その時の少年従者の気持ち(3)
――えええええ!? いやいや、わからないって、お嬢様! その展開はないよ!
と心の中で叫んだが、後の祭りだ。
次に僕が取るべき行動は!?
フルゥの手がぎゅっと握りしめられた。
青い顔のフルゥに頷く。
そうだ、とにかくこの場を離れなければ!
お嬢様はそのために飛び降りたんだ。僕らがここにいたら足手纏いになる。
マーサさんを見ると、こちらも青い顔で頷いた。
……そうだ、間違ってない。
「……行こう……!」
囁くように言って、僕は震える足を動かした。
一歩、二歩、三歩、後ずさるようにして、フルゥの手を引く。
フルゥと目が合った瞬間、ふたりで駆け出した。
階下へ!
とにかく、お嬢様を捜すんだ!
階下はしっちゃかめっちゃかになっていた。
逃げ惑う人にもみくちゃにされて、それでも僕はフルゥの手を離さなかった。反対の手はマーサさんを掴む。母さんと同じくらいのおばちゃんだけどね! この人も一応、女の人だ。はぐれないようにしないと!
「……ニールス!」
さっき別れたばかりのアーヴェル家とソールバルグ家の少年従者が僕の名を呼ぶ。
「ファラゼイン家の従者か!?」
人混みの中から、ソールバルグ様の叫び声が聞こえた。
「そうです!」
僕も負けじと叫び返す。人混みに流されそうになった僕の襟首をソールバルグ様の力強い腕が引っ張り寄せてくれた。
騎士団の人がたくさんいるところに、少しだけ空間を作ってくれて、焦ったように問いかけられた。
「クロエ嬢は!? 無事か!?」
「わかりません! 二階から飛び降りたので!」
「なに!?」
「でも、おそらく無事です! バルトルト様と一緒のはずです!」
「なんだと!?」
冷静になって考えてみれば、あのお嬢様が二階から飛び降りたくらいで怪我なんかするはずがない。しかも、下にはバルトルト様がいたのだ。きっと受け止めているはずだ。
「こちらでも捜す! もしバルトルトがいたら、控え場所に速やかに戻るよう伝えろ!」
「はい!」
ソールバルグ様がアーヴェル家とソールバルグ家の従者ふたりにも命じた。
「お前達も一緒に行け! なるべくはぐれるなよ! 見つけ次第安全な場所に避難しろ!」
「はい!」
僕らは一塊になって、闘技場を捜した。
……たぶん、人が少ない方だ。
とにかく人が少ない方へ向かうと、遠くにバルトルト様の馬とそれに乗るふたりが見えた。
――いた……!
あろうことか、バルトルト様はお嬢様の頬を撫で、抱きしめていた。
――なに、いちゃいちゃしてんだよ、こんな時に!
僕は安堵すると共に、一気に冷静になって、へたりこみそうになった。
心配かけないでくれ、お嬢様! 心臓に悪いよ!
「クロエ様!」
「バルトルト様!」
僕らは口々に主人の名を呼んで、駆け寄った――。
◇◇◇
あの天国と地獄を同時に味わうような一日を過ごして、良かったことがひとつだけある。
「フルゥ!」
僕が呼べば、フルゥがにこりとして、手を振った。
「ニールス!」
笑顔で僕の名を呼んでくれる。
たまたま一緒にお休みできる日は、こうして待ち合わせして出かけたりするようになったのだ。
あの日以来、フルゥとは急速に仲良くなった。
怖い体験を一緒にして、手を握り合って逃げた仲だ。
どうやったって、仲良くなる。(マーサさんとの関係は特に深まってないけど! ほら、そこはやっぱり同じ年頃の女の子とおばさんじゃさぁ……?)
一緒に出かけるようになって、実はあの日が従者として初めてお供をした最初の日だって、恥ずかしいけど、告白した。フルゥには嘘をつきたくなかったんだ。
そう言うと、フルゥはふわりと笑って「ありがとう」と言ってくれた。
「そんな大変な日に、私と一緒にいてくれて、ありがとう。すごく、心強かったの」
……ああ、いい娘だ!
「ごめん、待った?」
駆け寄って謝ると、フルゥはにこりと笑って首を振る。
「……ううん、今来たところよ」
「じゃあ、行こうか?」
「ええ」
フルゥの手を取って、並んで歩き出した。
フルゥも僕の手を握り返してくれる。
――実は、手なんか繋いでるけど、フルゥはまだ僕の彼女じゃない。
フルゥの方を見ると、フルゥもこちらを見て頬を染め、微笑んだ。
……ああ、やっぱり、かわいい。
さあ、今日こそ言うんだ、好きだって。
僕の、彼女になってくださいって!
僕は今、きっと真っ赤になってる。
でも、言うんだ!
「フフフ、フルゥ!?」
「ん?」
小首を傾げて僕の方に顔を寄せる、その仕草がああもう、かわいい!
「あのね、フルゥ、ぼ、僕、今日は君に話があってね……!」
「うん、なぁに?」
「ぼぼぼぼ、僕はね、君のことがね……!」
「うん?」
「す、好きなんだよ……! 僕の彼女になってください……!」
フルゥは少しだけ目を見開いた後、ふわりと――本当に花が開いたように、ふわり、と笑った。
そして、僕の前に回り込んで、そっと胸に飛び込んできた。
「はい。よろしくお願いします……」
甘い香りがふわりと鼻をくすぐり、小さな囁きが僕の胸から響いた。
僕は天を仰ぐ。
――ああ、神様! そして、お嬢様!
あなたのおかげです!
僕は、今、最高に幸せだ。
呆れられつつも結局は使用人から愛されているお嬢様でした。
先越されて可哀想な御者のフィンさんも、きっとそのうち可愛い彼女ができるでしょう(たぶん……できるといいね……!)
次話はクロエの親友、ローラのお話です。




