第二十四話 嫌な話し
唐突に、警察から連絡があった。
あの男が、刑務所から出所したと。
警察はもしあの男が私の前に来たら、躊躇わずに警察に通報してくださいと、念を押してきた。
警察がわざわざ私に連絡をくれたこと、助言をしてくれたことに感謝の意を表した。
確かに、いきなりあの男が私の目の前に表れたら、私はどうなるんだろう?
でも、もし来たら、そう、もし来たら・・・・
今度こそ、ぶちのめしてやろう。
私は以前通っていた、格闘技道場に再び通うことにした。
週一だけど、勘を失わないために。
いつか、あの男が表れた時、そのにやけた顔をぶちのめすために。
それに、間違って殺さないようにしないといけないから。
しかし、こういうことは続くもので、出向していたあのブタ野郎も戻ってきた。
ただ、幸い部署が違っていたので、顔を合わすこともないと思ったけど、あいつの方からわざわざ顔を出してきた。
それも、帰宅時間ぎりぎりで。
「久しぶりだね!咲良ちゃん!僕が居なくて、寂しかった?」
「どうも」
「僕さ、スポーツ事業部に配属になったんだよ」
「・・・・・」
「再会を祝して、一緒に飲みに行かない?」
「・・・・・・」
「いい店を知ってるんだよ」
「・・・・・・・・・・」
「そこはコンクリート打ちっぱなしの内装でさ、静かなジャズが流れるいい雰囲気の店なんだよ」
コンクリート打ちっぱなしの内装に、ジャズが流れるだと?
「美味しいカクテルがたくさんあってさ、女子にも人気のお店なんだよ」
美味しいカクテル?女子に人気だあ?
脳裏に、学生時代のあの状況が思い浮かんできた。
確か、コンクリート打ちっぱなしで高級感があり、ジャズが流れて女子が喜んで飲めるようなカクテルが、たくさん用意してある店だった。実際、美味しかったし。
そう、スカートで来いと言われた、いわくつきの店だ。
忘れたくても、忘れられない店だ。
「すみません、私、今日はスカートではありませんので」
「え?スカート?別にいいよ。僕と咲良ちゃんの仲じゃないか。何だったら、スカートを選んであげようか?」
ブタ野郎には、どうも嫌味が通じていないようだ。
「シャネルでいいなら、今から行こうか。それとも、アルマーニの方がいいかな?咲良ちゃんのお気に入りのブランドがあれば、僕の方で話を通しておくよ」
「私、しまむらが気に入ってますので」
「え?しまむらなんてブランド、聞いたことがないなあ。咲良ちゃん、通なんだね」
ああ、ダメだ。この男には、本当に嫌みが通じないようだ。
私が無視して歩き出すと、ブタ野郎は私の肩を掴んできた。
虫唾が走った。
その瞬間、私は思わず、ブタ野郎の腕を掴んだ。そして、へらへら笑うブタ野郎の腕を、ほんのちょっと捻ってやった。
「さ、さくらちゃん!」
「私は坂上です。あと、私の身体に触らないでください。セクハラですよ」
「い、痛いよ!」
「聞いていますか?もう、付きまとわないでください」
「わ、わかったから。離して!」
ブタ野郎は腕をさすりながら、這う這うの体で逃げ去って行った。
一部始終を見ていた須黒さんは、私を注意するでなく、意外なことを言った。
「よくやったけど、今度は私か誰かを呼びなさい」
「はい、すみません。お騒がせして」
「いや、いいんだよ」
「でも、なんであのブタ野郎じゃなかった、あの男は戻ってきたんですか?」
「彼の父親が、五輪担当大臣になったんだよ。その流れでね」
「え?あのブタ野郎じゃなかった、あの男のお父様は政治家だったんですか?」
「知らなかった?社内では有名だよ」
「じゃあ、まずかったですか?」
「いいや。むしろ、貸しを作ることが出来たよ。五輪前のスキャンダルは、さすがにまずいだろうからね」
それって、五輪が終わったら何をしてもいいと、そういうことなのかな?
「それで、あのブタ野郎じゃなかった、あの男はスポーツ事業部配属なんですか」
「いいや、それは偶然。あの事業部は、体育会系の集まりだから、上は彼を鍛え直してもらおうと思ったみたいだよ」
「そうなんですか?」
「上もさ、彼を持て余しているんだよ。何か分かりやすい不祥事でも、起こしてくれないかなあって」
「それ、まずくないですか?」
「仕方が無いよ。彼の実家の力は、半端では無いからね。分かりやすいスキャンダルでも起こしてくれれば、もう庇う人も居なくなるだろうしね」
そんなスキャンダルに、私は巻き込まれたくないなあと思った。
「いっそ、海外に飛ばすわけには行かないんですか?」
「物騒だね。でもまあ、人事は上が決めるからね。むしろ、彼が坂上さんにちょっかいを出して来たら、君を海外に逃がすという手もあるけどね。私の部下でもある坂上さんなら、私の権限でどうにか出来るし」
「その際は、よろしくお取り計らいをお願いします」
私は深々と頭を下げたけど、正直今は困る。
先輩と私との関係が、まだはっきりしていないから。
でも、これ以上はどうしたらいいんだろうか?
私と先輩は、血の繋がりがあるんだろうか?
先輩は、私の本当のお父さんなんですか?
そういうのを気にしていたら、いつも先輩を目で追っていた。
というか、先輩のアラを見つけ、つい注意してしまう私がいた。
そして、今日も。
給湯室の帰り、先輩の居る机に向かうと、いつもと違って何か真剣な目でモニターを見ていた。
アダルトサイトでも見ているのかな?それとも、ネットゲームでもしているのかな?
私はお茶を片手に、先輩の後ろからモニターを覗いた。
「何だ、普通にお仕事じゃないですか」
「うわ!」
「何ですか、その反応は?」
「いや、驚いたんだよ。本当に、びっくりしたなあ」
「私の方が驚きましたよ。ところで、何をしてるんですか?」
「資料の整理だよ」
「ふ~ん」
「とにかく、今は仕事中だから」
「何ですか?私が邪魔なんですか?」
「え?ち、違うよ。私は集中しないと、仕事が進まないんだよ」
「それって、私が邪魔と言ってるのと同じですよ?」
「ええっと。ゴメン」
「先輩。どうして先輩は、そんなに優しいんですか?」
「優しくないよ」
「優しいですよ」
「優しいのかな?」
「そうです。優しいです」
「優しいのか」
「だから、お手伝いが必要な時は、遠慮なく言って下さい」
「ええ?いいよ」
「私が先輩を手伝うって、そう言っていますよ。何か、問題でも?」
「ああ、分かったよ」
そうです、最初からそう素直でいてください。
ホント、先輩って面倒だ。
とはいうモノの、最近の先輩は、やたらと残業が多い。お陰で、一緒に帰れない日がある。
しかもその仕事内容が、資料整理といった雑務とか、どちらかと言えば若手や新人がやるような、そんな仕事ばかりだ。
先輩と何故か仲がいい須黒さんによると、先輩は調整がうまいそうだ。
以前、食品とエネ本が穀物の奪い合いをした時も、先輩が間に入って調整したお陰で、うまくいったそうだ。
今は日本の円も弱くなったから、穀物の調達も食品とエネ本が一緒にやっている。
そうでないと、海外勢に入札負けをしてしまうそうだ。上からも、何をやっているとお叱りを受けるとか。でも、時代が違うんだよなあと、須黒さんはこぼしていた。
だから、全社一体となって入札や調達をしないと、いつの間にか日本抜きで話が進んでいる場合が度々あるそうだ。
ああ、そうか。だから、調整役の先輩の役割が必要なくなったと、そういうことなのか。
対立していたからこそ必要な人材も、対立が無くなるともう無用な存在になるのか。
それって、酷くないか?
いや、だからそんな先輩に、こんなつまらない仕事を割り当てるのか。
役目が無いから、もうそんな仕事ばかりを宛がうのか。
それでいて、ブタ野郎には活躍する場を与えるなんて、会社って何なんだろう。
しかも、ブタ野郎が不祥事をおこしてくれるのを、今か今かと待っているなんて。
私はそれを、とても嫌だと思った。




