第40話 訓練の記憶
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第40話 訓練の記憶
草玄は、崩れた屋上の影に身を低くしていた。
視界の端で、さっきの爆発がまだ煙を上げている。
コンクリートが粉々に砕け、金属がねじ曲がった跡がはっきりと残っていた。
oneが使った兵器の威力は、明らかにこれまでのものとは別格だった。
「……やっと重兵器を使って来たか。」
草玄は小さく呟いた。
声には苛立ちも、わずかな嘲りも混じっていなかった。ただ、事実を認めるような、冷めた響きだけがあった。
彼はゆっくりと姿勢を変え、別の遮蔽物へ移動した。
動きは無駄がない。
2069年 - 10年前の訓練学校で叩き込まれた基礎が、今も体に染みついている。
その瞬間、草玄の頭の中に、古い記憶が蘇った。
─── 2069年 訓練学校・第7区画
朝の光が、広大な訓練施設のガラス張りの天井から差し込んでいた。
筆記試験の結果が、大きなスクリーンに一覧で表示されている。
理論・戦略・サイバーセキュリティ・戦術分析——さまざまな分野の成績が、数字と順位で並んでいた。
草玄は自分の順位を確認した。
総合では上位。
だが、筆記試験だけを見れば、常にoneの名前が自分の上に来ていた。
「…相変わらず理論はあいつが上だな…」
草玄は小さく息を吐いた。苛立ちというより、既に慣れきった事実として受け止めていた。
実技試験に移ると、評価は逆転した。
スナイピング(狙撃技術)では、
草玄の成績が際立っていた。
長距離からの精密射撃、風や気圧の影響を即座に読み切る能力、標的のわずかな動きを捉える集中力──
どれを取っても、oneを上回っていた。
隠密行動も同様だった。
草玄は、センサー網をすり抜け、模擬敵の背後に回り込む速度と精度で、常に高い評価を得ていた。
oneは隠密行動自体は上手かったが、草玄のそれを「異常に優秀」と評する教官も少なくなかった。
ドローン操作や近接戦闘では、互いに僅差で競い合った。
総合評価では、わずかに草玄が上回ることが多かった。
しかし、
特殊技能の分野になると、
再びoneが頭一つ抜け出していた。
神経インターフェース操作。
AIとの協調行動。
脳内チップを介した情報処理速度
—— これらの領域では、oneの適性が明らかに突出していた。
草玄は、訓練後の休憩時間にoneと並んで座りながら、淡々とそう言ったことがある。
「筆記はいつもお前が上だ。実技の殆どは俺が勝ってる。そして、特殊技能では……お前の方が上だ。」
oneは無表情のまま、静かに返した。
「スナイピングや隠密行動は、君が異常に優秀だったじゃないか。」
二人は、それ以上多くを語らなかった。
ただ、互いの強みと弱みを、冷静に認識し合っていた。
総合評価の最終順位は、いつも僅差だった。
草玄がわずかに上回る日もあれば、oneが逆転する日もあった。
だが、二人の間には、奇妙な均衡が保たれ続けていた。
草玄は、oneのことを「理論と特殊技能で自分を上回る存在」として認識していた。
oneは、草玄のことを「実技、特に隠密と狙撃で異常に尖った存在」として認識していた。
それが、2069年の訓練学校における、二人の関係性だった。
─── 草玄は、現在の屋上でわずかに目を細めた。
あの頃のoneは、理論と特殊技能で自分を上回っていた。
だが、実技の多く、特にスナイピングと隠密行動では、明らかに自分が優位だった。
それが、草玄の記憶の中の「事実」だった。
今、oneが使った重兵器の爆発を目の当たりにして、草玄は静かに思った。
(……奴が、重火器に手を伸ばした。)
2069年の訓練学校では、oneは基本的に精密な戦い方を好んでいた。
無差別的な破壊を伴う重兵器は、oneの戦闘スタイルには、あまり、合わない…はずだった。
それでも、今、oneはそれを選んだ。
草玄は、わずかに唇の端を上げた。
「重兵器を使うということは……それだけ追い詰められている、ということか」
彼は再び姿勢を低くし、視線を前方の煙の中に戻した。
────
oneは、別の高層ビルの影に身を潜めていた。
視界のHUDに、さっきの爆発の余波がまだ映っている。草玄の反応は、予想通り素早かった。
だが、完全に避けられたわけではなかった。
oneは、静かに息を整えた。
2069年の記憶が、頭の片隅で蘇っている。
あの頃、自分は筆記試験で草玄を圧倒的に上回っていた。理論の理解速度、戦略の立案力、サイバーセキュリティ分野での解析能力——どれを取っても、草玄を凌駕していた。
実技では、草玄が異常に優秀だった。
特にスナイピングと隠密行動だ。
草玄のそれは、単なる「上手い」という域を超えていた。教官たちですら「異常」と評するほどの精度とセンスがあった。
oneは、当時を思い出しながら、淡々と自問した。
(あの頃の草玄は……本当に、狙撃と隠密が別格だった。)
自分は特殊技能と理論で優位に立っていた。
草玄は実技の多くで自分を上回っていた。
それが、二人の力関係だった。
今、oneは重火器を使っている。
2069年 - 10年前の自分からすれば、少々乱暴な選択だったかもしれない。
しかし、今の状況では、それしかなかった。
oneは、視界のHUDを切り替え、再び草玄の位置を探った。
草玄は、まだ動いている。
「やっと重兵器を使って来たか」
さっき、草玄が呟いた言葉が、oneの耳に響く。
oneは、静かに呟き返した。
「……お前が、隠密と狙撃で異常に優秀だったのと同じだ。」
言葉は、誰かに向けて発せられたものではなかった。
ただ、2069年の記憶に対する、静かな応答だった。
oneは、再び動き始めた。
重火器を構え、草玄の気配を追う。
──
草玄は、煙の向こうにoneの気配を感じ取っていた。
重火器を使った今、oneの動きはこれまでとは明らかに違う。より大胆に、しかし計算された危険を冒している。
草玄は、2069年の訓練学校をもう一度思い浮かべた。
あの頃、自分は総合評価で僅差ながらoneを上回ることが多かった。
リーダーシップや適応力では、自分の方が評価が高かった。
だが、oneは特殊技能で自分を上回っていた。
そして今、oneは特殊技能の延長として、重火器を扱っている。
草玄は、静かに息を吐いた。
「……相変わらず、融通が利かないな、お前は。」
それは、皮肉でも、嘲りでもなかった。
ただ、昔から知っている相手に対する、静かな認識だった。
草玄は、再び銃を構え直した ─
oneが重火器を使い始めた以上、自分も相応の対応を取らなければならない ──
2069年の訓練学校で学んだこと。
筆記でも、特殊技能でも、oneに勝てない。
だが、スナイピングと隠密行動だけは──
草玄は、視界を鋭くした。
「これは俺の領域だ。」
草玄は、煙の向こうに狙いを定めた。
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