091 支部長
理解不能な言葉、それを耳にした時、人間とは頭をフル回転させる代わりに、舌の動きがおざなりになるものだ。
しばらくの沈黙。そしてその後、先ほどの言葉を理解したアイリーは口を開いた。
「アンタ! 話聞いてたのかい!?」
「もちろん。覚悟がなければできない仕事、という事でしょう?」
「いやっ、そうじゃなくてだね! ん? いや、そうだけどサ!」
「当然、勇者と共にゆくのだから、命がけの事だって理解してるわ」
「本当にわかってるのかい!?」
アイリーは、ダンっとテーブルに手をつき、私の顔を食いいって覗き込む。
「だからこそよ。私もね、平和ボケしてたのかもしれないわ。今までずっと、守られて生きてきたの。
私を守るために命を落とした人だって、何人もいたわ。それは悲しくて、怖くて……。
無理やりに忘れて、見ないようにして、そうやって何も考えないで生きていくんだって思ってた。
だから魔物と対峙するなんて、ほとんど経験がないし、怖くないなんて、とても言えないわ」
「だったらなんでっ……」
「でもね、だからこそ思ったの。守られるだけじゃダメなんだって。
私が護らなきゃいけないの。マティナだけじゃない、この世界の人たちを」
「……。妹はどうするつもりだい? あんな小さな子を、アンタは放っておくってのかい?」
「あの子も連れて行くわ」
「は? 言っちゃ悪いが、足手まといを連れて行けるほど、甘い旅じゃないよ!?」
「勘違いしないで。あの子もあれで魔導士よ。むしろ、魔力量でいえば私よりも強い。
あの子が魔法を使いこなせるようになれば、足手まといなのは私の方ね」
私の言葉に、アイリーは言葉を必死に拾い集める。
マティナという引き止める材料を失った今、どの言葉なら私を止められるか、どうやって思いなおさせるかを必死に頭を巡らせ、考えていた。
「……。アンタがそれをやる必要はないんじゃないのかい?」
「そうね。誰かに任せれば、それで十分かもしれないわ。
けどね、見てしまったの。魔物の襲撃、そして傷を負いながら必死に戦う人たち。
みんな必死に、大切な人たちのために戦ってる。傷ついても、それでもこの村を守ろうとしてたわ。
それなのに、戦える力を持っている私が見ているだけなんて、道理が通らないわ」
「……。そんなの気にすることないさ。冒険者なんてのはね、みんなバカなんだよ。
たとえ右腕を失ったって、慣れない左手で剣を握るような奴らさ。
いや、両腕失ったって、剣にかじりついてでも突っ込んでいくような、そんな悲しい生き物さ。
戦うってのはね、そこまでの覚悟が必要なんだよ。アンタにそれができるかい?」
アイリーの瞳は、私の覚悟を見定めるように……。すっと心の内まで見ているようだった。
それはまるで、私と同じ目を持つようで、全てを見抜かれているのかと恐怖するほどの、静かで冷たい目だ。
「そうね、そこまでの覚悟はないかもしれないわ。けれど、誰かがやらないといけない事でしょう?
それがたまたま私だった、それだけでいいじゃない。
それに……。私は逃げたって、もう帰る場所なんてないもの。
一泊一飯の礼に、この村が地図から消えないよう、魔王とやらを叩き潰しに行くくらい、かまわないでしょう?」
「……。まったく、まるで旅行にでも行くのかって言い草だね。
しかし、戦う覚悟はなくとも、帰る場所がない……、か。
住んでた村が魔物にやられたって話だったね?」
「…………」
「復讐なんてサ、なんもいいことないって言ったって、それで気がおさまるんならやっちまうもんさね」
「チャンスがあるのなら、なおさらね」
「……。後悔、しないかい?
このまま何も考えず、何も思い出さず、平凡に暮らすことだってできるはずさ。
それでも、そんな些細な幸せを捨ててでも、アンタはイバラの道を進もうっていうのかい?」
「えぇ。私は敵からも、過去からも、逃げる気はないわ」
「そうかい。そこまで言うなら、止めたって行くんだろう?
仕方ないね。アタシからの推薦状、書くことにするよ」
「ありがとう」
彼女は優しく笑えば、「さて、もうひと仕事」と言いながらカウンターへと戻り、推薦状を打つ銅板を棚から引っ張ってきた。
それはいつか見た光景。もう隣にいない、彼と共に見た光景。何も変わらないその景色に、不意に涙がこぼれそうになる。
それを誤魔化すように、私は振り払うよう言葉を振り絞った。
「もっ……、もう一つやることがあったの」
「へっ……? なんだい?」
「あっ、ごめんなさい。噛んじゃったわ」
「ははっ、それはいいさ。それで、何かあったかい?」
「訓練場のゴーレム、片付けておこうと思って」
「あぁ、助かるよ。魔法でちょちょいと直せるもんなのかい?」
「えぇ、逆のことをするだけだから。ただ、一緒に来てくれないかしら。
元の姿をイメージできる人が居ないと、形にしにくいのよね」
「そんな事かい。いいさ、一緒に行こうか」
カウンターからこちらにやってきて、突然彼女は私を優しく抱き寄せた。
そしてそのゴツゴツとした無骨な手で、私の頭をゆっくりと撫でる。
「辛い決断をさせて悪かったね……。シタの奴らがいるとさ、弱音ってのは吐きにくいもんサ。
だからさ……、今はアタシに甘えたっていいんだよ」
「ありがとう。でも、私は大丈夫。大丈夫だから……」
その言葉は、彼女に投げかけたものだろうか。いや、それは私が私に投げた言葉。
大丈夫、大丈夫と言い聞かせて、この先も生きていくんだ。弱音を吐いてしまったら、崩れてしまいそうだから……。
「アンタは強いね。そんなアンタを、送り出すことしかできないなんて、悔しいよ。
だからさ、せめて待たせてはくれないかい?
アンタが勇者にフラれても、気に入られて魔王の討伐に行くことになっても、アタシはこの村でアンタを待ってるよ。
だから、アンタはこの村に帰って来ればいい。帰るところは、ここにあるんだからね」
「ありがとう……」
その手の温かさに、頬に一筋の雫が伝った。
◆ ◇ ◆
「こんな時間に外に行くたぁ、何考えてんだろうな」
光球魔法の柔らかな光が照らす部屋の中で、ベッドに腰掛けたハンは言う。
向かいには同じように座るキュウ。もう一人のパーティーメンバーであるルッツは、すでに寝入っていた。
「さて……、何かあるんでしょうね」
「お前、今回はお得意の紙人形を付けさせなかったのか?」
「えぇ、情報収集に紙人形は便利なんですが、やはりあれも魔法。
とくに、私に状況を伝えるモノというのが問題なんですよ」
「ん? 紙人形が見たもの、聞いたものを遠隔で伝えてくれるってだけだろ?」
「機能としてはその通りです。けれど、それを伝えるために魔力を使うのです。
そしてその魔力は、一本の線となって私に繋がってしまう……」
「それの何が問題なんだ?」
「彼女、どうやらその程度の魔力であっても感じ取れるようなんですよ」
「ほう、そりゃすげぇな」
ニィっと笑い、無精ひげをなでるハンは、興味深げに話を聞いている。
彼にとって、そのような繊細な魔力の流れの把握は面倒事であり、弟であり参謀役のキュウに任せきりだ。だからこそ、そういった事柄は、彼から聞くことになる。
「今までも色々と画策して、こちらの思惑通り動いてもらおうとしたのですよ。
ルッツとの戦闘の後、支部長との交渉時にも魔力に干渉していましたし」
「そんな必要あったのか?」
「ルッツが計画通りに負けてくれませんでしたからね。裏がある事を知られないためです。
しかし、それも逆効果だったようで、私がなにかしている事に感づかれたようです。
まったく、ルッツが計画を台無しにしてくれたおかげで、余計な手間が増えました」
「まぁ、そう言うなって。あんな面白い戦い、夢中になるなってのが無理だろ?」
「ハンがそうやって甘やかすから、私が苦労しているんですよ」
二人は幸せそうな寝顔の弟に目をやり、少し頬をほころばせる。
キュウも厳しく接してはいるものの、ハンと同じように、もしくはそれ以上に弟のルッツを気にかけていた。厳しさもまた、彼なりの愛情表現である。
「ま、人生なんてモンは、計画通りにいかねぇってこった。
それにお前なら、計画の修正も簡単だろ? 大好きな計画立てがまたできて、良かったじゃねぇか」
「私は計画を立てるのが好きなんじゃないですよ。計画通り事を進めるのが好きなんです。
ともかく、今は相手の出方を見るしかないですね。こちらは何も知らないということになってますから」
「まぁそうなるわな。とりあえず、ハシミのじっちゃん待ちか」
「ええ。彼女が心配だから、様子を見に行くと言ってくれましたが、彼もこの事を知っています。
ともすれば、うまく誘導してくれるでしょう。それはなくとも、何かしら聞いてくれるはず……」
「あんま難しく考えんなって。アイツも王都に行くって言ってたんだ、その時にブチこめばいい。
適当に理由つけて選定会に参加させれば、あとはギルドマスター権限でどうとでもなるさ」
「だといいんですが……」
楽観的なハンと、心配性なキュウ。彼らはノッテを勇者一行に入れるため策を練るが、彼らの画策がすでに意味をなさない事を、まだ二人は知るはずもなかった。
次回は11/16(月)更新予定です。




