第三十二話 ダブルベッド
入っていたバスタブから上がるけど、先輩は明後日の方を向いていた。
それって、私の身体に興味が無いって、そういうことですか?
一応、年頃の女性なんですけど。少しぐらい、私に興味を持ってもいいんじゃないですか?
失礼じゃないかな?
そう思うと、ちょっと気分を害した。
思いっきり、引っ掻いてやれば良かった。
「お客さん、痒いところはありますか?」
どういう意味だろう?
「先輩?」
「いえ、何でもありません」
というか、背中を洗っているというより、ただ手でなぞっているようでかえって気持ち悪いんですけど。
これだったら、洗体タオルで洗ってもらった方が、まだ気持ちいいかもしれない。
「先輩、もっと強く流してください」
「でも、傷つけたら許さないんでしょう?」
「傷つけたらの話です。これでは、身体の汚れが落ちません」
とは言え、先輩が浴室に入ってくる前に、一応さっと洗い流したんですけどね。
「ああ、はいはい」
「先輩?」
「ああ、はい」
少し、強めに洗ってくれた。
意外に、気持ち良かった。
普段やりたくでも出来ないことを、人にやってもらうのって、気分いいなあ。
「先輩、ビール頂きますね」
風呂上りはビールだろうって、ちょっと女性らしくないかな。
でも、ここでお水をなんていうような女は、ちょっとあざとすぎると思う。
先輩って、そんな女の方がいいのかな?
「どうぞ」
私はビールを二缶出して、先輩のいる方のソファーに座った。
「でもさ、何でシャツ一枚なわけ?何か着なさいよ」
「先輩は、小姑ですか?」
だいたい、先輩は私の身体に、興味ないんでしょう?
ホント、先輩って、面倒。
「汗が引いたらです。いちいち、こっちを見ないでください」
どうせ、見る気もないんでしょうけど。
「ああ、はいはい」
「先輩?」
「ああああ!はい!」
「先輩も呑みますか?」
「いいえ、結構です」
酔ってくれないと、私が困るんですけど。
「私のビール、呑みたくないんですか?」
「じゃあ、頂こうかな」
「最初から、そう素直にすればいいんですよ。手間を掛けさせないでください」
「ほ、ほら、君もお代わりしたらどうだ?」
「先輩、私を酔わせてどうする気ですか?」
「どうもしないよ。一週間、お疲れさんと思っているだけだよ」
「ホント、疲れましたよ。先輩、マッサージしてください」
先輩には、もう少しお疲れになってもらおう。
「はいはい」
「先輩?」
「はい、喜んで!」
私はソファーでうつぶせになり、先輩に背中を預けた。
先輩は私の背中を揉むというより、さわさわと触れていた。
あんた、何してる?
「先輩、もっと強くやってください」
「大丈夫かい?骨、折れたりしないかな?」
私は、骨粗しょう症かい?こう見えても、道場で鍛えているんですけどね。先輩より、タフですけど?
「先輩は、私を何だと思っていますか?大丈夫です、もっと強く揉んでください」
そう言うと、やっと強く揉んでくれた。ちょっと、気持ちいいかも。
あ、まずいかも。私の方が眠ってしまいそう。
ダメダメ、ここで切り上げないと、私が先に寝てしまうかも。でも、惜しい気がする。
「先輩、ありがとうございます。次は、肩をお願いします」
「はいはい」
「先輩?」
「はい!喜んで!」
「先輩って、どうしてそんなに優しいんですか?」
「優しいのかな?」
「はい、優しいです」
「優しいのか」
「はい、だから先輩と奥様が離婚した理由が、私には分かりません」
「ああ、そういえば、そんな話もしたなあ」
「どうしてですか?」
「どうしてだろうね」
「先輩、誤魔化さないでください。私だって、知りたいんですから」
「タネなし」
今、何て?
「え?」
「お前はタネ無しって、そう言われたんだよ」
「どういうことですか」
「すまんけど、この体勢で話す内容では無いよ」
「ああ、そうでしたね。もういいです」
先輩は私の真向かいに座ったので、私も先輩の隣に移動することにした。でも何で、先輩は居心地悪そうにするんだろう?何もしないのに。
でもなんとなく、込み入った話になりそうなんで、一言一句聞き漏らさないようにしないと。というか、私の最も知りたいことの一つだから。
「おいおい」
「詳しく、教えてくれるんですよね?」
先輩は残ったビールを一息で飲み干し、出てきた言葉が意外な内容だった。
私の服装についてだった。
「その前に、服を着なさい。その格好じゃ、落ち着いて話しも出来ないよ」
「ああ、そうでした。では、ちょっと失礼します」
それもそうか。
私は納得し、一応パジャマ代わりの服に着替えることにした。
でもそれって、私を意識してくれてるって、そういうことですよね?
そう思っても、いいですよね?
私を娘扱いしないと、そういうことでいいですよね?
「先輩、寝室で話しませんか?」
「何で?」
「私がいつ、寝落ちしてもいいように」
「寝落ちするぐらいなら、もう休んだら?」
「違いますよ。先輩の話が退屈で、寝落ちしたらの話です」
「ああ、そうでしたね」
先輩の案内で、寝室に向かった。
私は寝室で、驚くべき光景を目にした。
「何ですか、これは?」
「何もないよ、ただのベッドだけど?」
「おかしくないですか?」
「どこが?」
「だって、ダブルベッドなのに、お布団があんなに小さい。変ですよ」
変と言うか、バランスがおかしい。気持ち悪い。
「変じゃないよ。ひとりで寝てるんだから」
「だったら、ベッドを小さいのにすればいいじゃないですか?」
「面倒だよ」
「お布団は、面倒じゃないんですか?」
「大きい布団はさ、干したりクリーニングするのに手間がかかるじゃん。小さいほうが、運びやすいし」
「ああ、そうですか」
「はい、そうなんです」
「分かりました。それで手を打ちます」
仕方がない、今はそれで妥協するしかない。
明日、どうにかしよう。デートはやめだ。一日使って、買い物三昧だ。
「とにかく、ベッドを使いなさい。私はリビングで休むから」
「はい?」
「いや、だから、ベッドは君に譲るから」
「お話は、どうする気ですか?」
「え?ここで話をするんだったっけ?」
「先輩、大丈夫ですか?ついさっき、お話したばかりですよ?」
「ああ、そうだったかな。明日じゃ、ダメかい」
「明日は明日で、スケジュールが詰まっています。今日できることは、今日するんです」
「ああ、はいはい」
「先輩?」
「ああ、もう分かったから」
「じゃあ、先輩はそっち、私はこっちです」
先輩と私は、広いベッドだけど小さなお布団のせいで、ぴったりくっついて休むことにしました。
全部、先輩のせいですからね。
ホント、先輩って、面倒!
「それで?」
「え?何が?」
「さっきの続きです」
「なんだったっけ?」
「タネ無しです」
「乙女が、そんなことを言うものじゃないよ」
はあ?
「いったいなあ。何する?」
思わず、先輩の顔あたりを裏拳で殴ってしまった。
先輩、ごめんなさい。悪気があってやった訳じゃありませんけど、悪いのはすべて先輩です。
先輩が先輩に謝ってください。
「先輩が、私にそう言ったんですよ?」
「ああ、そうだったっけ?」
「そうです」
「とにかく、殴る前に注意してね」
「先輩が悪いんですけど?」
「はいはい、私が悪うござんした」
「先輩?」
「はい、以降気を付けます」
「じゃ、続きをどうぞ」
「何から話せば」
「だから、離婚した理由です」
「ええ?プライバシーだよ」
「先輩、もう一度殴っていいですか?」
「ええっと、今から話します、話させてください」
ホント、先輩って、面倒!
「最初から、そう言えばいいんです」
「はいはい」
「先輩?」
「もう、勘弁して!」
い・や・で・す!




