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080 導き


 草花が彩る洞窟の前、私はハシミの儀式を眺めながら思う。

ここはこんなに華やかな場所だっただろうかと……。


 なにを隠そうこの洞窟こそが、マモン一行が金目の物を隠していた、そして被害者を処(・)分(・)したその場所である。

前に来た時は、まるで草木は洞窟を忌むべきものだと認識しているかのように、この場所だけは避けていた。

けれど今は植物だけじゃなく、蝶やてんとう虫などもやって来る、まさに花畑のようだ。




 それらを眺めていると、はっと気づく。この花、供えた花束に入っていたものだ。


 ルイとミズキ、そして私でこの場にやって来た時、サルスの用意した花束をこの洞窟で散った者たちへと捧げたのだ。鮮やかな花々は、そのまま朽ち果て、そして土へと還るはずだった。

それが今こうして、命を育み、華やぐ場所へと変えているのだ。


 もしこれらがあの花束だとするなら、なぜ朽ちなかったばかりか、こうして繁栄しているのか……。

その理由、私には一つ思い当たるところがある。


 森の精霊メシア、菓子に一喜一憂するうら若き乙女にしか見えない彼女の能力。

人を、道を、場所を惑わせ、狂わせる能力(ちから)。それが運命すらも搔き乱すとすれば……。

朽ちゆく花々のさだめを彼女が狂わせたなら……。それは反転し、繁栄へと変化するだろう。




 しかし彼女はそのような能力を持っていながら、この洞窟の死者の魂とでも呼ぶにふさわしい、魔力の塊は、あるべきところへと昇華してはいない。精霊の力が及ばぬ存在でないにも関わらずだ。

そして現に今、ハシミの力によってそれは行われようとしている。


 だがそれも当然といえよう。ここに残る死者の残り香は、盗賊によってその命を奪われた者ではないのだ。ここに未だ残る者達、それは盗賊自身である。


 冒険者崩れのマモンたちが盗賊となる前、そこには本物の盗賊が存在していた。

マモン達はその盗賊が例の銀狼に壊滅させられた後、その後釜に体よく納まっただけにすぎない。

そしてその者たちもまた、時代の被害者と言えるのだ。




 魔王が討伐され、魔物の活動が弱まる世界。そこで職にあぶれたのはマモンたちだけではない。盗賊たちもまた、元は高い志を持った冒険者だった。

人々を襲う魔物を倒し、感謝され、そして生きてゆく。それしか知らぬ身に、平和な時代は残酷だった。


 己が目指した人々から尊敬される冒険者から、忌避される盗賊に身を落とした時、どれほどの絶望が彼らを襲ったかなど、想像に難くない。そして、彼らの迷いもまた、想像するまでもないだろう。

理想と現実、輝かしい過去と見えぬ未来。迷い、戸惑い、けれど生きてゆくには他に方法はない。




 だからと割り切り、心まで悪に染まれる人物であったなら、このような場所で人目を忍んで、息を殺して生きていくなどという選択はしないだろう。

堂々と村に住み、さも平和を守っているという顔で、裏(・)の(・)仕(・)事(・)をこなす。真なる悪とはそういうものだ。




 いったい誰のせい? 力に頼り、学を身に付けなかった己が悪い。そう考えつつも、魔王が居ない事で自身の生活が脅かされるなど、想像もしていなかったのだ。


 世界は平和になるんじゃなかったのか。魔王は必要な存在だったのか。

己の死に意味はあったのか……。そのような想いは、魔力に宿り、この場に充満する。




 絡み切った糸を一本、また一本解くように、ハシミは祈りを捧げ、言葉をかける。

創造主は生前の罪も赦し、受け入れると。惑わず光差す方へ歩めと……。


 葬儀の際必ず聞く言葉、けれどそれは形式上のものだ。

なんの魔力の色(ちから)も感じさせないはずの言葉……。けれど、ハシミの発するそれは明らかに違っていた。

言葉には紫の、闇の魔力が宿っている。けれどそれを受けた惑いし者達の魔力は、その色を取り込み、輝きだし、そして大気へとその姿を滲(にじ)ませるよう溶けてゆく。


 惑う魂に、私も同じだと、罪を背負っていると語り掛けるようなそれは、罪を知らぬふりをする聖職者にはできぬ行いだ。

強すぎる光が影を生むように、世界の陰である救われぬ魂には、同じ陰をもって導く。それがハシミの神官としての能力だった。




 迷いし魂を導き、この場がただの洞窟へと姿を変えた時、ハシミは大きく息を吐いた。


「これで、彼らは天へと昇れましたかな……」

「自信なさげね」

「神官としての仕事は、久々でしてな。それに……」

「それに?」

「いえ、言っても仕方ない事」

「なに? 気になるわ」

「もっと早く気づいてやれればと思いましてな……。

 迷い続けるのは、さぞ苦しかったでしょう」

「…………。けれど彼らのおかげで、私達は森から抜けられそうよ」

「はて、出口が……」

「それ以上は言わないで。こちらへ」


 私が先導すれば、王都とセルバ村を繋ぐ街道へと出る。

人はいないが、草の生えぬ地、道というものがこれほど安心感を覚えるものだと、私は再確認していた。


「出られた……? どうして……?」

「考えてみれば当然の事だったのよ。精霊の能力、それは迷わせること。

 だから出ようとすれば出られない。出ようとしなければ出られる。それだけよ」

「つまり、洞窟の浄化を目的にしたため、出ようとしなかったから出られたと?」

「そういうことみたいね」


 まるでただのあまのじゃくだけど、今までの話をまとめればこの結論になる。

だからこそ精霊は洞窟の魂を浄化できなかった。すでに迷っている者達を反転させるなど、右も左も分からぬ者の左右を入れ替えるようなものだ。どちらも選べていない者に効果などない。




 それは私にも当てはまる。森を一直線に突っ切って逃げる事を選択した私に、精霊はぐるぐると森の中を迷わせるように変化させた。

そしてハシミ達も似たようなものだ。魔物の討伐を目的としていた時は空振りし、私を助けるという目的に変わった瞬間、本来の目的が現れる。

そして森で精霊に会おうとしていた時は会えず、兎を追うというものに変わった瞬間、精霊は現れた。


 初志貫徹している人物ほど攻略が難しい、そういった森、そして精霊なのだ。

それはつまり、彼女の本心を読み取ろうとしていた私は、それを読み取れていなかったということになる……。


「ともかく、村へ行きましょう。妹が心配だわ」

「そうですな。かなり時間がかかってしまったゆえ、ハンとルッツも心配しているでしょうな」


 やっと森を抜けられた、その安心感もあって、私たちは疲れすらも惑わされたかのように、軽い足取りでセルバ村へと向かった。




 ◆ ◇ ◆ 



 客人の去った森の中心部、静けさを取り戻したそこで、精霊は一人切り株の椅子に座り、目を瞑る。

目前に置かれたテーブルは、先ほどの者たち用ではない新たなティーセットが二つ、空のまま置かれていた。

すっと閉じていた目を開き、一言。


「もういいわよ」


 誰も居ない空間に澄み渡る声。静けさの中に、その声は溶ける。

少し間を取り、ガサガサと木の葉が揺れ、一人の人物が木の上から大地へと着地した。

姿は深緑色の忍者装束。その姿であれば、この森で隠れるのはたやすいだろう。

そして口を覆う布をぐいっと下げ、ニコりと笑った。


「もういいの?」

「えぇ、あの子たちは森から出たわ」

「へぇ、素早いお帰りで」

「そう感じるのも無理はないわね。時間の流れが狂っているもの」


 クスクスと笑い、精霊は席へと招く。同時に、ティーセットには紅茶と果物が並んだ。

それをなんの躊躇もなく食べる忍者は、いつもこの森を出入りしている事を示している。


「それにしても……。ヨシノさん、その恰好はなんなの?」

「え? 隠密行動と言えば忍者でしょ? やっぱカタチから入らないとね!」

「うーん、そういうものなの……? 私は、この世界なら知らないことは、ほぼないのだけどね……」

「そういうものだよ」


 ケラケラと笑う忍者は、年相応の少女の笑みを見せた。

そしてその会話は、彼女がこの世界の人間ではない事を示している。


「それで、うまくいったの? 例の子を預ける事になるんでしょ?」

「そうね……。心配ではあるけど仕方ないわ。あの子なら大丈夫だろうし」

「そのためのローブだしねぇ? でもさ、めっしーが疑われてるってコトはない?」

「ふふっ、そこもぬかりないわ。あの子、私の能力も、考えも読めてると思ってるもの。

 そ(・)う(・)い(・)う(・)風(・)に(・)誘導されてるという、懸念も持ってはいるけどね」

「へぇ、精霊をわかったつもりでいるなんてねぇ……」

「あの子の今までを考えれば、そんな傲りがあっても仕方ないわよ。特別な目だもの。

 それに、わかったつもりにさせるのも、精霊なら簡単よ」

「おー、こわいこわい。敵に回したくないねぇ」

「あらあら、敵に回すどころか、うまく使ってるあなたが言う?」

「そんな、うまく使ってるなんてとんでもないですよぉ~。

 ちゃんと貢物も献上してますし、ね?」


 忍者装束の少女は、包みをテーブルに置き、そっと中に入っていた木箱を開ける。

そこには、緑と白のコントラストが美しく、鼻を抜けるさわやかな葉の香り立つ柏餅が鎮座していた。


「へぇ、これが作りたくて葉っぱを欲しがってたの?」

「うん、そうだよ。ウチの弟のために、5月になると出してたんだよね」

「前に言っていた子供のお祝いをする行事ね?」

「そそ。私、これが好きなんだよねー」

「前に頂いた桜餅もおいしかったわよ」

「季節感を楽しめるのが、和菓子の良いトコなんだよ」


 二人は精霊の淹れた茶を飲みながら、餅をお茶請けに話に花を咲かせる。その姿は、仲の良い姉妹のようだ。

そして楽しい時間は過ぎゆき、空になった木箱を仕舞い少女は伸びをしながら言う。


「それじゃ、私もそろそろ帰ろっかな」

「あら、今日は何も欲しいものはないの?」

「まぁね。だって、今日はめっしーからの呼び出しだったじゃん?」

「それもそうね。それじゃ、あの子の事お願いね」

「了解! 全ては精霊様のシナリオ通りに~」


 その言葉を残し、忍者は森を駆ける。精霊の思惑を乗せて。

次回更新は10/9(金)の予定です。

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