第二十三話 先輩の友達の話し
会社近くのファミレスで、私は先輩と一緒に食事をすることにした。
落ち込んでいるような感じがした先輩だけど、意外に食欲はあるようだった。
何と言うか、あれこれ注文していたけど。
ごはんを食べることが出来るなら、少なくとも身体は心配ないと思う。
本当に心が追い詰められていると、食事も喉を通らなくなるから。
そこで私は初めて、自分の本当の気持ちに気が付いた。
ああ、そうか。私は、安心したかったんだと。
先輩に問題は何もない、もし問題があれば何とかしてあげたい。
もし、私の手に余る事態だったらと思うと、それが不安になって仕方が無いんだ。
そんな不安を、私は解消したかったんだと。
私は自分のこの気持ちに気が付けて、むしろホッとした。
でも、暢気に食事をする先輩を見ていたら、何だかムッとしてきたけど。
この気持ち、先輩のせいですよ。
店内は意外に空いており、逆に私たちの声が店内によく響いた。
「おお!美味しそうだ」
先輩はハンバーグを、私はパスタを注文した。
先輩はガツガツと夢中でハンバーグを食べていたけど、私は先輩に目を離さないように、パスタを口に運んだ。どうしてか、分からないけど。
「ふ~、美味しかった。久しぶりだ。こんな食事は」
デザートまで平らげて、先輩は本当に落ち込んでいたんですかと聞きたくなる。でも、今はこれでいいと思う。私も、まあまあ良かった。
「いつも、食事はどうされているんですか?」
「まあ、男の一人暮らしだからね。想像つくでしょう?」
「栄養あるモノを、きちんと食べてください」
「まあ、考えておくよ」
「それで先輩、何があったんですか?」
先輩はまた、天井を見上げた。
「つまらない話だよ」
「つまらないかどうかは、私が判断します」
「坂上さんって」
「坂上さんって?」
「カッコいいね」
思わず、フォークを先輩の顔の前に突きだした。何でこんなことをしたのか、自分では分からないけど、ものすごく恥ずかしかったからだと思う。
「先輩、今度そんなことを言ったら」
「い、言ったら?」
「刺します」
「は、はい」
先輩は両手を上げて、まるで降参しているようだった。
そんな仕草でさえ、私には可愛く思えた。
「それで?」
「ええっと、以降気を付けます」
「違います。先輩のお話です」
「な、何の話だったっけ?」
「つまらないという、お話です」
「ああ、そうだったね」
「そうです。早く話してください」
「私の友達がね」
先輩は、話を切ってきた。
「先輩のお友達が、どうかされたんですか」
話そうとしないから、私は催促した。言いたくないなら、言わなくてもいいのに。
でも、私にだけは話してほしい。私以外に、話してほしくない。これって、私の我儘かな?
でも、先輩から出てきた言葉に、私はびっくりした。
「友人がね、死んだんだよ」
「え?」
「ああ、違う、違うよ。事件とか自殺とかではなくね、病気でね」
「そうですか」
「もう、随分と長く患っていたからね」
「どのような、ご病気だったんですか?」
「色々だよ」
「色々とは、何でしょうか?」
「まあ、基本はガンかな。あっちこっちに転移しててね。もう、手の施しようがなかったそうだ」
「それで、先輩は落ち込んでいるんですか?」
「私にとっての、最後の友人みたいな人だからね」
「最後ですか?」
「大学時代からの友人でね。長い付き合いだったんだけどね。まさか、私よりも先に死ぬなんて、あいつも私も想定外なんだよ」
「想定外なんですか?」
「だって、奴には奥さんがいて、普段から健康には気を付けていたんだよ。健康そっちのけの私とは、大違いなんだ」
「そうなんですか」
「まあ、奴の子供はすでに独立していたから、養育費とかは問題ないけどね」
「そうですか」
「そう。仕方がないんだよ」
「先輩、泣いていいんですよ」
「無理だよ」
「どうしてですか?」
「私みたいな年になるとね、簡単には泣けないんだよ」
「そうなんですか?」
「ああ」
「でも、泣きたくなったら、私に言ってください。胸ぐらいなら、いつでもお貸ししますので」
胸に手をやる私を見ながら、先輩は目をパチパチしていた。
「ああ、ありがとうね」
「先輩」
「うん?」
「隣いいですか?」
先輩の返事を待たず、私は席を移動した。
先輩は戸惑っていたけど、先輩を押しのけるようにして隣に座った。
「さ、坂上さん?」
「少し、いいでしょう?」
「ええ?」
私は先輩の肩に、もたれ掛かった。
どうしてこんなことをしたのか、正直分からなかったけど、こうしたいと思ったし、こうしなければいけないって、そう思ったから。
先輩は微動だにせず、ただされるがままだった。
「とうとう私は、ひとりになったようだ」
私が居ます。先輩をひとりにしません。
でも、私はそう言えなかった。
気が付くと、目頭が熱くなってきた。
ああ、そうか。私は先輩の代わりに、泣きたかったんだ。
そう思うと、涙が出始めた。涙が、溢れてきた。
私が泣いていることに気が付いた先輩は、これはもう見事なぐらいにうろたえていた。
というか、その手を私の目の前でぶらぶらさせるの、気持ち悪いからやめてください。
笑っちゃうから。
「だ、大丈夫?」
せめて、ハンカチぐらい出して、私の流す涙を拭ってください。ま、先輩らしいけど。
仕方が無いので、自分のハンカチで目を拭った。それを見た時も、先輩は何だかうろたえていたけど。
「先輩」
「え?」
「そろそろ、帰りますか」
「うん」
でも私は、そのままの姿勢でいた。
私が動かない限り、先輩も動くことが出来ない。
それでも先輩は、私が動き出すのを待ってくれていた。いつまでも、待っててくれた。
先輩ならそうしてくれるって、私には分かっていた。私は、ずるい女なんだ。
そんなずるい私は、先輩の優しさに付け込み、いつまでもその姿勢でいた。
いつ、先輩が音を上げるのか、ちょっと見ていたかったから。
嘘です。
ただ、一人になりたくなかったから。
一人になるのが、何だか怖かったから。
先輩は、どうして一人でも大丈夫なんですか?
分からないから、私は先輩に甘えようと思う。
だって、寂しいから。
私って、自分で思う以上に寂しがり屋で、我儘みたい。
これって、先輩の前だけですよ。
分かっていますか?
それでも先輩は前をまっすぐ向き、微動だにしなかった。いや、固まっていた。
私が諦めるまで、いつまでもそのまま待っていてくれた。




