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081 白い細工

 森に挟まれた街道を、村へ向かって歩く。けれど村までの間、旅人はおろか、行商人ともすれ違う事はなかった。

それも当然だろう、魔王が現れた今、街の外は危険地帯であり、その上この地域では厄介な魔物も出現すると言われているのだから。

だがそれも、今回の討伐達成の話によって、多少は改善されてゆくことだろう。


 そんな静かな街道をゆけば、森の中にただただ異質な、黒い壁が見えてくる。

そう、堀と高い壁に囲まれた、セルバ村だ。


「あれがセルバ村ですよ。来られたことはありますかな?」

「えぇ、前に一度……」

「そうですか。森を挟んだ所に住んでいたとの事ですし、縁遠いかと思ってたのですがな。

 森を迂回するとなると、相当の時間がかかるでしょう?」

「そうね、ぐるっと回りこむ事になるもの。一月くらいはかかったかしら。

 今回は危ない目に遭ったけれど、その分早く……」

「ん? どうかされましたかな?」

「いえ、なんでもないわ」


 精霊の森、それは時間すらも狂わせているようだ。

魔導士ギルドはセルバ村との位置関係は、時計で言えば1時と5時くらいの位置と言える。

森は綺麗な円状ではないだろうけど、円とした場合縁を通るより、直線で突き抜けた方が当然早い。

けれど今回、私は夜中にギルドから逃げ出し、そして一日とたたずしてこの村へとやって来たのだ。

それは、前にミズキと旅した時にかかった時間を考えれば、明らかにおかしい。


 誰もが絶対だと思っている時間すら狂わせる精霊が、私に何を持たせたのか……。

あの白いローブが入ったカバンの持ち手を、私はぎゅっと握りしめた。


「……。何か不穏な雰囲気がありますね」


 突然、今まで沈黙を貫いていたキュウがそう話す。

それは、私にとって触れてほしくない事。そして、誤魔化さなければならない事。


「不穏? どういうものかしら?」

「濃い魔力です。この辺り一帯をずっと覆っている、強い魔力。

 私はあの銀狼のものかと思っていたのですが……」

「そうね、この辺りは濃い魔力があるわね。でもそれって、精霊の森のせいじゃないかしら?

 森の向こうは、魔王の治める地。そこが魔力が濃い場所なのは知っているわよね?」

「えぇ、そのために魔物も魔族も多く発生しているわけですからね」

「それが森を超えて流れてきている、そして森の精霊もまた、強い力をもつのだから魔力も強いでしょう?」

「ふむ……。私はてっきり、銀狼を倒せば晴れると思っていたのですが、つまりこれは元々だと?」

「私の想像だけどね。それに、嫌な感情……。少なくとも敵意はこの魔力から感じないわ」

「さすが幻術士。魔力に乗る感情まで読めるのは、やはり便利ですね」

「えぇ、危険予知にはもってこいよ」


 なんとか誤魔化されてくれただろうか……。彼の様子を見るに、何か行動を起こそうとしているようには見えない。そして、彼の思考を読もうにも、彼の魔力制御は完璧で、その真意は読み取れない。

不安点は多いが、今はなんとか時間を稼いで、この魔力の源を抑える事に注力しよう。

なぜなら、その源というのは、妹ということになっているマティナなのだから。




 門番のチェックは、ハシミ達の口添えもあり、何の問題もなく終わる。そして開かれた黒い壁の先へと続く道を行けば、その威圧感とは対照的に、のどかな村の風景が広がった。

その中をハシミ達に連れられ、彼らが宿泊する宿へと案内される。そこにマティナが居るのだ。

もちろん私は、魔力を辿ればその場所へと向かう事ができるだろう。けれどそれは、この村を水の底に沈めていると錯覚するほどの、魔力の元がマティナだと言っているようなものだ。

なので、先回りして行動したいという気持ちを抑え、彼らの後ろを、村の説明を聞きながらゆっくりと進んだ。


「して、こちらが部屋を取っている宿ですな」


 ハシミが指し示す先、そこには木造二階建ての、瓦ぶきの建物があった。

前にこの村に来た時、私は隅々まで見ていなかったのもあり、このようないわゆる「純和風」建築があったのか覚えていない。けれど、この建物が沈黙をもって示すのは、この建物を用意させた者は異世界人だということだ。


 その宿の引き戸を開け中に入れば、カウンターには一人の老人が本を読みながら座っていた。

小さな丸眼鏡をかけた彼は、白髪交じりでボサボサのグレーの髪と、汚れやヨレの目立つ作業着のような服の上に、小奇麗な上着を羽織っている。その姿は、とてもカウンター業務をするに値する人物ではないと感じた。

どれほどの安宿であろうと、カウンターに立つからにはそれなりの恰好をするはずだし、なにより誰かが入ってきたのなら、もう少し愛想を振りまくものだ。


 そのうえ、入ってすぐ目に付く場所で本を読むなんて……。

そのような不用心な事をするのは、本がとんでもなく貴重な物だと理解できていない、異世界人くらいのものだろう。


「マサ君、ただいま」

「あぁ、ハシミか……」


 ハシミはカウンターの老人に声を掛けるが、本からちらりとこちらを見ただけで、彼は再びその文字列へと視線を映した。けれど二人の様子と、魔力の流れから、旧知の仲だというのは察する事ができる。


「めずらしいね、君がカウンターにいるなんて」

「ヨシノ君が出かけてしまってね」

「もしかして、また一人でかな? 彼女なら大丈夫だろうけど……」

「君たちを追いかけたのかと思ったが、入れ違いになったのか?」

「会わなかったね。探しに行った方がいいかな?」

「問題ない。出かけるとしか言ってないのだ、そのうち帰ってくるだろう」


 二人の会話を聞く限り、どうやら普段はカウンター業務は別の人がやっているようだ。そして、その人が不在のため彼が代わりにやっていると。

しかし、ハシミの喋り方が少し違う。落ち着いた喋り口調なのは変わらないのだが、なんと表現すべきか……。若返ったようなと言うべきか、砕けた話し方をするのだ。

今までのハシミが、いつでもどこかで線を引いていたのだと思えるほどに、今の彼の魔力からは遠慮も、そしてほんの少しの警戒心も無くなっているのだ。それほどまでに二人は仲が良い、そう考えるのが自然だろう。


「あの、妹は……」

「おっと、そうでしたな。マサヨシ君、ルッツが女の子を連れて来ませんでしたかな?」

「それなら、君たちの使っている隣の部屋を新たにとって、そこへ寝かせたそうだ」

「ありがとう。それじゃ、また後で」


 私の一言に、やはり本から目を話すことなく答えるマサヨシと呼ばれた老人。彼をカウンターに残し、私たちは軋む木の階段を上り、一つの部屋の前へとやって来た。

そこはこういった建築様式ではありがちな、障子やふすまと呼ばれるものではなく、一般的なドアによって仕切られている。さすがにこちらの世界の者も宿泊するのだから、特殊なのは共用スペースのみにしているのだろう。


 そしてその扉の前には、私の約束を守るためなのだろう、ハンがその巨体に似合わない、小さな椅子で座っていた。


「お疲れ様です、ハン。遅くなって申し訳ない。森から抜けるのに苦労しましたよ」

「キュウ、もう戻ったのか。もっと時間がかかるもんだと……。

 森から出るのに時間がかかった? 俺が戻ってから一時間ちょいくらいしかたってないはずだが……」


 二人はかみ合わない会話に、頭上に「?」マークを浮かべているようだ。

どうやら彼らも、能力は高いものの精霊の力を認識できてはいないのだろう。もちろん私も、それ自体は認識できないので同じだが、色々おかしな点がある事には気づいていた。

ともかく、そんな精霊の細工が施されたという心配はあるが、このローブを着せて早くこの異常な魔力を隠さねば、そう考えていたのだ。


「ハンさん、ありがとうございます。マティナは中ですよね?」

「あぁ、お前もお疲れさん。中で寝てるはずだから、会ってやってくれ」

「あの子が怖がるかもしれないので、二人きりにしてもらいたいのですが……」

「そうだな。危ない目にあったんだ、安心できる相手の方がいいだろ。

 俺たちは下に居るから、落ち着いたら降りて来いよ」

「ありがとうございます。では、失礼します」


 私は彼らが階段を下りてゆくのを見送り、そっとドアノブに手を掛けた。

キィィィという音と共に扉を開ければ、マティナはスゥスゥと寝息を立てている。

魔力の流れからしても、悪夢でうなされて暴走しているという事はない。今はとりあえず安全な状態だ。

私はトントンと肩をそっと叩き、彼女を起す。


「んん……、お姉ちゃん……?」

「おはよう。よく眠れた?」

「無事……、だったの?」

「えぇ、あの狼は倒したわ。そしてこれも、取り戻してきたわ」


 私はカバンから白いローブを取り出し、彼女へと渡す。

それは封印のローブ。この子の力を押さえつけるため、魔導士ギルドが用意したであろう品。

制御できず、流れ出てしまう魔力が事故を起こさないよう、そしてそれに釣られた魔物が襲ってこないよう、彼女の力を使いたい時にだけ使えるよう用意した、魔力漏れ防止装置。


「ありがとう……」

「とりあえず、これを着ておかないと危ないわ。一人で着られる?」

「うん」

「よかった、怪我とかはないようね」


 私が微笑みかければ、安心したのかマティナも笑顔になる。

そしてゆっくりではあるものの、彼女はその純白のローブに袖を通した。

するとピタッと漏れ出ていた魔力は止まり、重く息苦しいほどの魔力は、その濃度を下げてゆく。


 しかしそれは、明らかに異常だった。ギルドから連れ出した時、その魔力は追手の者に確実に気づかれる程度には漏れ出しており、私はそれを誤魔化すためという目的もあって、精霊の森へ入る事を決めたのだ。魔力の元々濃いそこならば、確実に隠れられるという事も考えて。


 なのに今では、一般的な人たちと同じ程度にしか魔力は漏れ出ていなかった。それはつまり、私やミユキさんほどの無(・)さ(・)ではないし、司書班の空気に紛れるようなノアよりもちょっと強い程度の、本当に普通の女の子程度だ。


 これが……、精霊のした細工?

確証は持てないが、もしかすると精霊は、この子を守るために細工したのだろうか?

さすがにそれは良いように考えすぎな気がするが、それでも分からない以上、最悪の事態は想定しつつも、楽観的に、いい方向での勘違いをしておいてもいいかもしれない。考えても分からないのだから。


「起きてすぐで悪いのだけど、これからの事……。いえ、今まであった事にした話をするわね」


 私は答えの出ない思考を止め、彼女が私の妹、マティナになった経緯を話し始めた。

次回は10/12(月)更新予定です。

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