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てんくーじょーのあるじ  作者: 記角麒麟
7/13

能力、そして美少女。はぁ……、手加減ってどうしてこう巧くいかないんだろう?

 担任の先生は、最近誘拐事件が相次いでいるので早く帰るようにという連絡を済ませると、日誌を窓側の席に座っていた、大人しい眼鏡の娘(結構な美少女だった)に手渡して、サッサと教室を後にした。


 ……にしても、どうして彼女は、御影さんのこと全く気にしなかったのだろう?


 ふと、不思議に思って体を反転させると、そこには直立不動の相変わらずな御影さんの姿があった。


「(あとで聞いてみよう……)」


 私はそう決意すると、しかしなんだか納得がいかないという顔をして1時限目の用意を済ませる事にした。


⚪⚫○●⚪⚫○●


 その日の時間割は、どうやら6コマ用意されていたようで、千羽千尋は現在お昼休憩中であった。


「お待たせしました、千羽様」


 さて、と腰を上げて購買へ向かおうとする私であったが、しかし上からそんな台詞がかけられた。


「あ、ありがとう、御影さん」

「いえ、どういたしまして」


 彼は片手を胸の前に添えて軽くお辞儀をすると、私の机に弁当箱を置いてくれた。

 弁当箱、と言うよりはむしろお重だったが。


「………………」


 思わず、弁当箱と彼の顔の間を、千尋の視線が行ったり来たりする。

 当の本人はと言えば、恭しく礼をしたまま、ピクリとも動かない。


「(なんだ、これ……)」


 思わずそんなはしたないセリフを紡ぎそうになって、私は眉をしかめる。


 このままでは埒が明かないと判断したのか、千尋は漸く、重重とした面持ちで、そのお重に手を掛けた。


「なんだ、これ……」


 遂に我慢できなくなって、私はその内容物を確認する。


「何か、気に入りませんでしたでしょうか?」

「いや、そういうことじゃないんだけど……」


 表情ひとつ動かさない彼の表情は、少しだけ機械じみた冷たさを感じる。

 それとは相反して、お弁当の中身の、異常なファンシーさになんと言っていいかわからない情動に押しやられる千尋。


「(どうして、こんな年になってまでキャラ弁なんて食べにゃならんのだ……)」


 私は再び眉をしかめると、彼が手渡してくれるお箸で、その精巧なアートもかくやという魔法少女の絵を潰しにかかるのであった。


 お弁当を済ませた私は、そういえば朝のホームルームで一つ気になっていたことを彼に尋ねてみることにした。


「そういえば御影さん。

 今朝のホームルームの件だけれど、どうして先生はあなたを無視していたの?

 普通、部外者がいれば、声の一つでもかけると思うんだけど」

「その件ですか」


 御影はナプキンで私の口元を拭うと、相変わらずの無表情で質問に答える。


「あれは、私の【認識阻害アグノスティス】という能力によるものです」

「揚げアイス……?」

「アグノスティスです」

「喘ぐあ」

「アグノスティス。

 簡単に申しますと、対象とするものの認識を、都合の良い用に書き換えるというものですね」


 御影:マーク2は千尋の言葉を遮ると、強行突破で話を続ける。


「今も、その能力で他の皆さんにはカップル同士のイチャイチャという風に誤認させております」

「止めて。

 せめて友達同士の会話にしてくれない?」

「……畏まりました」


 おい、なんだ今の間は!?


 彼は若干渋い顔を見せると、小さく唇を動かした。

 多分だけど、あれが詠唱か何かなのだろう。声が小さくて少し聴き取りにくかったが。


 すると、ちょうどいいタイミングで昼休みの終わりを告げる予鈴が教室に流れた。

 気がつけば御影は教室後方で待機状態になっていた。


⚪⚫○●⚪⚫○●


 6時限目は体育だった。

 内容は、簡単な体力テスト。

 50メートル走に続き、100メートル走、槍投げ、ソフトボール投げの4種目であった。


 私の記録は順に、4秒00、7秒78、測定不能、100メートルで、全種目で暫定学年一位だった。

 余談だが、校庭の横の長さは、150メートルあるかないかほどで、千尋の投げた槍は、軽く校庭を超えて校舎の壁にぶつかって落ちていた。


 千尋は、昔から運動神経はいい方であった。

 田舎の山中で暮らす従兄のお兄ちゃんから、いろいろな身体技術を教わっていた賜物である。


 ちなみにお兄ちゃんは昔、クマに襲われかけた私を、なんと一撃で仕留めたことがあるというのだ。それも、素手で。

 おぼろげな記憶の中では、何か変な刺繍を施された手袋を嵌めていた気がするのだが、何せかなり昔のことなのではっきりとは覚えていない。


 彼曰く、山奥の秘境にある秘教の伝道者に教えてもらったというが……。

 真実は定かではない。


 しかし、そうであったとしても彼女のその身体能力は異常であると言えよう。

 千尋本人としては、ちょっと手加減をミスったかな?という程度の認識であったが、続くクラスメイトたちの成績を見て、


「あ、これちょっとどころじゃないかも」


――と、今更ながらな感想を抱いていた。


 それもそうだろう。

 今まで従兄の兄を基準にして生きてきていたのだから。


 それがおかしいと気づいた中学の最後の頃は、顔面がまるでマグマにでも浸けたかのような赤面ぶりだった。

 故に、彼女は目立つことを怖がったのである。


 私は、私の記録を審査した教師の呆然とした顔を思い出す。


「(次は、もう少し手を抜こう……)」


 このようにして、高校最初の体育の授業は終わりを告げた。


⚪⚫○●⚪⚫○●


 更衣室から教室へと戻る道すがら、ある女子生徒に声をかけられて、私は後ろを振り向いた。

 するとそこには、今朝日直に指名されていた真面目で大人しそうな美少女がはにかんでいるのが目に映った。


「さっきのテスト、すごかったよ。

 どうしたら、あんなに良い結果を出せるのかな?」


 美少女は、ほわほわとした雰囲気で、唐突にそう話しかけてきた。


「んーと、コツとしては、大きい筋肉を使うことと、重心の移動に気をつけること、かな?

 それにしても、どうして急にそんなことを?」

「私、昔から運動とか苦手で……」


 へぇ、見た目通りな娘だなぁ……。

 成績は優秀そうだけど、ほわほわとしたイメージから外れず、運動音痴。

 外見はかなり整っているし……。


「あ、そうだ千羽さん!

 今日、日誌に千羽さんのこと書いてもいいかな?」

「ぅえ?

 あ〜、まあ良いけど……。でも、あんまり大袈裟に書かないでね?」

「ありがとう、千羽さん!」


 彼女……名前なんだっけ?

 ま、いっか。

 美少女はぎこちない笑みを浮かべると、とててと擬音が出そうな感じで、その場をあとにした。

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