第三話
帰路の途中、俺とリリーは街の一角にある、小さな店の前を通りかかった。その店の看板には「魔道具工房・星月夜」と書かれていた。
「あ。」
リリーが立ち止まった。
「ここ有名な工房ですね。」
「そうなのか?」
「はい。共和国では有名なんです。良質な魔道具を作る職人として。」
俺は看板を見つめた。中からは、何かを叩く音が聞こえてきた。ヴァンは、魔道具技師だったのか。リリーと同じ職業だ。
「寄ってみるか?」
「いいんですか?」
「ああ。準備の為に、何か必要な道具があるかもしれんしな。」
俺たちは店の中へ入った。
店内は、想像していたよりも整理されていた。棚には様々な魔道具が並べられている。電灯のような発光体、何かを計測する道具、そして武器なども見える。
「いらっしゃいませ。」
奥から、ヴァンが出てきた。彼は俺たちの顔を見ると、少し驚いたような表情をした。
「あ、Cランクの新人さんですか。」
「依頼について、忠告をくれた奴か。」
俺は率直に言った。
「忙しいところ申し訳ないが、魔族討伐用の道具について、何かアドバイスをくれないか?」
ヴァンは腕を組んだ。
「魔族討伐ですか。決心が固いようですね。」
「ああ。決まってる。」
「そうですか。では、いくつか提案させていただきたいのですが……」
ヴァンはリリーを見つめた。その視線の中には、同じ職人としての何かがあるように感じた。
「あなたは、魔道具技師ですね?」
リリーは頷いた。
「はい。共和国に来る前は、帝国で……」
彼女は口を閉ざした。帝国での過去は、複雑だ。ヴァンはそれを察してか、追及しなかった。
「ならば、わかると思いますが、魔族との戦闘で最も警戒しなければいけないのは、魔族が魔法を持っていた時。その魔法への対抗手段です。」
ヴァンは一つの道具を取り出した。それは、何かの宝石が埋め込まれた腕輪のようだった。
「これは『魔力遮断腕輪』です。魔力を一時的に遮断することができます。ただし、効果時間は五分程度。そして、一度使うと、一日かけて充填する必要があります。」
「そういった道具があるのか。」
「はい。そういえば帝国ではどうだったのでしょう?」
俺は一瞬、言葉に詰まった。帝国での過去を話すことは避けたい。
「帝国にも似たような道具はあった。」
曖昧に答えると、ヴァンは「そうですか」と、これ以上追及しなかった。
「では、もう一つ。」
彼は別の道具を取り出した。それは、小さな瓶のようだった。
「これは『魔力強化薬』です。飲むと、一時間の間、魔力量が増加します。ただし、効果が切れた後は、身体に一時的な疲労が来ます。」
「どの程度の効果だ?」
「個人差がありますが、通常の一・五倍から二倍程度になります。」
俺は考えた。これらの道具があれば、魔族との戦闘において、かなり有利に進められるだろう。
「いくらだ?」
「腕輪が三十銀貨。薬が十銀貨です。」
俺は持ち合わせている金を確認した。ギルドの登録時に、多少の前金をもらっていた。足りるはずだ。
「両方買う。」
「わかりました。」
ヴァンは道具をまとめた。その時、彼は俺を見つめた。
「あなたは、なぜそこまで魔族を追うのですか?」
その質問は、ギルド長のサクラと同じだった。だが、ヴァンの場合は、別の意図を感じた。
「個人的な理由がある。」
「そうですか。」
ヴァンは一度頷いた。
「共和国には、様々な背景を持つ人間がいます。帝国からの逃亡者もいれば、聖教国から逃げてきた者もいます。あなたも、何か背負っているのでしょうね。」
俺は何も言わなかった。
「ですが、その背負っているものが、ここでの生きる道を踏み外させないことを願います。」
ヴァンはそう言うと、道具を俺に渡した。
「良い冒険者になってください。」
「ありがとう。」
俺とリリーは工房を出た。
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家に戻ったのは、日が傾き始めた時刻だった。リリーの家は、共和国の中では、かなり良好な場所にあった。それは彼女が魔道具技師として稼いでいた証だ。
「では、準備を始めましょう。」
リリーは言った。
「ルーファスさんの剣も確認しておきたいのですが。」
俺は愛用の片手剣を取り出した。その剣は、帝国時代からの相棒だ。鞘から抜くと、月の光が刃に反射した。
「これが、時の魔法が込められた剣ですね。」
「ああ。」
「素晴らしい。」
リリーは剣を見つめた。その眼差しは、職人としての眼差しだ。
「磨きも行き届いていますし、刃先も傷みがない。帝国での職人は良いものを作っていたのですね。」
「そうだな。」
共和国に来て、初めて気づくことが沢山ある。帝国では当たり前だったものが、ここではそうではない。その逆も然りだ。
「では、明日の朝に出発しましょう。」
リリーが言った。
「北部の森までは、馬で行けば半日程度で到着できます。」
「わかった。」
俺は剣を鞘に納めた。
その夜、俺は眠れなかった。窓から外を見つめていた。共和国の夜は静かだ。帝国とは違う、別の空気がどこかここにはある。
思い出すのは、婚約者の顔だ。あの日の出来事は、俺の中から何かを奪い去った。何かを憎む気持ち。それだけが、俺を前へ進める力になっている。
魔族。その存在は一匹たりとも許しはしない。
「ルーファスさん。」
扉をノックする音がした。リリーだ。
「開いてるぞ。」
リリーは静かに部屋に入ってきた。彼女は夜着を着ていた。その青い瞳は、いつもの明るさを失っていた。
「眠れないのですね。」
「ああ。」
「明日の依頼が、不安ですか?」
「そんなところだ。」
リリーは俺の傍に座った。その距離は、かなり近い。
「ルーファスさんは、強い人です。」
彼女はそう言った。
「帝国にいた時から、そうでした。」
「そうか。」
「ですが、強すぎるのも、時には危険です。」
俺は彼女を見つめた。その表情は、何か言いたげだった。
「何が言いたい?」
「私がついています。」
リリーは胸に手を当てた。
「ですから、一人で全てを背負わないでください。」
「わかってるよ。」
俺はそう答えるしかなかった。
翌朝、二人は出発した。
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北部の森への道中、馬車は時々揺れた。リリーは御者席で馬を操り、俺は荷台に座って、周囲を警戒していた。
森が近づくにつれて、周囲の空気が変わった。何かが潜んでいるような気配だ。
「ルーファスさん。」
リリーが呼んだ。
「もうすぐ依頼の現場です。」
森の入口が見えた。その奥は、薄暗い。太陽の光が十分に届いていないのだろう。
「ここで馬車を停めよう。」
馬車を停めて俺とリリーは降りた。
「魔族の気配がしますか?」
リリーが訊いた。その声は、緊張を隠していなかった。
「ああ。」
俺は感じていた。かすかだが、魔族のエネルギーを。
「あの方向だ。」
俺は森の奥を指差した。リリーは頷いた。
「では、進みましょう。」
二人は森の中へ歩み入った。
足元には、枯れた葉が積もっていた。その中には、何かの爪痕があった。魔族の痕跡だろう。
「来ました。」
リリーが止まった。
その先には、一匹の魔族がいた。
それは、狼のような姿をしていた。だが、その体からは、黒いオーラが放出されている。目は赤く光っており、四肢には爪がある。
「魔狼ですね。」
リリーが呟いた。
「一体で行動する中では、上位の個体です。」
俺は剣に手をかけた。
「準備はいいか?」
「はい。」
リリーは杖を構えた。
その時、魔狼が動いた。
俺たちへ向かって、一直線に走ってくる。その速度は、雷の如く速い。
「火よ相手を焼き尽くして!」
リリーが杖を振った。その瞬間彼女の周囲から炎が立ち上る。それが魔狼に向かって飛ぶ。
だが、魔狼は軽くそれを躱した。
「動きが速い!」
リリーが驚いた声を上げた。
「俺が前に出る。後ろから支援しろ。」
俺は前に出た。そして、愛用の剣を抜いた。
魔狼は俺に向かって飛びかかった。その爪が、俺の胸を狙う。
俺は剣を横に薙いだ。かちん、という音が森の中に響いた。爪と剣が衝突する。
その衝撃は、かなりのものだった。だが、俺は耐えた。
瞬間的に俺は魔力を解放した。剣が短縮され、短剣の形に変わる。
その短剣で、俺は素早く切り返した。魔狼の側腹に、刃が食い込む。
魔狼は鳴いた。痛みの叫び声だ。
「ルーファスさん!」
リリーが詠唱していた。
「水よ相手を流して!」
複雑な魔法陣が、リリーの杖の先に展開した。そして、凝縮された水の塊が魔狼に向かって飛ぶ。
魔狼は、その攻撃に気を取られた。その隙をついて、俺は再び刃を振った。
今度は、魔狼の首筋を狙う。
だが、魔狼は咄嗟に身をかわした。完全には躱しきれなかったが、致命傷には至らなかった。
「もう一度。」
俺は詰め寄った。短剣から、再び長剣の形に戻す。そして、上段から振り下ろした。
その一撃は、魔狼の肩に直撃した。
魔狼は体勢を崩した。その瞬間、リリーの魔術が再び飛んでくる。
土の魔術による、地面の隆起だ。それが魔狼を押し飛ばした。
「今です!」
リリーが叫んだ。
俺は走った。最後の一撃を放つ為に。
短剣に戻した剣を、魔狼の心臓めがけて突き刺した。
「が、あ……」
魔狼は悲鳴を上げた。そして悲鳴を上げていた魔狼は、動かなくなった。
「倒しました……」
リリーが呟いた。その声は、達成感で満ちていた。
俺は剣を地面に突き刺して、息を整えた。
「初めての魔族討伐だ。」
俺は呟いた。
その時、何か違和感を感じた。
森の中に、別の気配がある。それは、さっきの魔狼とは異なるものだ。
「何か……」
リリーも感じたのだろう。彼女は警戒した表情に変わった。
「ルーファスさん。」
「ああ、わかってる。」
俺は短剣から長剣に戻した。
そして、森の奥を見つめた。
「出てこいよ。」
俺が呼びかけると、薄暗い林の中から、一つの人影が現れた。
それは、女性だった。銀色の髪。不思議な雰囲気をまとっている。その服装は、共和国のどこにも属さないものだ。
「お疲れ様です。」
女性は、上品だが機械的な口調で言った。
「あなたが、ルーファスですね。」
「誰だ?」
「私の名前は、ジェーンです。」
女性は静かに微笑んだ。
「ギルド長のサクラから、あなたの事について聞きました。」
その言葉を聞いた時、俺は緊張した。
「何の用だ?」
「用というほどではありませんが、あなたについては、少し知っている事があります。」
ジェーンは、森の中を歩いた。その足取りは、全く音がしない。
「ある理由で、あなたは婚約者を殺しましたね。」
その言葉は、俺の心臓を掴んだ。
「どうやってそれを……」
「情報屋ですから。」
ジェーンは答えた。
「そして、あなたが何を求めているのか、ある程度の推測はついています。」
俺は剣を握りしめた。この女性は、何処か危険だ。
「ですが、安心してください。」
ジェーンは続けた。
「私は、あなたの敵ではありません。むしろ、あなたと同じ側にいる者です。」
「証拠を見せろ。それ次第では信用してやる。」
「証拠、ですか。」
ジェーンは腕を上げた。そこには、魔族特有の痕跡があった。傷のようなものだ。
「私は、かつて魔族でした。」
その言葉に、リリーが息を呑んだ。
「ですが、ある理由で人間に近しいものになりました。」
「それだけで人間になったとでも?」
ルーファスは殺意を表しながらその言葉を言う。
ジェーンはその言葉を無視して腕を下ろした。
「あなたが魔族を狩るのであれば、私はあなたを助けるかもしれません。」
「何故?」
「それは、時が来れば明かします。」
ジェーンは静かに笑った。
「ですが、今は知っておいてください。あなたは、これから多くの者と出会うでしょう。その全てが、あなたの味方であるとは限りません。」
俺は何も言わなかった。
「では、ギルドへ帰ってください。」
ジェーンは言った。
「サクラは、あなたの到着を待っています。」
そう言うと、ジェーンは森の奥へ消えていった。その身体が、まるで霧のように消えた。
「何ですか、この人……?」
リリーが呟いた。
「わからん。」
俺は剣を鞘に納めた。
「帰ろう。」
馬車への帰路、俺は考えていた。
ジェーンという女、かつては魔族だったと語る。そして、ギルド長のサクラともつながりがある。
この共和国は、表面では見えない何かが動いているような気がした。
そして、俺も、その流れの中に組み込まれていくのだろうか。
だが、それでも構わない。
俺の目的は変わらない。
魔族を倒すこと。
その為に、この流れの中で俺は動いてやる。
馬車が、街の方へ向かった。
夕日は地平線に沈みかけていた。




