第26話 三流
「ごめんね~。こんな辛気臭い場所に連れてきちゃって」
そう言って荷物を置き笑う美雪さん。
彼女の言葉に、私は笑って見せる。
「いいえ。美雪さんと一緒なら、どこでも楽しいですよ」
「そっか……」
「はい、それに……美雪さんにとってここは、大事な場所ですから」
私はそう言いながら、目の前にあるものを見つめた。
そう……シロさんのお墓を。
シロさんが犬としての生命を終えてから、今日で一年になるらしい。
私は美雪さんに連れられ、こうしてそのお墓に足を運んだ。
あれから、どうやらシロさんの未練は解決し、無事成仏したらしい。
らしい、というのは、私が直接それを見たわけではなく、あくまで美雪さんから聞いただけだからだ。
それから、美雪さんとは正式に付き合うことになり、今に至る。
あれから、目立った障害も特に無いし、平穏に過ごせている。
ただ……周りの環境に、少し変化があった。
まぁ、ただ単純にシロさんに関する記憶が周りの人達から消えただけ。
よくある話だ。
むしろ、なぜ私と美雪さんに記憶が残っているのか不思議なくらい。
美雪さん曰く、恐らく私達はシロさんの真実を知っているからではないか、という話だ。
……もしこの世界が創作物なら、その作者は三流だ。
だってそうでしょう?
両想いだった二人をくっ付けさせず、片方は死に、もう片方は別の誰かと付き合う。
これが恋愛ものなら、きっと批判間違い無しだ。
両想いだったカップルを引き裂き、もう片方に関しては別の女性に靡くのだから。
……それなのに、私は嬉しかった。
美雪さんには、私より好きな相手がいる……正確には、いた。
だから、私はせいぜい彼女の二番目でしかない。
そんなこと分かっているのに……嬉しく思ってしまったんだ。
「ねぇ、クロ」
その時、美雪さんに名前を呼ばれた。
顔を上げ「何ですか?」と聞くと、美雪さんは優しく笑った。
「……美雪、で良いよ」
予想外の言葉に、私はポカンと呆けた。
恐らく、今私は間抜けな表情をしていることだろう。
しかし、すぐに頷き、私は口を開いた。
「分かりました。美雪」
「……良し。それじゃあ、さっさと墓参りしちゃおっか。今日はシロの大好物持って来たんだ~」
そう言って犬用のビーフジャーキーを取り出す美雪。
一体どういう理由であんなことを言ったのか、私には分からない。
でも、もしかしたらこれは、彼女から距離を縮めようとした結果なのかもしれない。
それなら私も……彼女と距離を縮めたい。
その後は墓掃除等をして、私達は墓地を後にする。
帰路を歩きながら、美雪は口を開いた。
「これから勉強か~……」
「フフッ。美雪は数学が苦手ですからね」
「む……しょうがないじゃん」
美雪の言葉に、私は笑う。
私達も、もう受験生。
私はいつも通り勉強をするだけだが、美雪は数学が苦手であるため、これから図書館でみっちり勉強会だ。
顔をしかめる美雪に笑いつつ角を曲がった時、段ボール箱のようなものが目に入り、私は立ち止まった。
「おや……捨て犬ですね?」
そこには、白い子犬が入った段ボール箱があった。
美雪もそれを見て「そうだね」と答え、段ボール箱に近づく。
「美雪?」
私が名前を呼んでも、彼女は答えない。
無言で美雪は段ボール箱の前にしゃがみ、白い子犬を見つめた。
美雪が手を伸ばすと、子犬はその手に顔を擦り付けた。
「美雪、どうしたのですか?」
「……この子、シロに似てるんだ」
その言葉に、私は無意識の内に子犬を見つめて固まった。
白い子犬なんて、どこにでもいるだろう。
けど、彼女にとって、きっとあの子犬は、シロさんと重なって見えるのだろう。
本当にこの世界は……三流だ。
美雪は……未だに、シロさんのことを諦めていないのだ……。
きっと今でも彼女は、シロさんのことが好きなのだ。
それは、彼女の目を見れば分かる。
潤んだ目で白犬を見つめる彼女を見ていれば……分かる。
でも……それでも美雪が、私を少しでも愛してくれるのであれば。
それだけで充分。
もう、過ぎたことは望まない。
私はただ……彼女を思い続けるだけ。
 




