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今後はゆっくり更新となりますが、引き続きどうぞよろしくお願い致します。





 7年前の火災によって、両親は亡くなり私たち姉弟は叔父に引き取られた。

 弟を庇いながら逃げていた私は大怪我を負い、叔父は大変過保護になってしまったが、幼かったアレスも叔父に感化されて同じように心配性になってしまったのは、いつ頃からだっただろうか。


 私は悪夢に魘された期間があるけれど、弟は私と違い幼すぎたのか、あの日の事はあまり記憶にないらしい。

 もしかしたら幼い心では受け止めきれず、脳が記憶を消去してしまったのかもしれないけど……

 

 

 義母が出産後、父と一緒に入ることが許された部屋の中で義母に抱かれた弟を始めて見た。


 そこには聖母と天使がいた。


 宗教画かと思うほど、美しかったのを覚えている。

 父とよく似た私、義母とよく似た弟。

 心の中で父に似なくて良かったね。と、思ってしまったのは内緒だ。(お父様、ごめんね)


 アレスの母、アリスは裕福な家で育ち、美しく賢い女性だった。

 将来は年の離れた弟が家業を継ぐときに、その手助けができれば良いと思っていたらしい。

 

 家族思いの彼女は将来を見据え、学校では常に上位に位置する成績を残していたのだが、美しく才媛なアリスに一目惚れした男爵家の子息に目をつけられてしまった。


 爵位持ちと平民の格差婚は当然ながら大変だったそうだ。

 子息とは恋愛と言うよりも根負けして承諾したのだと言っていた。

 毎日のように店や自宅に押しかけては居座っていたらしい……(暇なのか?)


 アリスが嫁ぐことになった男爵家。

 家格は低いが貴族は貴族、嫁ぐと決めた瞬間から平民ではわからない独特の価値観やマナーなど「死に物狂いで覚えたわ」と後にアリスから聞いたことがある。

 必死で頑張って、男爵夫人の務めを果たしていたアリスだったけど、数年後には子供が出来ない事を理由に、あっさりと離縁された。


 今の私であれば「ふざけんな! 子供ができないなら養子で良いじゃん!」って言って慰めてあげられたのに……

 その当時男爵家で孤立していたアリスは「石女」の烙印を押されて微々たる金銭と一緒に実家へ戻され、暫くは傷心した状態で過ごしていたらしいのだが、時が少しずつ経つなか、アリスは昔のように家業を手伝いながら元気を取り戻していった。


 そんな頃にフィッカー家が一人娘の為に乳母を捜し始める。

 この話を知人から聞いたアリスは、母を亡くした幼子に同情したのか自分が乳母に名乗り出た。

 

 フィッカー家は随分昔に爵位を返上した商家で羽振りが良く、ブライス家とも少なからず交流があったし、子供を埋めない自分が乳母とはいえ母親のような役目を担うことができればと思ったのかもしれない。


 フィッカー家当主である父ジェームズとアリスはこうして出会うことになる。


 アリスとの初対面の日、間もなく4歳になろうとしていた私は緊張していた。

 年嵩の侍女やメイド達が綺麗な新しいワンピースを着せてくれたが、心は晴れなかった。

 乳母という存在がお母様の居場所を取ってしまうのではないかと不安でいっぱいだったんだと思う。


 応接室の扉が開かれ、部屋のなかに入るとソファーから静かに立ち上がった女性。

 私はその女性の顔を見る事ができず足元だけを見ていた。

 

「はじめまして、オフィーリアお嬢様。アリスと申します」

 想像していたよりも優しく穏やかな声音に少しだけ視線を上げる。

 でも、まだ顔を見る勇気も、挨拶をするための声も出ない。


 女性がゆっくりと私に近寄ってくる気配がして急に怖くなった。

 ここから逃げ出したいと強く思うのに体が強張って動かない。

 指先で触れるワンピースをギュウっと握り締めて恐怖に耐えていた。

 

 アリスは俯いたまま縮こまっている私の目の前までくると、綺麗な服が汚れるのも厭わずに膝をついて私と目線を合わせてくれた。

 視線が合ったそこには、優しく微笑む女性。

 これまた想像していたよりも美しい顔立ちに、私はポカンと口を開け、暫く呆けた間抜け顔を晒すことになる。


 これが、私とアリス(義母)の出会い。


 なんとか顔合わせを終了したその後、アリスは何度も我が家を尋ねて来てくれるようになる。

 その都度、私と過ごす時間を徐々に増やすようにしてくれたお陰で、最初は戸惑っていた私も数週間経つと母恋しい寂しさからか、優しくて美しいアリスにすっかり心を許すようになっていた。


 出会ってから半年が過ぎ、父は正式にアリスを乳母として住み込みで屋敷へ雇い入れる。

 私はアリスに身の回りの世話から一般教養などを教わる日々を過ごし、その内容は勉学にもおよんだ。

 さすが才媛だったアリスは博識であり、更には貴族間のマナーなどにも精通していたので、私の乳母は何でも知っているんだと感心するばかりだった。


 亡くなった母の寂しさをあまり感じないように過ごす日々が3年程続いたある日、父に大事な話があると呼び出された居間で、アリスが妊娠したと告げられた。


 目が点になる私に、父とアリスは気まずそうに視線を交し合う。

 

 1年ほど前から「あれ?」と思うことは確かにあった。

 なるほど、なるほど……まぁ、なんとなくそんな気はしていたのだ。

 

 二人はやけに視線だけで会話することが増えたし、さり気無い接触が増えていたような気がしてたけど、それ以外は常に私を尊重して生活する日々だったし、私が大好きな父とアリス二人の仲が良い、それは喜ばしいことであって、特に問題視はしていなかった。


 30代後半の男盛りの父に、美しいアリス。

 一つ屋根の下で暮らしていれば男女のなさぬ仲になったとしても不思議はない。

 年齢的にも問題はない。


「つまり、アリスのお腹の中にいる赤ちゃんは、私の弟になるのね?」

 なにもかも理解したかのような察しの良い娘に父はポカンと口を開け、私に何か言われるのではないかとアリスは静かに目を伏せ、下を向いたままだ。


 優しくて思いやり溢れる、美しい私の乳母。

 きっと私に顔向けできないと落ち込んでしまっているのだろう。


 しかし、まったく問題なんてない!

 むしろ乳母から本当の義母になってくれる方が嬉しいと言う気持ちの方が大きかった。

 

 だって、大好きだし。


「これからはアリス…お義母様とお呼びしますわ」

 ニッコリ笑ってそう言えば、アリスは俯いていた顔を上げて私を凝視していた。


 そんなビックリしなくても……


「……オフィーリアお嬢様、許してくださるのですか?」

「許すもなにも……」

 不安そうに見つめてくるアリス。

「アリスが来てからの今までと、これからのアリスは違うの?」

「い、いいえ! これからも私はお嬢様のアリスでございます!」

「私はアリスがお義母様になってくれることが嬉しいの」

「わたくしは乳母でございます。お嬢様のお世話をする役目のわたくしが、このような……」

「はい、ストップ!」

 まだまだ続きそうなアリスの言葉を強制的に止める。


「アリス、いえお義母様。私が問題ないと思っているのにお義母様が気にする必要はございません」

「お嬢様…」

「これからは「お嬢様」は無しでお願いします。お義母様」

「ぅう……ーっ!」

 アリスの涙腺はついに決壊してしまった。

 両手で顔を覆い泣いているアリスの肩を父が優しく抱き寄せ慰めている。

 私が二人の姿にニマニマしていたら、顔をあげた父と目が合った。


「オフィーリア……おまえ……」

 恐らく何かしら文句でも言われると思っていたはずの父は苦笑していた。

「……家族が増えるのが楽しみですね」

「フィー、ありがとう」

 父は嬉しそうに笑ってくれた。



 父とアリスは二人とも2度目の婚姻ということもあり身内だけの小さな式をあげ、数ヵ月後にアレスが生まれる。

 前回の結婚では子宝に恵まれなかったアリスだったが、きっと身ごもり難かったとか相手の男性側に問題があったのだろう。


 生まれてきた8歳下の弟は天使のように可愛かった。


 ふふ……これからもっと楽しくなりそう


 その時の私は、この幸せな時間が永遠に続くのだと思っていた。







拙い文章を最後までお読み頂き誠にありがとうございます。

★評価頂けますと、とても励みになりますので、どうぞよろしくお願い致します。

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