第三十七話 私の名前を
先輩のお仕事を、あのマザコンブタ野郎に押し付け、もとい、丁寧にお願いして、私と先輩は帰宅することにしました。
しかし、すでに遅い時間なので、先輩のお家ではなく、私の家に帰ることにしました。
合理的に考えると、ベストな選択だろうと思いますけど?
ね?
先輩♪
「先輩、今夜は私の家でいいですね?」
どうしてだろう?先輩が戸惑っていた。
あのブタ野郎なら、きっと泣いて喜ぶだろうに。
「先輩?」
「ええっと、終電までまだ時間があるから、私は自分の家に帰るよ」
「先輩、私だって準備がいるんですよ。先輩のおうちに来いっておっしゃるなら、ちゃんと前もって言ってください」
さすがに勝負下着を、いつも身に着けている訳ではないんですから。
え?自意識過剰?そうかな?
でも、女の子だって、覚悟をもって生きているんです!
先輩、分かっていますか?
「すまん、私にも分かるように説明してくれるかな?」
「先輩、しっかりしてください」
「別に、君が私の家に来なくても・・・」
「先輩?」
「ああ、すみません」
「別にいいですけど、なんで咲良って、名前で呼んでくれないんですか?」
「え?呼んで欲しいの?」
「先輩?」
「だってさ、名前で呼ばれるのって、嫌なんじゃなかったの?」
「さっきの話、ちゃんと聞いていましたか?ホント、大丈夫ですか?」
「さっきて、気安く名前で呼ぶなじゃなかったっけ?」
「先輩は特別だから、名前で呼んでいいですって、私は言いましたよ?」
「そ、そうなの?」
「だいたい、あのキモオタブタ野郎が私の名前を呼ぶのを、先輩は咎めませんでしたよね?」
マザコンを、付け加えるのを忘れてた。ああ、面倒だ。
「先輩が何も言わないから、私も言いにくいことを言ったんですよ?」
そうです。先輩が私を庇ってくれなかったから、あんなことになったんですよ?
俺の咲良に、ちょっかいかけるなぐらい、言ってくれてもいいんじゃないですか?
少しは、反省してください。というか、先輩が固まっている。どうして?
「先輩?」
「いえ、何でも。とにかく、女子社員の名前を呼ぶのは、苦手なんだよ」
「だったら、今のうちに慣れてください。私が、先輩の練習台になりますので」
私の自己犠牲精神を、無にしないでくださいね。
でも、私以外の女子の名前を呼ぶのは、禁止ですからね。
「ほら、咲良って」
「さ・・・」
「さ・く・らですよ」
「咲良・・・さん」
「どうして、さん付けですか?」
「いいじゃないか、それで」
「まあ、いいです。それで手を打ちます。ホント、仕方がない先輩ですね」
ホント、先輩って面倒な人。
「それで、先輩は今夜は何が食べたいですか?」
「ええっと、インスタントラーメン」
何だって?
帰りにラーメン食べようの方が、まだいいのに。寄りにもよって、何でインスタントラーメンなんですか?
「先輩?」
「だって、手のかかるモノなんか、頼めないよ」
「はあ~」
そんな気遣いするから、いいように使われるんですよ?
少しは、自覚してください。
まあ、先輩らしいかな。
「まあ、時間が時間なので、簡単なモノになりますけど」
「うん、何でもいいよ」
「先輩、そういうのが一番困るんですけど?」
「ああ、分かったよ」
電車は、私の家の最寄り駅に到着した。
「先輩、降りますよ?」
先輩がまるで降りる気が無いみたいだから、いっそ腕でも掴んで引っ張ってあげようと思った。
「乗り過ごしたら、どうする気ですか?」
私は先輩を先導するように、駅に下りた。
先輩は、大人しく私に付いて来てくれた。
何だか、犬みたいに。
「さ、先輩どうぞ?」
先輩にスリッパを出し、家の中に招き入れた。
部屋の掃除は昨日のうちにしておいたから、今夜は先輩を待たせることは無い。
私って、何て健気なの?
先輩、分かってますよね?
私の気づかいを?
「お風呂を沸かしますから、先に入ってください」
「ああ、ありがとう。坂上さんも疲れただろうから・・・何?」
まただ。いい加減、名前で呼んでよ。他人みたいじゃない。
「さ・く・らです」
「ああ、そうだったね。咲良さん」
先輩はお風呂から上がり、私が用意した部屋着に着替えてくれた。
さすがに、あのジャージは無いだろうと思ったので、前もって買っておいたのが、役にたったようだ。
でも、あれはあれで、可愛かったんですけど。今度、着てもらおうかな。
「ああ、ありがとう。この服、ぴったりだよ」
うん。よく似合う。何というか、旦那様って感じがする。
「ごはんにしますから、席についてください」
「ああ、うん。分かった」
「ビール、呑みますか?」
「いや、いいよ」
「先輩?」
「君が呑めばいいだろう?私だって、呑みたくない日もあるよ」
「分かりました」
仕方が無いので、私は缶ビールを開け、一息で飲み干した。
何だか、飲み足りないのでもう一本開けようとしたら、先輩に止められた。
「これから、お風呂に入るよね?」
「ああ、そうでした。先輩、また一緒に入りますか?」
髪の毛を、洗ってください。背中を流してください。マッサージをしてください。
そう念じたのに、この人は。
「狭いから、今度にしよう」
悪かったわね、狭くて。一応、標準サイズですけどね。
「そうなんですよね、ここは先輩のおうちと違って、ユニットバスですから。先輩のおうちのお風呂って、足が延ばせていいですよね」
「まあ、掃除が面倒だけどね」
「じゃあ、明日は先輩のおうちに伺いますね」
「何で?」
「先輩?」
先輩は、何を警戒しているんだろう?
まあ、いいや。
「一宿一飯の恩義って、知っていますよね?」
「一応」
「なら、そういうことです」
一本しか開けて無いのに、何でか分からないけど、少し酔ってきた。
何で?
もしかして、先輩のせい?
「とにかく、明日は先輩のおうちに伺います。先輩のおうちなら、髪も洗ってもらえるし、背中を流してもらえるので」
そうだ。そうすればいいんだ。いずれは、一緒に住むんだし。
一緒に住んで、お庭にかすみ草の種を蒔こう。
「先輩?」
「ええっと、ごはん美味しいな?」
「いま、誤魔化してませんでしたか?」
「食事の時ぐらい、寛がせてよ」
「そうでした、私もうっかりしていました」
「そうそう」
「あとで、じっくりお聞かせください」
「ああ、はい」
ホント、先輩って楽しい♪
今夜は、まだ終わりにさせませんよ。
ちょっと、酔ったみたいですけど。
やっぱり、先輩のせい?




