第2話『表ルートのヒロインは俺が助ける』
進行方向1つ目の角を曲がり、建物の間にある細道を抜け路地裏へ。
こんな薄暗い場所を近道として使っているなんて、ゲームを遊んだことのある人間か、主人公補正でもなかったらわからない。
「こっちに来ないで!」
叫び声が近づいている。
だが、さすがはゲーム内。
普段だったら50メートルを全速力で走ったら、息は上がり足がもつれそうになってたのに全然疲れを感じない。
合流してからのことなんて考えるだけ無駄だ。
だってここはゲームの中である前に夢の中。空想でも妄想でも理想でも叶えることができるだろう。
「ぐへへへ」
「――朝から元気ですね。仕事に遅刻しますよ?」
「な、なんだお前は!?」
逃げ回る女子高生と黒いスーツ姿の男の間に、滑り込みながら体を入れる。
「名乗るほどの者ではありません」
「若いだけが取り柄の――くそっ! モテそうな顔をしやがって!」
「えぇ……」
「許せねえ! お前みたいな人間なんて大嫌いだ!」
「落ち着て話を――」
「うるせえぇっ! うわぁああああああああああっ!」
あまりにも全てが急展開。
目の前の男は、ここがゲームの世界であり夢の世界でもあり……ファンタジーな世界だということを忘れているのか、と疑問に思ってしまうほど雄叫びを上げながら突進してきた。
ちなみに、どうして拳を上げながら突進してくる相手を冷静に実況できているかというと。
もっと小さい頃に妄想した、相手の動きが遅く見えているから。
ふっ、笑ってしまう。
唾を撒き散らしながら表情を歪ませ走る様は滑稽で――なんて感想を述べていないで片づけるか。
「よっと」
「なぁにぃ!? いだだだだだだだだだだ」
「まだ抵抗しますか?」
「馬鹿にしやがってぇ! あだだだだだ」
俺は飛び出してすぐ男の背後へ回り、高らかに掲げていた右腕を掴んでグイッと背中側に持ち上げる。
表情は見えないけど、声から察するにとても痛そう。
でも、まだ抵抗の意思があるから手を離したら何をするかわからない。
さすがに骨を折ったり肩を脱臼させてしまうのは……さすがに気が引ける。
だったら、握っている手首に今以上に力を込めて――。
「うぎゃああああああああああっ! わ、わかった! わかったから! 許してくれ! 骨が砕ける!」
そんなに力を込めたつもりはないけど、クルッと反転して男を突き放す。
「ひぃいいいいいいいいいいっ!」
何か捨て台詞でも吐いて去って行くのかと思ったけど、そんなことはなく。
もはや自分が襲われた被害者かのように、悲痛な叫びを上げながら振り返ることなく瞬く間に姿を消してしまった。
「あ、あの……」
「はい」
「助けていただきありがとうございました」
「いえ、お気になさらず」
深々と頭を下げられ、見慣れた黄金の長髪が物凄く目立っている。
顔を上げて視界に入ってくる、理想の美少女はミーシャ・アローナ。
髪を耳にかける仕草は視線を奪われるし、髪色と同じ黄金の瞳は妖精と例えた方が伝わりやすい。
そんな幻想的でもある彼女は、【ファルファロ・オンライン】のメインヒロイン。
主人公と結ばれる未来があったり、なかったり、様々な選択肢の先に――いやいや、今は気にしなくていい。
「もしよろしければ、このまま一緒に行きませんか」
「え、よろしいのですか?」
「さっきの男が戻ってくる可能性も考えられるから」
俺が先導し、路地裏を出て通学を再開。
勢い任せに行動して、こんな美少女を助けたのはいいものの……いろいろ知っているとはいえ、さすがに気まずい。
「私はミーシャ・アローナです。さっきは助けていただいてありがとうございました」
「え、ええ。俺は――」
この場合、俺は普通に自己紹介をしていいのか?
幸いにもゲームに熱中していた要因として、この親友キャラと名前が湊=ミナトだったという偶然があった。
まあ夢だし、深く考えずに名乗っていいか。
「――ミナト」
「ミナトさん、本当にありがとうございました」
「なんていうか。俺たちは同じ1年生だから敬語はやめよう」
「そ、そうなの?」
あ、言ってしまった。
このイベントがあるということは、1年生が始まって2週間目のこと。
主人公とミーシャが顔を合わせて知り合う日であり、ミナトと知り合うのは1週間後だ。
まあ、ゲーム通りに話を進めなくちゃいけないって決まりがあるわけでもないし――別のいいでしょ。
「ほら、入学式のときに偶然見かけて。凄い綺麗だな、と思ってたから憶えていたんだ」
「えっ」
「あ、いや、その。まあお世辞じゃなくて、本心だから」
あまりにも恥ずかしい言葉をストレートに伝えてしまった。
現実世界だったら言う機会なんて訪れないけど、巡ってきたとしても言えないだろうな。
言われた方も恥ずかしいですよねぇ、顔を赤くさせて左手で仰いじゃってるし。
「そういえば、なぜあんな場所に?」
「え、えっと! 少し寝坊しちゃって。普段は使わないけど、遅刻しそうになるときは近道として裏路地を通り抜けているの」
「あるあるだ、仕方がない」
「でも次からは、時間がなくても人の目がある道を全力で走るように心がける」
「ははっ、いいね」
「わ、笑わないでよっ。私は真剣なんだから」
「ごめんごめん」
清楚系御令嬢な女子高生、それが彼女。
学園の中では、まだ入学して間もないから同級生の中で噂程度しか出回っていないけど、後々凄いモテモテになる。
時間の問題ではあるものの、積極的に別の教室などへ出向かず、今回の1件で極力目立たないような立ち回りをすることになってしまう。
プレイヤーとしては救助が遅れてしまった罪悪感を抱きつつ、ストーリーを通して寄り添うわけだが……。
これ、勝手に助けてしまったが大丈夫なのだろうか。
物語の主人公である【カイト・メンサレール】は、俺がミーシャを助けてしまったせいで物語通りに事が進まなくなってしまう。
「ミナトくんって、強いんだね。何か習い事をしていたとか?」
「何もしてないよ」
「そうなの?」
「うん。本当に何も。でも、あのときはミーシャを助けたいと思ったから、それで普段より動けたのかも」
「そ……そうなんだ」
その質問で、疑問が浮かぶ。
俺は表面を全てクリアし、裏面も全てクリアした。
そこから先の、全面クリア達成者のみプレイできるエンドコンテンツもクリアしたからこそ、このキャラ【ミナト】が物語最強ラスボスということを知っている。
最後のシナリオ以外、主人公の親友は基本的に最強の素振りを見せなかった。
でもさっき、俺は常人では考えられない素早い動きと圧倒的な力を発揮し、男を制圧することができた。
加えるなら、まだまだ力を出すこともできたし、たぶん動きがスローモーションみたいに見えたのも関係している。
「どうかしたの?」
「ん、ああ。教科書が部屋にあるのか、教室に置きっぱなしなのか考えていて」
「え、大変だよそれ。もし忘れてたら、私1組だから来てね。貸してあげるから」
「本当? 助かるよ」
実は俺、最強かもしれない。なんて言えるはずもなく。
流れるように嘘を吐いてしまったけど、許してほしい。
というか、夢にしては随分と長いな?
さっきから見聞きして触れ、感じるもの全てが現実的すぎる。
まあでもチラっと聞いたことがあるけど、現実みたいな夢を見ることだってあるみたいだし、これもその類いと同じかもしれない。
だったら、まあ――好きな世界なんだし、目が覚めるため楽しむとするか。




