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てんくーじょーのあるじ  作者: 記角麒麟
9/13

硬化、そして巨大化。あの、そういうのって段階踏んでヤらなきゃダメですよ?

 壺の姿をしたアミューの住人の姿が消えたことに、若干の安心を覚えながら、千尋は即席の塹壕に頭を戻した。


「居ない……って、どういうこと?」

「わからない。

 多分、別の場所に獲物を探しに行ったんだと思う」

「そんな……!」


 怪訝な表情で尋ねてくる緋空に、千尋は推測で答えた。

 しかし彼女は、目の前からいなくなったことに安堵するどころか、もしかしたらあの恐ろしい怪物が、まだ残っているだろう生徒や先生たちに、危害を及ぼすかもしれないことに不安を覚えているようであった。


「(優しい子だなぁ)」


 それに比べて、私は目の前からいなくなったことに対して、若干ではあるが安心してしまっていた。

 残りの不安も、もしかしたら姿を隠す何らかの方法を取って様子を見ているのかもしれない。そういう危惧する気持ちからの現れであった。


 ……まあ、普通の人は、自分の命が危ないってわかれば、このような反応でもおかしくはないのだろうけれど。


 緋空の小さな呟きから悟らされる自己嫌悪に、千尋はそんな正当化を試みるが、やはりなんだかモヤモヤとした気持ちは晴れなかった。


 千尋は、そんな自分の心を晴らすように、話を続ける。


「まあ、まだ推測の話で、どこかに隠れて機を伺ってるって可能性もあるからね。

 油断は大敵だよ」


 告げるセリフに、緋空はコクリと首肯して了解の意を示した。


「さて、と。

 そうなると、今のうちに切り札の準備をしておかないと」

「切り札?

 千羽さん、何か策でもあるの?」


 自分に言い聞かせるように呟いた千尋に、彼女は希望の眼差しで私を見つめた。


「あー、まぁ……ね?」


 キラキラとした眼差しに、少し耐え難いものを感じた私は、緋空から目をそっと反らした。


「(でも正直、アレやりたくないんだよね……。

 なんか厨二っぽくて恥ずかしいし)」


 私はそんな状況に耐えられなくなって、床に押し倒していた赤城緋空の上から離れて、自分の席へと移動し始めた。


⚪⚫○●⚪⚫○●


 千尋と緋空は、互いに警戒し合いながら、廊下を進んでいた。

 もちろん、理由はあの怪物を探すためである。

 職員室なんかに報せに行っても、馬鹿にされるだけでまともに取り合ってはもらえないだろうと高を踏んだ為でもある。


 正直、私が先生の立場なら、「お前、まだ厨二病拗らせてんのか?」と内心眉をしかめながら、表には出さず「そうかそうか。わかった。何かあったら先生たちでなんとかしておくから」といって、適当に追い払っただろう。


「居ないねぇ?」

「居ないなぁ……」


 あんな異常なものがあれば、少しは騒ぎになっていてもおかしくは無いだろうに。

 やっぱり、透明化とか何か、そんな能力でも持っているのだろうか?


 そんな風な疑問をいだきながら、千尋は窓の外に視線を移した。


 相変わらず雲は重く立ち込めており、雨はザーザーと勢いを増している。

 この分だと、あの住人を何とかしても、すぐには帰れそうになさそうだ。


「……千羽さんって、凄いよね」


 そんな風なことを考えていると、ふと緋空がそのようなことを口走った。


「凄い?」

「だってそうだよ。

 あんな変な壺の攻撃を、目も見ないで避けちゃうしさ。

 私のことだって助けてくれるし、運動神経もいいし。

 ……正直、私が情けないよ」

「赤城さん……」


 突然の独白に、戸惑ったような返事を返す。

 いや、正直驚いていた。

 千尋の方こそ、彼女のほうが自分より肝が据わっていて強いと感じていたからなのだ。


「……んーん、そんなことないよ」


 私は面食らったような顔を穏やかに緩ませながら、彼女の言葉を否定する。


「赤城さんの方こそ、私より強い。

 なんというか、心が据わっているというか。

 自分のことよりも、他人ひとのことを心配できるのは、強さの証だよ」


 ――それに、私の強さなんて、ただ何の役にも立たない、形だけのものだから。それに比べれば、彼女の強さになんて、敵うはずもない。


 千尋はその後に続く言葉を呑み込んで、彼女の肩を軽く叩いた。

 その時衝撃で、ちょっと胸がたゆんだところは、すこーしだけ気にはなったけれど。


「(はぁ……。

 とりあえず巨乳○ね……)」


 一瞬、そんな暗い感情が登ってきたが、頭を振って、その思考を頭の片隅へと追いやった。

 だがしかし、そんな事はつゆほども知らない緋空は、そこに過去に何か思い出したくない嫌な思い出があるのだろうと勘違いをして、なぜか同情の視線を向けた。


「……大変だったんだね、千羽さん」

「???」


 そんなことをしていると、ある教室から悲鳴が聞こえてきた。


「キャーッ!」


 ――ヒュパァァンッ!


 同時に、何か鞭のようなものが空を切る音と、それが何かにぶつかった様な、甲高い音が鼓膜を刺激した。


「「!?」」


 よもや被害者が出たのか。

 そう検討をつけた千尋は、あたりを見渡して武器になりそうなものを探し出す。

 そして、近くに掃除用具が入っているロッカーを確認した千尋は、急いでその中からブラシが取れている箒を見つけると、それを武器の代わりにして、悲鳴の聞こえた方へと駆け出す。


「……赤城さん。

 赤城さんは、保健室から先生を呼んで来て。

 居なかったら、治療の準備と、担架をここまで持ってきてくれるかな」

「わかった」


 千尋は彼女にそう頼むと、悲鳴の聞こえてきた2つ向こうの教室に駆け込んだ。


⚪⚫○●⚪⚫○●


 ――ギチッ。


 教室に駆け込むと、そこには黒を基調とした、赤いラインの入ったガントレットをつけた御影さんが、160cmほどのカマキリとサソリを足して二で割ったような怪物と対峙していた。

 その後ろには、気を失っているのか、床に転がっている、若い女性教師の姿があった。


「(何コレ。どういう状況?)」


 突然のことに頭がついていかない私は、そのまま呆然と突っ立って、その景色を眺めていた。

 机はまるで竜巻でも起きたかのように散らばっており、床には無数の傷跡が刻まれている。

 床に倒れている女性をよく見てみれば、彼女の服は所々破けていて、そこだけを見れば、まるでレ○プ魔にでも襲われたあとのようである。


「遅いですよ、千羽様。

 仕事は迅速かつ的確にこなしてください」


 そんな風に現場を観察していると、御影さんから、そんな事務的な叱責を受けてしまった。


「す、すみません……」


 いきなりのお叱りに、若干語尾をすぼめながら頭を下げる千尋。


「それでは、私はこれからこの教師を安全な場所へ移してきますので、その間に無力化してください」

「……はい」


 彼は端的にそれだけを告げると、ちらりと彼女の得物を一瞥して、大丈夫か?という感想を抱いたが、とりあえず無視して女教師を教室より連れ出した。


 残った私はと言うと、どうしていいか迷って、とりあえず話し合いから始めようかと、その住人に語りかけた。


「あー、えーっと……。

 とりあえず、元の世界に帰りたいとは思いませんか?」


 アニメやラノベなどでは、こういった容姿の生物は大概魔物として認識される傾向にある。

 だが、それはアニメやゲームでの話。

 もしかしたら、話が通じる相手かもしれないのならば、まずは対話による説得から試みるべきだ。


 ある意味錯乱したように見える思考回路でそう結論づけた千尋は、微妙な笑顔を浮かべながら、それに尋ねた。


 ――ギチッ。


 しかし、そんな試みも無駄に終わる。


「ッ!」


 不意に感じた危機感に従って、本能で体を横にひねる。

 すると、今まで彼女の上半身があったところに、鋭く突き出されたサソリの尻尾のようなものが駆け抜けていき、背後の黒板に蜘蛛の巣状の亀裂を生んだ。


 因みに、この怪物の尻尾は全部で三本あった。


 千尋は、そんな住人の行動選択に戦慄を覚える。


 おおよそ、話し合いで解決できるようには見えなかった辺り、それは確かであることが現状が告げていた。


「問答無用……って、ちょっと怖いなぁ……」


 冷や汗を掻きながら、私は箒の柄を構える。

 奴の尻尾は、既に定位置に戻り、待機していた。


 ……殺るなら、あの尻尾をまずどうにかしないと。


 千尋は作戦を立てると箒を構えて突進した。


「せやぁぁッ!」


 箒の柄を短槍たんそうに見立てて、怪物の目に向かって突き出した。

 すると、怪物はその意図に気がついたのか。

 両手の鎌を使って、その突進を阻むように試みた。


 しかし、それはブラフであった。


 千尋はその鎌を避けるように、棒高跳びのように箒の先端を床のタイルに立てると、空中へと飛び上がって、その脳天に向かって箒を叩きつけた。

 しかし。


 ――バキッ!


「〜〜ッ!?

 (かったい!?)」


 嫌な音を立てて、箒がへし折れる。

 伝わる振動が手に響いて、千尋は思わずそれを手放してしまった。


 ――ギチッ。


 空中でバランスを崩した私は、目の端に映る巨大な鎌を見て、防御が間に合わないと判断した。


「拙っ!?」


 咄嗟に、本能で身体を捻るが、しかし全く間に合わなかった。


「ぐはっ!?」


 私はその一撃を受けて、向かいの黒板に背中を打ち付けられ、崩れ落ちる。


 拙い。

 これは本当に拙い事になった。


 たった一回の攻防でこんな事になるなんて……。


 千尋はふらつく足でなんとか立ち上がると、突然視界が赤く染まっていくことに気がついた。


「(結構……重症だな……)」


 あー、頭痛い。

 どうしよう、このままじゃ戦えないわ。


 もう、厨二病みたいだからって躊躇ってる場合じゃないかも。


 千尋はそう決断すると、スカートのポケットから一枚の紙を取り出して、短く詠唱した。


「【書界誘導スクリプトホール】」


 【書界誘導スクリプトホール】。

 それは、紙に書いたものを具現化したり、紙の中に封じ込めたりするスキルで、日向さんからもしもの時のためにと、千尋に与えた奥の手である。

 ただ、生物を封じ込めたりするには、対象の意識が希薄な状態でなければ成功しないのが難点である。


 因みに、召喚できるものは、今の彼女の技量では、せいぜい一単語が限界である。


 千尋の詠唱が完了すると、青い液体の入ったビンが出現した。

 彼女はそれを受け取ると、一気に中身を呷る。


 すると、たちまちに彼女の体から、傷や痛みが引いていった。


「(なかなかやるね、このスキル。

 流石に、減った血までは戻らなかったけど)」


 彼女が召喚したのは、ゲームおなじみのポーションである。

 千尋は額の血を拭うと、更にもう一枚取り出した。


「【書界誘導スクリプトホール】」


 短い詠唱が終わると、次に姿を表したのは、丈夫な槍。

 これならば、まだマシな戦いができるだろう。


 そう思ったていた。


 ――ギチッ。


 鼓膜が異音を捉えると同時に、千尋は本能で身を低く屈めた。


 ――ガツン。


 尻尾の一つが空を切って、後ろの黒板に刺さるのとほぼ時を同じくして、千尋は槍を構えて突撃する。


「せやぁぁッ!」


 おそらくは弱点だろう目を潰しにかかるが、普通に突進してはまた鎌で弾かれるだろう。


 千尋は鎌が振り上げられる直前でサイドステップを踏み、住人の側面へと回り込んだ。


「ハッ!」


 甲殻類は総じて腹が柔らかい(と思った)ので、千尋は足の隙間を縫うようにして、槍を下段から突き上げた。


 ――ギチギチッ!


 けれど、あまり手応えは無いようである。


 続けて、足の関節や尾の付け根を狙うが、あまりダメージにはなっていない。


「どうして!?」


 普通の動物なら、これだけでも結構痛いはずなのに。


 しかし、そんな疑問なんて知ったことではないと言うように、怪物は鎌を振り下ろし、尻尾で突いたり払ったりと攻撃を仕掛ける。


 千尋はその尽くを避け続けるが、どうにも打開点が見つからなかった。


「くそぉっ!

 もうどうしろって言うんだよ!?

 てか硬すぎだろ!!

 私あんまりそういう硬いの好きじゃないんだけど!」


 ブチ切れた千尋は、ついに発狂を始めた。


 カマキリサソリの尻尾が、千尋の頬のすぐそばを掠めていく。


 と、そんな時だった。

 そんな教室に、場違いな音声が木霊したのは。


「お困りの様ッスね、お嬢さん!」

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