079 旅の記憶[25]
銀色の狼、それは口元を赤く染めている。その紅は、ポールへ矢を放った者の魔力が漂っていた。
そして全身の毛を逆立て、侵入者である私達を睨みつけている。
「なっ!?」
「嘘!? 近づかれるまで気づけなかったなんて……」
「二人とも下がれ! 俺が時間を稼ぐから逃げるんだ!」
不意を突かれ一瞬戸惑うポールだったが、即座に剣を構え狼と対峙する。
しかしそれをただ眺めているだけの私ではない。すでに展開されていた蔓の魔法を実体化させ、その巨体へと巻き付ける。
だがそれもむなしく、まるで無邪気に蜘蛛の巣を破る子供のごとく、ぶちぶちという音とともに引きちぎられた。
「ミズキ! もっと強い蔓を!」
「はっ、はいっ!」
「待て、私が行こう」
名乗りを上げたのはハロンだった。私達を下がるよう手で合図を送り、彼はポールに剣を借りる事もなく、何も持たずに狼の前へと歩みを進める。
そして目前でその睨みつけられる視線をそらす事なく、狼の行く手を阻むように立つ。
何をしているという訳でもない、ただにらみ合っているようにしか見えない。けれど両者の間には、何かのやり取りがあるようだった。
内容こそ人間のそれとは違うため読み取れないが、魔力の揺らぎが互いに意思疎通しあっている事を示していた。
どれほどの時間がたっただろうか、とても長く感じるそのにらみ合いを私たちは見守る事しかできないでいた。
しかしそれは突然訪れる。さっとハロンが膝を地に付け、まるで目上の者にするように頭を下げたのだ。
それを見た狼はグルルと唸り私達を一瞥すれば、その巨体からは想像できない素早さで、まさに風のように森へとその姿を消す。
「一体、何だったの?」
「あの狼はこの森の守護獣だ。前々から人間の良からぬ動きを警戒していたようだ」
「盗賊の事かしら?」
「あぁ。事情を話したのでな、今回は見逃してやるとの事だ。しかし二度目はない」
「そう……。ともかく助かったのね、ありがとうハロン」
ひとまず危機を脱した私たちは、揃えたように息をつく。
そしてこれ以上この場に居るのは危険と判断し、遺体の回収を断念して村へ戻ったのだった。
もとよりあの口元の魔力から、それは残されていないのだろうけど……。
◆ ◇ ◆
「というのが冒険者ギルドとの合同調査の結果よ」
「そうかそうか、ご苦労じゃったな」
サルスの店に戻り私は作り話、つまり盗賊は魔物に襲われすでに全滅していたという報告をする。
当然ながらセルバ村の魔導士ギルド窓口であるサルスに今回の件を報告をしない訳にはいかないし、そして本当の事を報告する訳にもいかない。
マモン達の件は伏せ、盗賊は魔物に襲われたのが公式記録となる。
そしてその後この村へ向かったにも関わらず失踪した者たちも、全て魔物の仕業とした。
実際にあの狼の件があるのだからあながち嘘でもないし、なにより洞窟での事を考えれば魔物の餌になった事は揺るぎない事実だ。
「して、その魔物の姿はどのようなものじゃったかのう?」
「銀色の巨大な狼だったわ」
「ふむ、銀か……。もう限界という事か……」
「何か問題でも?」
「うむ。この村の守護獣には決まりがあるのじゃ。
ヴェルデを見ればわかるように、守護獣は必ず黒なのじゃ」
「色によって違いがあるのね」
「そうじゃ。森の守護獣は必ず黒く、徐々に白くなる。
そして役目を終える時、勇者に討伐されるさだめなのじゃ」
「それじゃああの狼は……」
「役目を終える時期に来ておる。人間の事に自ら関わったのが何よりの証拠じゃ。
人間には人間の、獣には獣の縄張りがあるのじゃ。互いに手出しすべきでない縄張りがのぅ」
むむむと難しい顔をするサルス。
どうやら私達は、事件を追ったために、それ以上の面倒事を引き起こしてしまったようだ。
サルスは今回の件で守護獣が関わっている事に気付いていたため、手出ししなかったのだろうか……。
「ま、それはそれとしてじゃ」
「えっ、守護獣はいいの?」
「いいのじゃ。ワシらにどうにかできる問題でもない」
「そう……よね」
あの異様な獣を思い出す。それは到底人間が敵う相手ではなかった。
もちろん、獣どころか獣人の魔力を読み取る事すらできない私にも。
「それでじゃな、ルイをその洞窟に連れて行ってやってくれんかのう?」
「ルイを?」
「うむ。ちと残酷かも知れぬが、あやつには知っておく必要があるじゃろう」
「そうね……」
ルイにとっては、共に旅した仲間、そしておそらく家族もあの洞窟で最期を迎えたのだ。
ならば祈りを捧げる機会を設けてやりたい、そうサルスが考えるのも当然だ。
しかしそれに異を唱える者がいた。今まで聞き役に徹していたミズキだ。
「あのさ、それはいいんだけど……。またあの狼に出くわすかもしれないよね?」
「あ……。そうだったわね……」
サルスにはハロンの事を話す訳にいかなかったので、二度目はないと警告された事も話していない。
だから彼女にとっては、ただ運悪く遭遇したとしか認識されていないのだ。
「うむ、それなら大丈夫じゃ。ルイが行くのなら、ヴェルデも一緒じゃからな」
「ヴェルデで勝てる相手じゃなくない?」
「守護獣同士じゃから、対立せんはずじゃ」
「んー? なんかそれだけじゃ不安だなぁ……」
「ふむ、ならばもう一人案内役をつけるとするかのう」
サルスは杖をつきながら、ゆっくりと外へ続くドアへ向かう。
そして扉を開け、そこに居る人を呼ぶように名を口にした。
「ネロ、おるんじゃろう?」
ドアから差し込む明るい光の下、その声は響く。
誰を呼んだのかと疑問に思い見ていれば、その光はすっと消え、バサバサという音と共に一羽の鳥が彼女の元へと舞い降りた。
それはカラスのようであったが、広げた翼は私とミズキをそのまま包み込めそうな大きさであり、それをカラスと認識するには異様だと感じる大きさだった。
「こやつを連れて行くとよい。かの守護獣くらいなら退けてくれるじゃろう」
「あの……、大丈夫なの?」
「ネロの機嫌を損ねなければな」
「ふんふん、ネロちゃんよろしくね〜」
心配する私をよそに、すでにミズキはカラスを撫でている。怖いもの知らずというかなんというか……。
まぁ、考えようによっては得体の知れない鳥をミズキに任せてしまえると言えるのだけど。
◆ ◇ ◆
守護獣と怪鳥、そんな不安を抱えながらも私達はルイを連れ、再び森の奥にひっそりと口を開ける洞窟の前へと立った。
「ここがその洞窟よ」
「……」
ルイは何も語らない。それは私達の説明が本当の事だと信じられないのも当然あるが、それ以上にそれを受け入れられない心の防御反応だ。
ミズキはサルスの用意した花束を置き手を合わせる。哀悼の示し方は異世界人もこちらと変わらない。
けれど私は手を合わせる前にやらねばならぬ事があった。
「この中で見つけたのだけど、あなたが持っているべきね」
「これは……」
ルイの手のひらに置かれたのは、金の留め金。私とミズキがマントを留めているものと同じであるが、ひとつ違うのは刻まれた模様がツバメを模したものである事だ。
それは商人ギルド所属の証。そして留め具は個人を特定するために支給されるもの。
例え紛失しても手元に戻ってくる魔法がかけられたそれは、所有者が生きている限り他人の手に渡る事はない。
裏面に刻まれた所有者を示す文字、それを恐る恐るルイは見た。
何度も、何度も指でなぞり、知らない文字に変われと念じるが、過去が変わらぬように、それもまた姿を変えることはなかった。
ぽたり、ぽたりと静かに地面へと雫が落ちる。
晴れ渡る空の下、透明な想いと共に大地へと染み込む。
「今は泣きなさい。気が済むまで、涙が枯れるまで。
前を向くのはそれからでも遅くないわ。
……そして、いつか前を向いたなら進みなさい。
二度と同じ想いをしないよう、大切なものを護れるよう、強くなるために」
静かな森に幼い泣き声が響く。
それは過去を受け入れた声。そして進む未来を見据えた声だった。
しばらく更新はお休みします。
再開は9月下旬の予定です。
長期休みになるので、この機会にブックマークしてもらえると嬉しいです。
★以下雑記★
これにて四章終了です!
いやぁ、長かった……。まさかこんなに長くなるとは思ってなかったよ……。
というわけで最弱魔術師は夏休みに入ります!ほぼ2カ月って大学生かな??
まーその間に違うものを書こうかなって思ってるんですけどね。
ただあまりに期間が空くと赤文字出るので、途中で何か挟むと思います。
そっちはいつものと違って更新予告しないので、その点でもブクマ入れてもらえるといいかもです。
ついでに評価もポチって貰えると、こっそり喜んでるかもしれません。
ではまた次回!ほなな~。




