第3~4話 影の誘い
/WoKoERu From Japan
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第3話 影の誘い
Pは血に濡れた短刀を腰に差した。
三人の武士の死体は、森の落ち葉の上に横たわっていた。
喉を裂かれ、腹を抉られ、眼球を失った者。どれも短時間で絶命していた。
土が血を吸い込み、微かな蒸気が夜気に上がる。
彼は無言で死体を調べ、食料の入った小さな袋と火打石、縄を手に入れた。甲冑は重すぎて邪魔だったので、剥ぎ取らなかった。
Pは月明かりを頼りに森を進んだ。
遠くに微かな灯りが見える。村だ。
朝が来る前に村の外れに着いた。
彼は血のついた服を川で洗い、泥を塗って汚れを目立たなくした。顔も洗う。
鏡がないので、手でざっと拭うだけだった。
村は小さな集落だった。
藁葺きの家が十数軒、柵がゆるく周囲を囲んでいる。
朝の炊煙が立ち上り始めていた。
Pは村の入り口で座り込み、疲れた様子を装った。
通りかかった農夫が声をかけてくるまで、じっと待った。
「……旅の者か?」
Pはゆっくり顔を上げ、弱々しい声で答えた。
「山で賊に襲われた。……助けてくれれば、礼はする」
農夫は少し迷った後、村長のところへ連れて行った。
村長は用心深い目でPを見たが、怪我らしいものがないことと、穏やかな物腰に少し安心したようだった。
「今夜だけ宿を貸そう。朝になったら出ていけ」
Pは頭を下げた。
その日は村の中で静かに過ごした。
水を運ぶのを手伝い、薪を割る。
村人たちは彼を不審に思いつつも、すぐに危害を加えないと判断した。言葉は少ない。必要最低限のやり取りだけ。
夜になった。
Pは与えられた小屋の隅で横になっていたが、眠る気はなかった。
彼は静かに外へ出た。
村は静まり返り、わずかな灯りが家々の隙間から漏れているだけだ。
最初に狙ったのは、村の外れに住む若い母親とその子供だった。
昼間、母親が子供を抱いて歩いているのを見ていた。
Pは小屋の裏から近づき、戸を静かに開けた。
母親が物音に気づいて体を起こそうとした瞬間、彼は布を押し当てて口を塞ぎ、短刀を腹に深く突き入れた。
女の体が硬直する。目が大きく見開かれ、苦痛と驚愕が浮かぶ。
Pは無表情で短刀を横に引き、臓物を抉った。
温かい血が彼の手に溢れる。
女は痙攣しながら抵抗したが、すぐに力が抜けた。
子供は隣で眠っていた。
Pは母親の死体を跨ぎ、幼い首に両手をかけ、ゆっくりと力を込めた。
細い骨が軋む感触。
子供の小さな手が彼の腕を掻くが、すぐに止んだ。
Pは二人の死体をしばらく眺めていた。
まだ足りない。
彼は次の家へ移った。今度は老人夫婦。
眠っている間に喉を掻き切り、声を上げさせなかった。血が布団に染みていく音だけがした。
三軒目でようやく村犬が吠え始めた。
Pは素早くその場を離れ、村の柵を越えて森へ戻った。
森の奥で、彼は木の根元に腰を下ろした。
手は血でべっとりと濡れ、服にも染み込んでいる。夜風が冷たい。
Pは自分の掌を見つめた。月明かりの下で、血が黒く光っている。
月からの住人も、2080年では当然のように往来していたのだが。ここでは月という星は未知のままだ。そう考えると、感慨深ささえ覚えた。
ここは本当に自由だった。
誰も彼を止める者はいない。
法も、監視も、AIも、脳内チップ交信をする者もいない。
ただ、血と肉と死だけがある。
Pはゆっくりと息を吐いた。
満足感と、それでも満たされない虚無が混じり合っていた。
遠くで村が騒ぎ始めている。悲鳴と松明の光が揺れる。
彼は立ち上がり、もっと深い森の奥へと歩き出した。
───
第3話 終
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第4話 街道の影
Pは森を抜け、村と都を結ぶ街道に出た。
朝の陽が木々の隙間から差し込み、埃っぽい道を照らしている。
彼は血のついた服を川で洗い、簡素な旅装に近い姿に整えていた。
腰に差した短刀は目立たないよう布で巻いて隠してある。
顔は穏やかで、疲れた旅人のように見えた。
35歳のPは、この時代に馴染み始めていた。
道は細く、時折荷車や歩く旅人がすれ違う。Pは黙って歩きながら、周囲を観察していた。
どの旅人が一人か、どの集団が隙を見せるか。
眠り薬の小瓶は、刑務所から持ち込んだわずかな荷物の中にまだ残っていた。
ふと、足を止めた。
道端に若い女が座り込んでいた。
二十歳前後だろう。
傍らに五、六歳くらいの幼い女の子が寄り添っている。
女は疲れ果てた様子で、足をさすっていた。
荷物は少なく、着物も粗末だ。どうやら長い道のりを歩いてきたらしい。
Pはゆっくりと近づいた。
女が顔を上げ、警戒の色を浮かべた。
Pは静かに言った。
「怪我でもしたのか?」
女は少し迷った後、小さく頷いた。
「足を挫いてしまって……都まであと半日なのに」
Pはしゃがみ込み、女の足を一瞥した。
腫れている。
隣の子供は怯えた目でPを見つめていた。
「一人で歩くには厳しい道だな。……俺も都へ向かう。少しなら付き添おうか」
声は穏やかだった。女はほっとしたように息を吐き、軽く頭を下げた。
「すみません……助かります」
Pは女の荷物を持ち、ゆっくりと歩き始めた。
女は子供の手を引いて後ろに従う。
道中、Pはほとんど話さなかった。必要最低限の言葉だけ。女は時折礼を言い、子供は無言でPの背中を眺めていた。
◆
歩きながら、Pの意識はふと過去に遡った。
2050年頃、十歳前後のPは、東京の退廃した「動物園」で、人とライオンの殺し合いをガラス越しに見ていた。
鎖につながれたライオンが男を襲い、爪と牙で肉を裂き、喉を噛みちぎる。
血が噴き出す光景の中、幼いPは自分の下半身に熱い疼きを感じ、強く勃起した。
痛みと死が、胸の奥を不思議な充足感で満たしていく。
Pが初めて自覚した「充足」だった。
◆
回想が途切れ、現実に引き戻された。
Pは街道の途中で足を止めた。
「少し休もう。森の奥に清らかな水場がある。足を冷やした方がいい」
女は少し戸惑ったが、子供の疲れた顔を見て頷いた。
「ありがとうございます……」
Pは女と子供を伴い、街道から少し外れた森の小道に入った。
木々が密集し、人目から遠ざかる。
眠り薬の小瓶を、懐の中でそっと指で確認した。
まだ、使う必要はない。
今はただ、連れて行く。
森の奥へ。誰にも見つからない場所へ。
Pの唇の端が、わずかに上がった。表情は穏やかなままだった。
───
第4話 終
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