第15話 エカル
「今日は旅の協力者を呼んでいるの」
キビットが籠もる資料室を訪ねてきた姫が、そんなことを言い出した。
「協力者ってのは、僕らと一緒に旅をするってことかい?」
「ええそうよ。……といっても、協力のお願いは本人がここに来てから話すんだけどね。だから、キビットからも一緒に頼んでよ」
たしか魔王は戦力の温存のため、城からは人を割きたくないと言っていたが、今の姫の口ぶりから察するに、城外の何処からか知人を招いたのだろう。キビットとしても協力者が増えるのはありがたいものの、姫との二人旅ではなくなるのが残念な気もした。
「何だよ突然。どこの誰に協力してもらうってんだい?」
「エカルっていうの。アタシの幼なじみの男の子よ。お父様の傍にいるアルシノの子なのだけど、アタシと年が近いからって幼い頃はよくこの城にも来ていたの」
アルシノはたしか魔王の側近の中にあって、いつも右半身を隠すようにマントを纏っている魔人だ。眼鏡をかけている側近は彼だけだったので、キビットの記憶にも残っていた。
しかし、幼なじみというのがいただけない。彼女を昔から知っているという特別感を自分に持っていて、キビットのような求婚者を姫を横からかっさらっていく敵と見做すのではないか。
もちろんこれは、幼なじみという存在へのキビットの先入観なのだが。
「幼なじみの男の子? ……それは駄目だヒメッチ、きっとそいつは僕と仲良くなれない」
「ええ? 駄目って言われても、もう呼んじゃったもの。彼が到着したっていうから、ここに知らせに来たのに……」
キビットは目を閉じて考えた。たしかに見ず知らずの者の性質を勝手に決めつけて先入観を持つのは良くない。幼なじみの男子だからといって、恋敵になるなんて決まっていないのだから。ましてや姫が信頼する者なのだから自分も信ずるべきだと思い直し、キビットは姫の方を向いた。
困った表情の姫も可愛い。そんな姫にやさしく語りかけようとしたキビットだったが、言葉が出なかった。姫の背後に見知らぬ男の顔があったのだ。これ以上ないほどの鋭い視線で、男はキビットを睨んでいた。
「あ……あの、ヒメッチ? その人は……」
「え?」っと姫が振り返ると、キビットに向けられていた刺すような視線がやっと途切れた。
「まぁエカル、お久しぶり。よくここが分かったわね」
そこには腰のあたりまでの身をマント包んだ銀髪の男が立っていた。背はキビットよりも高い。男は姫の前まで進み出ると、軽くお辞儀をして答えた。
「姫の方こそ息災のようで何よりだ」
「ふふ、アンタもそんな格好で大人みたいな挨拶をするようになったのね」
やはりこの男が姫の幼なじみのエカルなのだろう。自然な様子で姫と話している。
──────
これまでの経緯を姫に説明されたエカルがため息をつく。
「ハァ…… そうか、そんなことがあったとはな。オレもこの城やここの人たちには思い入れがあるからな、無事で良かったよ。それで次の戦いの人集めに、こいつが旅に出ると」
そう言いながらキビットを指差すエカルの言葉には、少々トゲが感じられる。
「ええそうよ。アタシも一緒にね」
「何故だい? 君が行くようなことじゃないだろう。そんなものはそいつ一人に行かせればいい」
姫を付き添わせる魔王の決定に、エカルは不満があるらしい。協力者として旅についてくる以前に、姫の同行を止めかねない。ここまで黙って聞いていたキビットも、流石にここでひと言口をはさむ。
「先ほどから他人事のように話しているけど、これはキミも含めて魔人の命運がかかった旅だよ。もう少し重く受けとめることをお勧めするけどね」
エカルはムスッと不機嫌そうにキビットの方を向くと捲し立てるように反論する。
「ならば尚更だ! オマエのような胡散臭い奴に任せるのがどうかしている。だいたいオマエは何者なのだ? 突然城に現れて、なぜこうも優遇されている」
「僕はハイブ族のキビットだ。見聞を広げるための旅の途中に魔王城へと立ち寄ったところ、今回の騒ぎに遭遇したわけさ」
キビットは、しれっと嘘をついた。
「ハイブ族? 聞いたことが無いな」
「魔王の威光の届かぬ地に居たからね。それでもハイブリッドの撃退に一役買った。現在はヒメッチの夫候補として、この城に置いてもらっている」
── な……なにぃ!?
エカルにとってハイブリッドの襲撃よりも、キビットの最期の言葉の方が衝撃だったようだ。
「おい、今のは本当か、姫!」
「お父様はハイブリッドをやっつけたら認めるって言ってるけど、アタシはまだ認めてないからね!」
姫はそう言ってキビットを突き放そうとするが、「まだ認めてない」は「この先認める可能性がある」ともいえる。
「そんな馬鹿なことがあるか!」
エカルは怒りで床を踏みつけるように、資料室から出ていった。
その後、キビットは魔王の側近たちを訪ねて回った。
出立前の挨拶と魔人領内の情報などを聞くためだ。まだまだキビットに良い顔をしない人が多かったが、中には普通に接してくれる者もいる。特にベローサとドードの二人はキビットに好意的に感じられた。先の襲撃の際、広場に向けて炎柱の魔法を放ったのがこのベローサとドードで、大部分のハイブリッドを葬った勝利の立役者となっていた。彼らからすると、そんな活躍のお膳立てをしたキビットに好意を持っているというわけだ。
挨拶回りを終えたキビットは、魔王城のバルコニーへと出た。魔王城にやって来て以来、キビットはこのバルコニーで思想にふけることが多かった。
ベンチに腰を下ろし、深くため息をつく。幹部連中への挨拶回りは流石に気疲れが大きかったらしい。ぼんやりと遠くの山を見るキビットの頬を生暖かい風が撫でた。
「キビット、決着を付けてやる。オレと勝負しろ!」
突然、ベンチの背後から何者かの挑戦を受けた。ゆっくりと振り返ると、エカル立っていた。キビットとしては、出会ったばかりのエカルと付けるような決着に憶えがない。
「はぁ? なんで?」
「オマエに姫を任せるわけにはいかない。それをオレが分からせてやる!」
説明されたところで全く解らない謎の論理だが、キビットがここまで見た限りでは、このエカルは感情の先走った男に見える。これまでずっと、私情を優先して動くタイプの者を軽蔑してきたキビットだったが、先の襲撃のおり自身が戦闘中に感情を抑えられず姫に告白した一件以来、直情的な者への見方が少し変わった。だからエカルの態度にもさほど腹は立てていない。
しかし、下手に出るつもりもない。おそらくこのエカルは、下手に出るとつけ上がるタイプに見えるからだ。キビットが性格診断に長けているわけではなので、直感の域は出ないのだが。
「あぁ……なるほど、頭の弱い人なんだね」
「何だと!?」
「キミは姫の幼なじみで、姫のことをよく知ってるんだろ? じゃあ聞くけど、姫は喧嘩の強い奴が好みなのかい?」
「いや……そういう訳ではないと思うが……」
少し弱気を見せたエカルに、キビットは言葉をたたみかけてゆく。
「じゃあ、勝ったところで決着なんか付かないじゃないか。せめて勝った方と付き合う確約くらい取ってきてから言ってくれ、そういうことは。 それにね、僕は魔王さんから直々に命を受けて旅立とうとしているんだよ。そんな僕を個人的な恨みで倒して、キミは責任が取れるのかい?」
「それは……」
「軽はずみに適当なこと言うなよ。そんなのだからキミは「バカル」なんて言われるんだ」
完全に口論のペースを握ったキビットが優勢に立つ。いつのまにか言いくるめられていたエカルだったが、自分の主張をキビットに知らしめようとしていた当初の目的を思い出した。
「う……うるさい! 何でいつの間にかオレが説教されてるんだ!さっきからベラベラとそれらしいこと言いやがって! ……てか、誰だ! バカルなんて言った奴は!」
エカルが騒ぐところにちょうど姫がやって来た。
「なぁに? あんたたち、仲が良いのね。そんなに馬が合うとは、アタシも思ってなかったわ」
姫にはキビットとエカルがはしゃいでいるように見えたらしい。どうもこの娘にも少々ズレたところがあるのかもしれないが、当の本人は満足そうにキビットに言う。
「あっそうだキビット、お父様の親書が書き上がったそうよ。だから、出発は明日ね」
キビットが懸念していたほど、姫は旅に出ることを渋らなかった。もしかするとこの姫は、魔王城の外の世界を巡るこの旅を楽しみにしているのかもしれない。
「お……もい……にいく」
キビットと姫が旅の話をする傍で、エカルがボソリと何かを口走ったが、誰も聞き取れなかった。
「ん? どうしたの、エカル」
姫が優しくエカルに問う。
「……れ……っしょ……」
やはり聞き取れない。何か葛藤があるのか、難しい顔をしているエカルにキビットが心無い言葉を浴びせる。
「バカルはとうとう言葉もまともに話せなくなったのか?」
「何だとゴラ! オマエ、表に出ろ!」
「ふん、大きい声で話せるじゃないか。まぁこの広いバルコニーならもう表みたいなものだけど。ほら、その声で言いたかったことを言ってみなよ」
「オマエなんかに姫を任せられんから、オレも旅について行くと言ってるんだ!」
キビットは自分から旅への同行を頼むのは嫌だったが、エカルの方から「ついて行く」と言わせた。姫は嬉しそうにエカルの手を取り、「ありがとう」と微笑んだ。
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「ハイブ族のキビットだったかな? よろしく頼むぞ」
魔王はニヤニヤと口を歪めながら、キビットに親書を手渡した。キビットが出鱈目に口走ったハイブ族の名を魔王が知っているのは姫が教えたのか、それともエカルが苦情を申し立ててその際に言ったのか。いずれにせよ、キビットの素性を少しでも隠せるのなら都合のよい設定ではあった。もはやハイブリッドは魔人の天敵なのだから。
「さあ、行こうか」
キビットたち三人は魔人領の奥へと向かって歩き出した。
第一章 ── 完 ──




