしましたよ?」

「そうなの?」

「そうなんです。まあ、いいですけど。後で領収書を総務にって、先輩の部署でしたね。ご自分で手続してください」

「ああ、分かったよ」

「明日は、警察で事情聴取です。私も、ご一緒します」

「ええ?面倒だよ」

「先輩、あのクソブタマザコン野郎は、先輩が先に手を出した、正当防衛だと喚いていますよ。おまけに、自分はフィアンセを守ろうとしただけだって」

「へ~、彼にも男らしいところがあるんだね」

「先輩。馬鹿なんですか?」

「そうだけど?」

「あのですね。あのクソブタマザコンゴミクズ野郎は、私を自分のフィアンセだって言い張ってるんですよ」

「自意識過剰とか妄想癖とか、まあ病気だろうね。若いねえ」

 何だろう、一発殴りたくなったけど、頭に包帯を巻いた先輩だから、今は我慢しよう。

「そういう訳で、私と先輩は結婚を約束した間柄です。事情聴取では、そう通してください」

 正直、DNAの鑑定結果を待っていられない。

 もう、この際だから行くところまで行く。

 だって、あの時は、先輩が本当に死ぬんだと思ったんだから。

 もう、そんなのは嫌だから。

 ひとりになってしまうと思ったら、本当に怖かったんだから。

 今まで、こんなに怖いって、思ったことは無かったから。

 だから、もう離れたくない。側に居たい。

 一緒に居たい。

 いつまでも。

「え?何で?」

「先輩?」

「ウソ、ウソ、ウソだからね?いい、ウソだからね?ほら、ジョークだよ。ね?お、お願いだから、その握った手を振りかぶらないで?ここは、病院だからね?」

 あら?無意識にやっていたようだわ。おほほほほほほほ。

 でも、釘は刺さないと。

「先輩、冗談にしては、悪質ではありませんか?」

「はい、すみません。以降、気を付けます」


 私は先輩に寄り沿いながら、先輩のお家に帰宅することにした。

 やっぱり、先輩が心配だったし、そもそも今夜は、先輩のお家にお泊りしようと思っていたから。 

 残念だけど、先輩と一緒のお風呂は、今夜は諦めよう。怪我人だしね。

「明るい時間に帰るのって、新鮮だなあ」

「先輩、横になってください」

「平気だよ」

「今は、です。言うことを聞いてください」

「ああ、分かったよ、分かったから、お願いだから、そんな怖い顔をしないで」

「先輩が悪いんですよ」

「はい、その通りです」


 私はキッチンで、お粥を作ることにした。

 調理道具や食材を買っておいて良かったと、私は心から思った。


「先輩、お粥を作りました。食べますか?」

「いや、私は病人じゃないんだけど?」

「違うんですか?」

「けが人です」

「はい?違いが分かりませんけど」

「私もだよ」

「じゃ、お粥食べてください。私は、色々と片付けておきますから」

「ああ、悪いね」

「病める時もですよ」

「ああ、そうだったね」

 今日の先輩は、本当に素直だと思う。

 それでもまだ、不安がつきまとう。


 お母さん。


 ふと、滝川さんの奥様を思い出した。

 お母さんと呼んだ、私にとっての理想の女性だった。

 私はお母さんが亡くなったと、今でも信じられないでいる。

 死を受け入れることが出来ないとか、そういう話しではないと思う。


 ああ、そうか。


 私はお母さんの最期に、立ち会っていないんだ。

 私はお母さんの死を、まだ理解出来ていないんだ。 

 大きな災害や事故で、遺族が遺体の存在に拘る理由が、私にもやっと分った。

 人の死って、簡単な話しでは無いんだ。書類だけで、済む話ではないんだ。

 受け入れるには、儀式が必要なんだ。

 死に立ち会う、そんな儀式が。


 私はお母さんの死に、立ち会う事が出来なかった。


 きっと、お母さんの死に立ち会っていれば、もっと心の整理がついたのだろう。


 私には、それが出来なかったから。


 だから今でも、どこかでお母さんの死を受け入れないどころか、否定してしまっているんだろう。


 これは、理屈ではないから。


 だから柿田さんは、先生を恨まないでと言ってくれたんだ。


 でも、私にはやっぱり、よく分からなかった。

 分かるのは、ひとりになると思うと、どうしようもなく恐ろしかったこと。

 胸の中に、ぽっかりと穴が開いたような気分になったこと。

 

 どうしようもなく、寂しかったこと。


 その気持ちだけは、間違いはないと思う。


 だから私は、先輩と結婚したいと思った。


 秘密を抱えたままで。


 もし私と先輩に血の繋がりがあったとしても、仮に本当に父娘であったとしても、私はその事実を最後まで隠し通し、墓の中まで持って行こうと思う。


 絶対に、先輩に背負わせない。


 だってこれは、私の望みだから。


 私が決めたことで、先輩には関係無いんだから。


 これは、私の罪なんだ。


 だから、私ひとりが背負うんだ。

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