36、コロッケカレー
「なんてひどい話なの!」
ヤエは怒った。
一旦、怒った理由は置いておいて、現在の状況を説明する。
あれから全員で狸のしっぽ亭に入って。
まずは夕食にしようという話になった。
そのために腰の抜けた褐色魔族を乗せた即席担架を椅子の形に変化させて。
そのままカウンターの前に座らせ、テレジア、ヒナタはそれを挟むようにカウンターに座った。
ヤエはカウンターの中には入り。
手際よく作り置きしてあったカレーを火にかけて。
それと同時並行でトッピングの揚げ物を揚げたり、ハンバーグを焼いたりしはじめた。
人間の頃だったら二本しかない手が制約となったが、森になってからは身体からスルスルと伸びるツルでどれだけでも同時進行が可能だ。
「で、貴方は結局どういう状況なの?」
料理をしながら、カウンターで向かい合う形になった褐色魔族に、ヤエは問いかけた。
それに対して褐色魔族は素直に答えた。
なぜ勇者誘拐の任務を放棄しているのか、なぜ放棄しているのにまだ森にいるのか、などなど、ヒナタに話したような内容をもう一度、詳しくヤエとテレジアに説明した。
結果がヤエのあの反応だった。
「蟻を食べるしかないって!
しかもそんな困った人に汚れ仕事をさせようなんて!
魔族の政治はどうなっているの!?」
プリプリと怒っていて、手に持ったトングをムンムンと振っている。
「いや、政治は俺にはわからない。
だけどここに来てる魔族は大概そんなもんなんだ。
中央の魔族はまだまともに暮らしてるとは聞いたことがあるが、
基本俺らは生まれた場所で生きて死ぬことになってるから、他の種族に関してはよくわからん」
「狸たる私には人の価値観はわかりませんが、少なくとも幸福には感じませんねえ」
「ねーかわいそうだよ」
テレジアとヒナタが褐色に同情の言葉をかける。
「同情してもらえるのは嬉しい。俺もここに来て人生が辛いものだったと知ったよ」
そう言った褐色の表情はとてもさみしそうだった。
置いてきた同族を思い出しているのかもしれない。
その顔を見て。
ヤエは何かを覚悟したようにうなずいた。
「決めた! 私はあなたをお客さんだと認めます!」
突然、ヤエは断言した。
「お、おう、ありがたい」
いきなり認めますと言われても、褐色は戸惑うばかり。
「だからね、そんな悲しい顔してないで、このカレーを食べて元気を出してください」
そう言って、褐色の目の前、カウンターの上にカレーの皿を置いた。
それは二日目のカレーで、上には熱々のコロッケが三個ものっている。
ヤエは元気のない褐色を元気づけたいと思った。
だからカレーだ。
「あーコロッケカレーだー! しかも三個! いいなー!」
横からヒナタが首を伸ばして隙あらば奪おうとしている。
「ヒナタ、お行儀が悪いですよう」
そう言うテレジアだって似たようなもんだ。
褐色は二人にギュウギュウ挟まれて、せっかくのアツアツカレーに手をつけられない。
「二人とも?」
そこへ釘を刺すように、迫力ある声が飛ぶ。
声の主人、ヤエのにこりとした迫力のある笑顔。
それを見たテレジアとヒナタを長く伸びた首をシュッと引っ込めた。
その速さにヤエも褐色も思わず笑ってしまう。
「あなたたちにはこっちですよ。食べたいって言ってたでしょう?」
そう言ってヤエが二人の前にカレー皿を置いた。
「あー! ヒナタのはハンバーグカレーだー! やったー!」
「むう、ヒナタのハンバーグの方が大きくないですか、ヤエさん」
「もう、神がそんな細かいこと言わないでください。どっちも変わりません」
「む、私は狸です! でもまあ、良いでしょう。美味しそうなのでいただきます!」
「ヒナタもー! いただきまーす!」
「い、いただきます」
三人は揃ってカレーへと向き合った。
「う、うまい。なんだこれは……」
食べた瞬間に、褐色の頬を涙が伝った。
ボロボロと大粒の涙を流しながら、カレーを口にかきこんでいる。
「でしょー!? ママのカレーはさいこうだよねー」
ヒナタは器用にスプーンでハンバーグとカレーとライスを一緒に口に運ぶ。
「肉汁たっぷりでそれがまたカレーにコクを与えます。さすがですねえ、ヤエさん」
テレジアは狸の姿で美食家じみたことを言う。
二人とも褐色の涙には触れない。
三者三様の食べっぷりだった。
みんな美味しそうに食べてくれていることだけが共通点。
そんな三人をヤエが満足そうに見つめているうちに。
あっという間に三人のカレー皿は空になって。
おかわりの声が狸のしっぽ亭の中に響いたのだった。




