第083話 魔王城の宴(後編)
カリナの声は落ち着いていたが食卓に小さな衝撃を走らせた。
あれほど食欲をそそっていた鹿肉の香りも、どこか遠のいてしまったように感じる。
勇者廃止論。
まさか、人間たちが聖剣を廃棄しようと考えていたとは。
「だけど、どうやって聖剣を廃棄するつもりなんだ?」
俺はグラスを置き、カリナに聞き返した。
「まだ具体的な方法は決まっていません。
ただ、聖剣は神樹様から我々に与えられた贈り物。
破壊するのではなく森に返すべき、との声も多いです」
「森に返す?」
言葉の響きに思わず眉をしかめる。
つまり、聖剣を野ざらしにするってことか?
「……なんだか、きな臭いですね」
今まで黙っていたイレーネがふいに口をはさんだ。
「聖剣は神々が生命の残滓を注ぎ込み、ただの鉄を奇跡の刃へ昇華させたもの。
人の手で作られた代物ではありません。
そんな希少価値の高いものを森に放棄するなんて」
「――へ?
聖剣にも生命の残滓が関わってるのか?」
「はい。
むしろ、この世に存在する万物はすべて生命の残滓が関わっています。
その中でも聖剣は生命の残滓の濃度が一際高い。
だからこそ、あの剣は超常的な力を宿しているのです」
「ちなみに、ボクたちの薬も生命の残滓を注入して作ってるんだよ」
俺の肩にちょこんと座っていたドリーが得意げに胸を張る。
「だから、市場に出回ってる薬より効き目がいいんだ」
「なるほど……なら、放棄なんてもってのほかだな」
俺が呟くとカリナも小さくうなずく。
「さすがに私も放棄には反対です。
悪用される可能性もありますから。
ただ、四公国のうち強く反対しているのはライオネット公だけ。
交易の中心地であるクレメンシア公国や農産業の盛んなミストラル公国は賛成に傾いています。
ルクソール公国は中立の立場。
我が公国は騎士兵力しか取り柄がないため、発言力は乏しいのです」
「けど、聖剣を手放すってことは勇者が居なくなるってことだろ?
それでどうやってこの国を守るんだよ。
力を持たない国なんて、あっという間に他国に喰い荒らされるぞ」
「――そもそも、勇者は人間同士の争いのために居るわけではありません
あくまで魔族と戦うために生まれた存在。
魔族との戦いが終結した以上、砂塵の王国が兵力格差是正のために聖剣の廃棄を望むなら、我々は受け入れるしかない。
有事の際はライオネット公国の騎士兵団がいますから」
カリナの答えに俺はぐっと奥歯を噛み締めた。
確かに理屈は分かる。
人間同士で戦うなら勇者の存在はイレギュラーだ。
他国からしたら迂闊に手を出せない脅威なのだろう。
けど――どうにもモヤモヤする。
俺にだって都合がいい話のはずなのに。
せっかく手に入れた力を放棄しようとする帝国民の考えが俺にはまったく理解できなかった。
まぁ帝国の奴らがなに考えてるかなんて気にしても仕方ねぇか。
俺が他を圧倒する力を求めるのは単なる私欲なんかじゃない。
俺たちの居場所を守るためだ。
森が豊かになり、魚や鹿があふれようとも、それを守る力がなければ意味がない。
その後も宴は続いたが俺の心は終始ざわついていた。
カリナやリアンの笑い声も、遠くから聞こえる雑音のようにしか感じられなかった。
◇ ◇ ◇
翌日。
学院の講義を終え、外に出ると午後の陽射しが石畳を白く照り返していた。
――聖剣を廃棄する、か。
考えれば考えるほど馬鹿げている。
俺には理解できない感覚だ。
そんな雑念を振り払うよう真っ直ぐ正門へ向かうと、すでにカリナが待っていた。
こちらに気づくなり笑顔で手を振ってくる。
「昨日はありがとうございましたお姉さま!
今日からランセル殿下を惚れさせるのに本腰をいれなきゃですね。
私とお姉さまのふたりでかかれば楽勝ですよ!」
「……そのふたりが問題なんだよ。
俺とおまえじゃ揃ったところでアホのままだろ」
俺が皮肉を返すと、カリナがムッと頬を膨らませた。
「そんなことないですよ〜。
私は考えるのは苦手ですが、行動力には自信がありますから」
自信満々に言い切るカリナに俺は肩をすくめる。
ノブリージュ活動の部屋まで着くと、カリナはくるりと振り返って、いたずらっぽく笑った。
「まぁ見ていてください」
カリナがドアを開けると、勇者は昨日と同じ窓際の椅子に腰掛けていた。
陽射しを受けて輝く金色の髪。
俺たちに気付いた勇者は読んでいた本を閉じ、嬉しそうに微笑んだ。




