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小説 「 p 」 - 死刑囚、2080年から1582年へ  作者: /WoKoERu ( wokoeru )
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第1~2話 内殻の退廃

/WoKoERu From Japan


*リンク先一覧 / list of links


https://lit.link/wokoeru


@wokoeru



第1話 内殻の退廃




俺は「無かった」




2080年、東京。



無人移送バンの中。



零は薄紫色の空をぼんやりと眺めていた。

死ぬことすら、すでに退屈だった。


血の匂いのないこの世界に、俺は何の価値も感じなかった。



排気と粒子が混じり合い、太陽の光を柔らかく濾過する。


地上の街並み自体は、二十一世紀中盤のそれと大差なかった。


高層ビルが密集し、ネオンとホログラムが夜を彩る。

ただし、地上を走るものはもはやほとんど存在しなかった。



JunkDNAの覚醒により、一部の人々は微弱ながらテレパシー的シグナルを送受信できるようになっていた。

言葉を発さず、感情や意図を直接やり取りする。

それは便利だった。同時に、ひどく退屈でもあった。



零はそんな世界を、冷めた目で見つめていた。



街角では異星人の姿も珍しくなくなっていた。


青みがかった皮膚を持つヒューマノイドが、ホログラム広告の前で立ち止まっている。


彼らは地球の空気を吸い、地球の法に従いながら、静かに暮らしていた。


人間と彼らの間には、微妙な溝があった。互いに理解し合っているようで、決して本当には理解し合っていない。





バンは地下道に入った。地上の喧騒が遠ざかる。



零は目を閉じた。




Pの意識はふと過去に遡った。




◆◆

2050年頃。彼がまだ十歳前後の頃。


当時の東京には、退廃した娯楽施設がいくつもあった。

JunkDNAの覚醒と脳内チップの普及が加速する中、人々は刺激を求め続けていた。その一つが「動物園」だった。


本来の動物展示ではなく、死と暴力を見せるための場に変わっていた。



檻の中で、人とライオンが殺し合いをさせられていた。


幼いPはガラス越しにその光景を見ていた。

鎖で繋がれたライオンが、棍棒を持った男に襲いかかる。


男は必死に抵抗するが、爪と牙が肉を裂く。血が飛び散り、観客席から興奮した息遣いが漏れる。


やがてライオンが棍棒を振り払い、男の肩に牙を立てた。肉が引き裂かれる音。

男の絶叫。




その瞬間、幼いPは自分の下半身に熱を感じた。

硬く、疼くような感覚。ズボンの内側で、自身が強く勃起していることに気づいた。



不思議な充足感だった。痛みと血と死が、胸の奥を温かく満たしていくような感覚。


ライオンが男の喉を噛みちぎり、血が噴き出すのを見ながら、Pは小さく息を吐いた。

顔は無表情だったが、体の芯が震えていた。



それが、Pが初めて自覚した「充足」だった。



◆◆




全ての車両は自動運転で、磁気浮上とAI統制下にあった。


空には無人輸送ポッドや個人用エアモビリティが静かに行き交い、まるで金属の群れが低く泳いでいるように見えた。



零は刑務所移送用の無人バンの中にいた。



手足は拘束され、首輪型の装置が微かな振動を続けている。

窓は強化ガラスで、外の景色がゆっくりと流れていく。


街は生きていたが、人は静かだった。



歩道を歩く人々の多くが、視線を虚空に固定している。

脳内チップが直接視界に情報を投影し、常時接続された世界を生きている。


彼らは口をほとんど動かさない。

必要があれば、思考だけで周囲のAIと交信する。




彼の脳内にもチップは埋め込まれていた。

ただし、犯罪者として制限がかけられ、外部接続はほぼ不可能にされていた。



それでもJunkDNAの影響は抑えきれなかった。

時折、他人から漏れ出る感情の残滓が、零の意識に触れる。

恐怖、欲望、虚無。現代人の大部分が抱える、薄汚れた感情の欠片だ。


それらは零にとって、何処か味気ないものだった。




移送バンは東京湾地下刑務所に到着した。



海底に広がる巨大施設。



鉄とコンクリートと、常に湿った空気。

地上の退廃した華やかさとは対照的に、ここはただ冷たく、機能的だった。



独房に放り込まれた零は、ベンチに腰を下ろした───


───

第1話 終





━━━━━━━━━━━


第2話 胎動


2080年、東京湾地下刑務所 第13ブロック。


空気は常に湿り気を帯び、鉄と汗と消毒薬の臭いが混じり合っていた。

零は独房のベンチに腰掛け、壁に背を預けていた。


手錠は外されていたが、首輪型の拘束装置が微かな電子音を立て続けている。



彼は通称「P」。

本名・(ゼロ)

35歳。

死刑確定囚。



「またお前か……」

同房の男が、ベッドの上で体を起こした。

名前は佐伯。

強盗殺人三件の40代後半。

零にとってはただの「肉塊A」。


零はゆっくりと顔を上げ、穏やかな声で言った。

「佐伯さん。眠れないのか?」


その瞬間が合図だった。


零は一瞬で距離を詰め、ベッドの下に隠していた尖らせたプラスチックフォークを佐伯の首の側面に深々と突き刺した。

「ぐっ……」


鮮血が噴水のように噴き上がる。


零はすぐに馬乗りになり、左手で口を塞ぎながらフォークを何度も何度も突き刺した。肉が裂け、骨に当たる硬い感触が伝わる。

「ああ…その目だ……」


零は佐伯の左目をフォークで抉り、眼球が潰れる感触を楽しんだ。さらに喉に歯を立て、生温かい血を啜った。

咀嚼する。喉を通る鉄の味と命の感触に、全身が震えた。


独房は血の海と化した。


壁や天井にまで赤い飛沫が飛び散り、監視カメラが無情にその惨状を記録し続けていた。



その時——

首輪型の拘束装置が、突然激しく発光した。


青白い光が爆発的に広がり、独房全体を真昼のように照らし上げる。

装置が甲高い警告音を響かせ、同時に零の首に灼熱の痛みが走った。


「っ……ぐあああっ!」

光はどんどん強くなり、視界を真っ白に染め上げる。



空気が歪み、空間そのものが引き裂かれるような振動が始まった。



看守たちの怒鳴り声と靴音が廊下から近づいてくる。


「Pが暴れた! 第13ブロック独房だ!」



しかしもう遅い。



首輪が眩い閃光を放ち、零の全身を包み込んだ。


現実が引き伸ばされ、

音が低く歪み、

身体が無重力に浮かぶような感覚に襲われる。



世界が、砕けた。




光の渦の中で、零は自分の肉体が分子レベルで分解され、再構成されるような錯覚に陥った。激しい吐き気と、脳を直接掻き回されるような痛み。そして——



——着地。





零は冷たい地面に膝をついていた。


湿った土の感触、木々の匂い、夜の冷たい空気。


2080年の地下刑務所の臭いは完全に消えていた。



彼はゆっくりと顔を上げ、自分の血まみれの右手を見た。佐伯の肉片がまだ爪の間にこびりついている。


「……は?」



遠くから松明の光と人の声が近づいてくる。


零は遅れて理解した。ここがどこなのかを。


そして理解した瞬間、彼の顔にこれまで見たことのない、純粋で歪んだ歓喜の笑みが広がった。

万年の笑みが。

古い、太古からの笑みが。




戦国時代だ。




零は血に塗れた口を大きく裂いて大笑いした。両手を夜空に向かって広げる。


「来た……ついに来た……!

俺の楽園が……!

血と肉と絶叫の、最高の時代が……!」


松明を持った武士たちが、異様な笑い声を聞いて刀に手をかけた。


「おい、何者だ! その血は……!」



零はゆっくりと彼らに向き直った。


月明かりの下、血まみれの顔で微笑むその姿は、まさにバケモノそのものだった。



「悪いな。ちょうど、すごく飢えていたところなんだ」

彼は一歩、踏み出した。


───

第2話 終

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