【ヘカテー】VS【紅の天使】
その視界いっぱいの文字が消えた後、【ヘカテー】は一気に勝負を付けようと、距離を積め……。
ようとしたのだが、走り出そうと一歩を踏み出した瞬間、相手が一本しかない矢をその一歩前の地面に突き刺し、牽制。
その愚かとも言える行動を目の当たりにした空色の髪を持つキザな青年は、興が覚めたかのように、首を降る。
「やれやれ、これは本格的に初心者のようだね……。知らないなら教えて……!」
その様な呆れ声で初心者相手に懇切丁寧に教えようと、口を走らせていると戦慄が走った。
赤髪ボブの愛くるしい見た目の少女か引き絞る弓。そこには一本しかなかったはずの矢。
その矢白い光を纏ったおり、放たれるとよりいっそう光が激しくなる。だが、それは刺激的な光ではなく、優しさ溢れる光。
――果たして今までこの光を再現出来るゲームタイトルがあっただろうか――等と、一瞬、閃光に目を、心を奪われた。
故に反応が遅れ、剣で防御するしか術はなくなっていた。
コン……。
「ッ!?」
予想以上に軽い音を立て、剣に当たる矢尻。それを合図にタイミングで光は最高点に達する。
光が落ち着き、剣へと視線をやる【ヘカテー】の絶句。
そこには、確かに剣の柄が握られていたのだが、そこから先が一切なかった。
同時に【紅蓮の堕天使】の声。
「へー。ここまで再現されてるんだ」
音声にも検出されない小さな声でそこまでを言うと、胸元を探り、そこから黒い小さな玉を一つ見せ付けるかのように取り出し、握り潰す。
すると、手の中に一本の矢が出現。
「なるほど……。その方法で矢を出したのか」
柄だけとなった剣を放り捨て、左手を前に突き出し、火球を出現。刹那、火球は敵から放たれた矢より速いスピードで飛ぶ。
そんなことはお構い無しに矢を弓にセット。引き絞り、放つ……。
とは行かず、刹那に迫る火球を焦ることなく、サイドステップで回避するのと同時に、矢を放つ。
放たれた矢はさすがに無理な体勢から放ったこともあり、大きく外れる。
それを悟った青年は、今度こそ一気に距離を詰め、少女は再度、同じように矢を出現させる。そのスピードが予想以上に早く、【ヘカテー】が距離を詰めるまでに、もう二本撃ち込まれる結果となりはしたものの、いずれも無理な体勢から放ったせいか、大きく外れた。
「ゼロ距離から放ったなら、否応でも食らうしかないだろう」
そう言いながら、左手を突き出し火球を作り出す。
魔法展開には僅かなタイムラグがあり、その隙を付いて、高く飛び上がり、ムーンサルトの如し動きで回避行動を取る。
放たれた火球は思い空しく空を燃やす結果となった。
その間、またしても少女は一本空中で矢を放つも、やはり無理な体勢からか大きく外れる。
【ヘカテー】は剣がおじゃんとなった今、なんとしても早期決戦に持ち込みたかった。
その焦りから火球を連謝する青年。
それを可憐なステップで躱わす少女はその間、矢を一本放つと、弓を地面に滑らせる。と、胸元から今度は扇子を取り出す。
勢い良く広げた扇子の絵は、七つの星が夜空に舞う北斗七星を模した柄だった。
それを視認したキザな青年は、ある思考が過り、矢の配置を確認しようと振り向こうとした。
そうはさせまいと言うかのように少女は技名を発言。
「【雷の舞】……」
「な……っ」
――そう、【紅蓮の堕天使】の魔法は【舞】。その名の通り、正しく舞うことで魔法を発動出来るという代物。
この正しくと言う点がみそで正確に舞わないと魔法が発動出来ない。
今まで百人ほどが集まって、魔法の解明をしようとしたのだが、ついには誰一人も【紅蓮の堕天使】の魔法は解明出来なかった――
目前にいる少女は、その魔法を発動させようと言うのだから、青年が驚くのも無理はない。
故に青年は可憐に待っている少女に攻撃するのを躊躇った。
ゲーマーとしては、舞の完成形を見たい。だが、戦士としての自分がそれを許さない。
その短い葛藤の末、【ヘカテー】は攻撃を再開。
「戦場ではね。一時の停滞が命取り何だよ!」
そんな声と共に舞が完了し、扇子をパチンと音を立てながら閉じる。流れる動作で扇子を胸元に引き付ける――扇子にわかりやすい雷のエフェクトが出現――一瞬のため。
勢い良く、青年へと扇子を突き出す――と共に、可愛らしくウインク――
その瞬間。扇子から龍を模した雷が飛び出し、無策に突っ込んでくる【ヘカテー】の胴を完全に捉える。
青年の体力ゲージが一気に半減する。
「グッ……!」
短く吠える空色の髪をした青年。それより強く声を荒げたのは、可愛らしい見た目の少女だった。
「ウッソー!!! こんなんで、魔法ゲージが四分の一も減るの!?」
「なにをいってるんだい……? そんな強力な魔法使うのなら、魔法ゲージ、四分の一というのは随分安上がりのようだが?」
青年は呆れ声を漏らす。と、紅髪ボブの少女はすんなり納得する。
「ふーん。そっか。そうだよね。うん」
――でも、こっちの魔法ゲージはもう底を着いた。おまけに剣も使い物にならない。「――しょうがない、かぁ……」
覚悟を決め、次回の【W.C.S】戦で試そうと思って密かに、現実世界で学んでいたジークンドーを用いた肉弾戦を試みる。
なぜ、今まで使わなかったのか。それは端的に言えば出し惜しみである。
この戦いがもし何かしらのイベントだとしたら、間違いなく生中継されている。
ライバル【W.C.S】はネットを見る質ではないが、それでも、予防には予防を重ねたい。それにこのジークンドーによる肉弾戦は完全にマスターしていない。
相手も相手でそんな生半可な技術で勝てるとは思えない。
しかし、魔法も剣も、削がれてしまった今となっては、この不完全なジークンドーに頼るしかない。
勿論、諦めるという思考も過ったが、ゲーマーとして、戦士としての意思がそれを許さなかった。
しかし、やはり予想通り攻撃は当たらない。
それどころか、鮮やかに舞うように躱わされている。
その予想が分かりやすく見れたのは、
「【水の舞】……」
と、言いながら、扇子を音を立てながら閉じ少女が動揺に腕を曲げ――扇子に水のエフェクトがかかっ――た時である。
その後、腕をしならせるように、勢い良く青年に、扇子を突き出す。
先ほどの【雷の舞】動揺、龍を模した水が出てくると考えた青年はサイドステップで素早く扇子の延長線上から飛び退く。
しかしその回避行動は、無駄に終わる。
扇子から出てきたのは、確かに水だった。しかし、その勢いは豪流ではなく、チョロチョロと出る宴会芸でよくあるような、小技だった。
少女は可愛くウインク。
「なんてね」
舌を出し締め括る仕草を目の当たりにした青年は、リラックスさせて上げようと出した【水の舞】を舐めてると勘違い。
「こ、このやろ……」
だが、不幸中の幸いか【ヘカテー】は、逆上するタイプでも、絶望するタイプでもなく、ふつふつと怒りを煮え滾り、俄然やる気が燃えるタイプだ。
だが、それでも、攻撃は当たらない。
続く【雷の舞】を横腹に掠めるだけで止めた。
それでも、掠めただけで一割を持ってかれる破壊力。
「ありゃ? まさか二擊目で躱わされるとは……。しかも至近距離。やるじゃん。んー、これ以上魔法使うのはさすがに怒られちゃうかも?」
「知らないね。それより君はやはり、運営側の人間、で良いんだね?」
腕を抱えながら考えている少女に、攻撃を繰り出しているものの、やはり当たらない。それどころか、靡く紅髪にも掠りもしない。
頭上のタイムカウントはまだ【060】。即ちやっと半分を切ったところだ。
「あ、バレてた? そう、あたしは運営側の人間。といっても、あたしはこのイベントのための手伝いをしてるだけだけど……」
「やはりそうだったのか。ところで、一つ聞いても?」
「う、うん。内容にもよるけど……」
「ありがと。じゃぁ、聞くけど君が操っている【紅蓮の堕天使】含め【アザナの四人】はやはり【GM権限】がないと使いこなせないのかい?」
その問いに、少女はふるふると小さくクビを横に振り、答えた。
「ううん。違うよ。この子もそうだけど、他の三つの子達もすこーし、扱いが難しいだけ。」
青年が微苦笑を漏らす。
「……。そうか。君の答えを聞いて確証したよ。このイベントは【アザナの四人】の使い方を教える為のもの。だから、魔法も小出しにしないと行けない。そうだね?」
「へー。そこまでバレてるんだ。じゃぁご褒美にこのアバター最大の魅力を持って終わらせて上げる」
「最大の魅力? 矢に特別な効果があり【MPゲージ】を必要としないこと以外に何か魅力でも?」
図星だったようで、上目遣いに頬を膨らませる。
「やっぱり、前言撤回! ちっとも可愛くないあなたには、これ以上何も見せてあげない!」
その言葉通り、少女はタイムカウント【000】になるまで青年の攻撃を躱わし続けた。
その間、足がもつれ危うい場面も一つや二つや三つはあったものの、ノーダメで終わった。
通常なら空中に浮かぶ帰還ボタンをすぐにタップするも、今回は両者二十秒間の【オフサイドタイム】をたっぷり使う――【ヘカテー】は聞き専として残る――ようだ。
「はーい。ということで、これより一ヶ月くらいの期間開催されます。《運営討伐イベント》ー! このイベントは大会参加者、上位陣にあたし達四人が不定期に割り込みマッチをしていくものです。因みにですが、あたし達四人四人の誰か一人でも倒しますと、イベント終了後に行われるアップデートが繰り上げになりまーす!」
その後も身ぶり手振りを加えながら話す少女の言葉は「自分が一番弱い」だの「自分が一番まとも」だのという耳を疑うものばかりだった。
そして、たっぷり二十秒間を使った説明お終え、強制退出された。
今日はここまでとなります♪
次回は、明日の夜10時になります!
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