第1話 名前
私は自分の名前が好きじゃない。
だってそうでしょう? 名前に「美」なんて字が入るんだよ?
顔が美しくないといけないような名前。プレッシャーが半端じゃない。
美しい香りなんて、私に一番似合わない名前だ。
それに比べて、私の姉である岡井 美雪は、名は体を表すと言っても過言ではないほどに美麗な見た目をしている。
本人は無自覚なようだが、色白の肌に整った顔立ち。そこいらの女の子よりは可愛い見た目をしていると思う。
それでも男子から告白とかをあまりされない理由は、彼女の『目』に原因があると思う。
まるで世界の全てに辟易としているような目。
目は口程に物を言う、と言うが、彼女の場合それは役に立たないと思う。
おまけに、表情自体も能面のように変わらないため、不気味さが凄い。
しかしある日、そんなお姉ちゃんが白犬を拾って来た。
雨が降っている日だった。
赤いランドセルを背負い、片手に傘を持ち、もう片方の手で白い子犬を抱いた状態で帰ってきたのだ。
その時お母さんは買い物に出ていて、お父さんは仕事だった。
唯一家にいた私は、お姉ちゃんに「その子どうしたの」と聞いた。
すると、お姉ちゃんは『笑顔』でその子犬を差し出しながら言ったのだ。
「拾った。この子飼う!」
それからだった。お姉ちゃんに変化が訪れたのは。
確かに、外で能面なのは変わらない。
でも、拾って来た白犬……シロの前だと違った。
シロの前だけではその能面が緩み、満面の笑みで接していた。
あと、シロの話をする時もその表情は緩んでいた。
お姉ちゃんの無表情っぷりは両親も心配していた。
シロがいればお姉ちゃんの無表情は治るのではないかと話していた。
だから、シロの世話は専らお姉ちゃんに任せていた。
でも……シロが死んだ。
お姉ちゃんとの散歩中に、不慮の事故で死んだらしい。
車に轢かれて、即死だったみたい。
中々帰ってこないお姉ちゃんを心配して、いつもの散歩コースを走って追いかけてみた。
するとそこには、道路に血だまりを広げながら死に絶えたシロと、その前で地面にへたり込み泣き叫ぶお姉ちゃん。そして、それを前にして狼狽える運転手の姿があった。
私はすぐにスマホで両親を呼んだ。
今のお姉ちゃんの心理状態では、家に歩いて帰ることすらできない。
両親はすぐに車でやって来た。
父は運転手と色々なやり取りを行い、母は錯乱状態のお姉ちゃんを促して車に乗せた。
私はどうすればいいのか分からず、ただ後ろの席に座って、泣き崩れるお姉ちゃんを慰めることしか出来なかった。
それから一晩休み、お姉ちゃんはなんとか気持ちを立て直した。
結果として……また無表情に戻ってしまったけれど。
まぁ、しょうがないと思う。
元々シロ以外には無表情だったし。
シロと一緒にいる時に話しかけると、表情豊かだったけど。
だから、これからも結局お姉ちゃんは無表情のまま人生が過ぎ去っていくんだろうなぁって思う。
シロが生き続けていたら、もしかしたら変わったかもしれない。
でも、死んでしまったから、もうどうしようもな―――




