2、過労同盟、転生する
テレジアが言うことにゃ。
ストレスの原因は、異世界転生作業の多さだという。
ここ十数年の間にテレジア担当の日本人の転生が大幅に増えたらしい。
「もー限界」
女神は涙で顔をぐちゃぐちゃにしながら語った。
ひとしきり泣いた後。
女神の悲しみは怒りに変わった。
「もうさ!
受付作業だけならまだしも!
それが終わってから事務作業まであるのよ!
しかも全部手作業!
何よ手作業の温かみって!
なんで人間世界の方が自動化進んでんのよ!?
しかも女神は寝なくても休まなくても死なないからって毎日毎日二十四時間働きっぱなしよ!
体は死ななくても心は死ぬってのが偉い神様にはわかんないのよ!」
「あーわかるー。それに加えてテレジアさんって接客業みたいなとこあるからストレス倍以上よねー」
何もない白い空間で、向かい合って座り、ヤエは相槌を打つ。
「そうなのよ!
あいつら自分の辛かったことだけ話して!
挙句、辛かったんだからチートは大盛りにしろ、どうせ無料だろ?
みたいなこと言ってくるの!
こちとらラーメン屋じゃないのよ!」
女神もラーメン屋を知っているのか。
なんてヤエは思うが話の腰を折るべきではないから触れない。
「うんうん、わかるよ。
私の職場もさ、
この時代に書類は手書きだし、
パソコンは骨董品でまともに使えないし、
そのくせにやり方のルールが厳しくってさー。
それに従わないと全部やり直しになってねー。
それで昨日まで三徹だったの……辛いよね。わかる」
「うれじい……ほんと、話を聞いてくれて。
この辛さをわかってくれるのはここ数百年でヤエさんくらいよう……
大体死んでここにくる魂たちは辛かったことが多いから。
他人の話なんて聞く気もないのよ……」
そう言ってふたたび咽び泣くテレジアの言葉に。
ヤエの何かが反応した。
死。
魂。
その言葉で。
自分が死んだのだと、いきなり思い知った。
わかっていたけど、わかってなかった。
急に実感させられたそれに伴って、死の記憶が一気によみがえる。
胸の痛み。
机の安い金属音。
握り潰される心臓の感触。
床に落ちた文具の悲鳴。
全部フラッシュバックした。
ああ、過労死だ。
「そっか……私、あの時、死んだんだ……過労で」
はっはと息が荒れる。
胸の前でぎゅうと握った拳は死の追体験による緊張で真っ白になっていた。
そんなヤエの手をテレジアは優しく握った。
「ヤエさん!
私たち過労仲間ですね!
すっごく気持ちわかります!
ぜひ転生先ではのんびりしましょう!
話を聞いてくれたお礼に、私、気合い入れます。
女神盛りチートでお手伝いしますから!」
「のんびり?」
のんびりってなんだっけ?
就職してからこっち馴染みのない言葉に戸惑う。
「そう、のんびり。
スローライフ、リアル魂の洗濯ってやつですよ。
ねえ、ヤエさん、のんびりっていっても色々ありますよ。
目的はなににします?
それに合わせたチートを選びましょ」
テレジアの矢継ぎ早な言葉に少し意表をつかれながらヤエは考える。
「スローライフか、いいわね。のんびりの目的かー」
小さくつぶやいてからそのまま言葉を継いだ。
「そうねー。
前世は文字通り死ぬほど忙しかったから。
転生後は森でスローライフとかがいいかなー?
畑とかやったりさ。
木で何かをつくったりー」
「あーいいですねー! 私に全部任せてください」
そこから、テレジアは当初の塩対応はどこかに吹っ飛んで、とても親身になってくれた。
同時にテレジア本人もとても楽しそうにしている。
多分こっちがテレジアの本性なんだろうなと、ヤエは思った。
やはり激務は魂を殺す。
そんなこんなで。
カフェがやりたいだとか。
美味しいものを食べることが大好きだった。
などなどを伝えると。
テレジアは一瞬不思議な顔をしたが、すぐにそれに必要なチートを選び出した。
これでヤエに与えるチートはすべて決定した。
「チートコード転写!」
「え? もう終わり?」
テレジアは小さくうなずいた。
「……これでいつでも転生できますよ」
それはとてもさみしそうな言葉だった。
「うん……」
ヤエもテレジアとの別れをさみしく感じる。
短い間だけどこのままさよならするのは嫌だと思う。
「どうか気をつけて。ヤエさん、あっちではのんびりしてくださいね」
テレジアはヤエの手を両手で包んで別れを告げる。
その目は最初の時のように濁りはじめている。
だめだ。
このまま置いてはいけない。
「……ねえ、テレジアさん。思ったんだけど、一緒に行かない?」
「え? 一緒に?」
「うん!」
「いいの?」
「もちろん! 転生者のチート希望ってことで、女神テレジアの身柄を要求するわ! できる?」
「うん、うんうん! それなら確か近代の前例でもあったはず!」
「じゃあ、行こう!」
女神と人間はここに隣り合って並んだ。
「ええ! ヤエさん! 一緒にダラダラしましょう!」
「楽しみね!」
「早速いきましょう! 異世界トランスレーション!」
テレジアの声で、二人の足元は一気に光り輝く。
その一瞬で転生の旅路へと向かった。
誰もいなくなった異世界転生ジャンクションはひどくシンとしていた。




