第二十五話 先輩とのひととき
「入ったばかりの頃は、可愛かったのになあ」
そんな声が聞こえた。
私はちょっとムッとしたので、先輩に少しだけ、ほんの少しだけいじわるをすることにした。
いや、思いっきりいじわるしたくなった。
「誰が、憎たらしかったですか?」
「ダメですよ、盗み聞きは」
意外なまでの冷静な返しに、ちょっとムッとした。もっと、焦ってください。私が、つまんないじゃないですか。
「盗み聞きではありません、こうして戻ったら、先輩が私をディスっていただけです」
「あの~、別にディスってないですよ」
「じゃあ、何と言っていたんですか?」
「いやあ、坂上さんは頼りになるなあって」
「そうは、聞こえませんでしたけど?」
「気のせいだよ。私が君をディスるなんて、ありえないじゃないか」
私は先輩に近づき、先輩の顔をじ~と見た。先輩は明らかにうろたえていて、ちょっとおかしかった。目がキョドっていたし。
でも、何だか可愛い。きもいけど。
「嘘ですね」
先輩ははっきりと動揺していて、それがとてもおかしかった。ホント、先輩は正直♪
「嘘じゃないよ」
私は、何だか楽しくなってきた。いつまでも、このやり取りを続けたい気分になる。
「じゃあ、何と言ったんですか?」
「ええっと、だから、仕事が出来る後輩を持って、私は幸せだなあって」
「さっきと、全然違いますけど?」
「あの、コーヒー冷めるよ」
「大丈夫です、これはアイスですから。それにこれは、コーヒーではなく抹茶ラテです」
先輩から貰った、初めての味なんですから。
先輩はきっと、忘れているんでしょうけど。
そのことを私だけ覚えていると思うと、ちょっとムッとしてきた。だから、もっといじわるしようと思う。
「坂上さんは、冷たいのが好きなんですか?」
「先輩こそ、冷たい女が好きなんですか?」
母のような、そんな冷たい女性がお好みなんですか?
だから、あんな母と結婚したんですか?
私は、お好みではないんですか?
「冷たいかどうかはともかく、頑張っている女性は好きですよ」
先輩の目が、私の目をまっすぐ見つめ返してきた。
私はちょっと、恥ずかしくなった。
もう、先輩ったら!どうしてくれようか。もっと、いじわるしないと。
「とにかく、今日の埋め合わせは、必ずしてくださいね」
「ええ?何で?」
「先輩は、頑張っている女性が好きなんでしょう?」
先輩の為なら、私、いくらでも頑張れますよ。
でも、先輩はどうなんだろう?
皆の為に頑張ってきたのに、もう皆に頼りにされていない。
だから皆のヒーローは、もう卒業してください。
これからは、私だけのヒーローになってくださいと、そう言えたらいいのにな。
そう言ったら、先輩はどんな表情をするんだろうか。
「自分の仕事を放り出して、先輩の為に頑張る後輩に何かしても、バチは当たりませんよ」
嘘だけど、先輩に甘えたくなる私が、一番好きな私なんです。ああ、私ってあざといなあ。
「もちろん、自分の仕事は完ぺきにこなしています」
先輩がちょっと不安そうな顔をしたので、一応心配無用と返すことにした。
実際、私はブタ野郎に罠を仕掛けられてから、用心深くはなったから。
「ああ、分かったよ。今度、何かおごるよ」
「今度って、いつですか?」
「今度とは、今度」
「誤魔化す気ですか?私、結構怒ってますよ」
ゴメンなさい。本当は、喜んでいます。でも、バレないようにしないと。
私の本当の気持ちを。
「とにかく、今度」
「じゃあ、今夜ごはんをご馳走してください。
「何で、今日なの?」
「先輩が、いつも逃げるからです」
「はいはい、大したものはおごれませんよ」
「はい、三ツ星レストランで我慢します」
ホント、先輩は可愛い。本気にしたみたいで、すっかり狼狽えていた。
私って、本当に意地悪な女の子だ。
でも、これは先輩の前だけの、特別な私なんですよ。分かってくださいね。
「冗談です。居酒屋でいいですよ」
「ああ、分かったよ。他の奴にも声を掛けておくよ。坂上さんが一緒なら、男どもはわんさと来るだろうから」
またか。どうして先輩は、私と二人っきりになろうとしてくれないのか。せっかく私から誘っているのに、ちょっとぐらい空気を読んでもいいんじゃないんですか?
「そんな有象無象なんて、私は要りません」
特にブタ野郎は。
でも、先輩は私のことを、どう思っているんだろうか?
「先輩は、そんなに私と一緒じゃ、嫌ですか?」
「ええ?そんなことはないけど。ほら、立場ってものがあるじゃないか」
「やっぱり、先輩は私を、憎たらしい女だと思っていたんですね?」
「そんな風には、思っていないよ。君を、可愛い後輩と思っているから」
わ、私を可愛いと言った。私を可愛いなんて、なんて、なんて。
バカああああああああああああ!
先輩を5~6回殴ってしまった、心の中で。
「あとで、いっぱい奢ってもらいますからね。覚悟してください。後悔しても、知りませんから!」
私は早足で、先輩の元から離れた。
真っ赤になった顔を、先輩に見られたくなかったから。
ホント、私って素直じゃないなあ。




