(22)カラルの街
ギルマスに紹介された宿は、なかなかの高級店だった。アネッタ曰く、「あなた達が、冒険者ギルドにやってきてからワイバーンの討伐が終わったことは、みんな理解しているわ。倒した本人でないにしろ、何かしら高い報酬をもらっただろうと思っているでしょう。ワイバーンを倒したって言う冒険者達との繋がりも勘繰られているわ。お金を奪おうとする者、高クラスの冒険者と繋がりを持ちたい者が、あなた達に近づいて来るでしょう。そう言う輩を、この宿だったら通さないわ」
とのこと。わたしたちのセキュリティーを考えてくれたようだ。ありがたい。
案内された部屋は、二人部屋にしては広い部屋だった。トイレや風呂も完備されていて、ダイニングテーブルも備え付けられていた。ここでは、宿の食堂ではなく、食事は部屋に運ばれてくる。こう言ったところが、セキュリティーの高い所以だろう。アネッタは部屋を確認すると、「滞在中、よかったら依頼でも熟してね」そう言い残して去っていった。依頼とかそんな面倒くさい事はしない。
とにかく、少なくとも6日は滞在しないといけないので、過ごしやすい宿なのは有り難い。
何かと慌ただしかったので、どっと疲れが出てしまった。わたしはベッドに倒れ込んだ。
「ご主人様、食材や消耗品の補充を兼ねて、市や商店を回ってきてもよろしいでしょうか?」
エルラインは奴隷だった上に、ゴブリンとのミックスエルフだったため、自由に買い物などしたことがなかった。気兼ねなく店を回る事など考えたこともなかっただろう。
「ええ。好きに買い物してらっしゃい」
わたしは空間収納から金貨5枚を取り出してエルラインに渡す。
「これは、エルラインのバッグを買うお金よ。これからお店で買い物をするたびに、空間収納を使うわけにいかないでしょう?カモフラージュするためにもバッグが必要よ。私のバッグくらいの物を買ってらっしゃい。これは命令よ」
エルラインは命令しないと、自分の物は絶対買わないだろう。でも、自分の物を選ぶ楽しみを覚えてほしい。
「…!ご主人様…ありがとうございます」
わたしの思いを察してか、目が潤んでいる。無表情だが。
「まず、バッグを買いにいくのよ。それから、旅の必需品を買うお金は空間収納から好きに使ってね。後、屋台で何か食べるといいわ。わたしは宿で食べるから」
わたしが居ると、何かと遠慮してしまうだろうし、一人でブラブラするのが気楽だろう。決して付き合って歩くのが面倒くさいからではない。決して。
エルラインは一礼して、部屋から去っていった。
「あー。つかれた。しばらく寝よ」
パジャマ的な部屋着作ろうかなーとか考える内に、眠ってしまった。
「…様。ご主人様」
エルラインの呼ぶ声で目が覚めた。
部屋の明かりがついている。すっかり夜になっていたようだ。
「お休みのところ、申し訳ございません。私が出かけた時と同じような姿勢でお休みでしたので、お食事がまだなのではと…」
エルラインにそう言われ、起き上がると、ぐうっと盛大にお腹が鳴った。
「お腹が空いたわ。エルラインは外で食べたの?」
「はい。屋台でいただきました。初めての体験でしたが、楽しゅうございました」
無表情のエルラインだが、口角が少し上がった。楽しめたなら良かった。
「いい体験が出来たわね。どんなバッグを買ったの?」
わたしが尋ねると、エルラインは買ったバッグを出してきた。わたしのバッグより、濃い焦げ茶の革のバッグだ。刺繍や飾りはないけれど、丈夫で使いやすそうだ。
「革の防具などを取り扱っている店がございましたので、そこで見繕っていただきました」
なるほど。プロの手を借りたわけね。悪くない判断だわ。
「付与するわね」
付与。
『付与する項目を挙げてください』
そうねぇ。防水、撥水、防汚、軽量化、自動帰着、防火、こんなもんかな。
『付与を開始します。終了まで3分』
「私の物にまで付与魔法をありがとうございます」
エルラインが頭を下げる。
「アナタとわたしは一心同体。エルラインを守る事がわたしを守ることよ」
「ご主人様…」
無表情だけど、感激しているのがわかる。エルラインの無表情わかってきたな。エルラインはわたしの世話係。居なくなっったらわたしが困る。
『終了しました。名:唯一無二のユニホーンブルのバッグ』
「はい。付与出来たわ」
「ありがとうございます。一生この身に置きます」
…付与しただけだし。大げさな子。
エルラインはバッグを胸に抱き、無表情でこちらを見ている。
あれは嬉しがってるね。喜んでるならいいか。
エルラインは、わたしの食事が用意できるかフロントへ聞きにいってくれた。
自分のバッグには付与していなかったことに気が付き、エルラインと同じような付与をしておく。
ちなみに、わたしのバッグは『究極のビッグスノーラビットのバッグ』だった。
翌日は、わたしも商店へ行った。いろいろな店を覗いて、この世界で売れそうな物を知るためだ。この街には鍛冶屋はない。みんなコレールに行くからだ。だからか、革製品や革の防具などを扱う店が多かった。
雑貨屋や革製品の店をひやかしたあと、昼食にどこか店に入ろうかと、レストラン街を歩いていた。
「そこのレディー達、ちょっといいかな?」
後ろから、男に声をかけられた。しかし、『レディー達』の文言により、無視すると決めた。少しも止まらずその場を去ろうとする。
「ちょ、ちょっと待って。待ってよ」
男はわたしたちの前に回り込み、慌てて制止した。エルライン、足は下げなさい。蹴る必要はないから。
「…何かしら?」
思いっきり、胡散臭い物を見る目で言った。男は金髪のイケメンだったが、ひと目見ただけで、『コイツはナルシシストだな』とわかった。イチイチ、『きらーん』とか『しゃららーん』とかの擬音が入りそうな仕草だ。
「呼び止めてすまない。僕は銀級冒険者のアルムスト。よろしく」
握手を求めて手を出してきたが、わたしは出さない。エルラインも。
行き場に困った手をぐーぱーしたあと、髪をかき上げている。
「君たち、僕のクラン『天使の饗宴』に入らないかい?」
「クラン?」
ギルドやパーティは聞くけど、クランって何?
「おや?見たところなかなかの高レベル冒険者だと思ってたけど、違うのかい?」
「一応冒険者だけど、なったばっかりだから、その辺疎いのよ」
「そうなんだね!その辺のところを色々教えてあげるから、一緒にランチでもどうかな?」
アルムストは、パチンとウインクする。キモい。
「ご主人様、クランのご説明なら私ができますので」
「あそ、んじゃいっか」
わたしたちは、ウインクしているアルムストを無視し歩き出す。
「え?待って。なんでいくの?」
アルムストは慌てて追いかけてくる。
「まだ何か?」
アルムストは自分になびかないわたしたちが不思議なようで、調子を崩している。
「君たちを是非とも、『天使の饗宴』に迎えたいんだ」
「お断りします」
立ち去ろうとする、わたしたちに更に追いすがるアルムストに、エルラインがキレた。
目にも止まらぬ蹴りが、アルムストの顔面に向かった。寸止めの風がアルムストの前髪をなびかせる。
「うわっ」驚いたアルムストは尻もちをついた。
「これ以上付きまとうのであれば、顔面に喰らうと思いなさい」
エルラインの氷のような一瞥に、アルムストはただコクコクと頷くしかできなかった。
未だ立ち上がれないアルムストを横目に、わたしたちは近くの食堂に入った。
ここ、美味しそうな匂いしてるのよね。さっきのナルシシスト男のことは、速攻で忘れた。




