078 旅の記憶[24]
「それじゃあ、支部長さん達は先に村へ戻っててもらおうかしら。私達は後片付けしてから帰るわ」
「でしたら私も……」
「はっきり言わないと分からないの? 邪魔って事よ」
「うっ……」
ここまで言われれば察しの悪い支部長も引くしかない。
まぁ、察しの良い人だったならこんな事態にもなってなかったのだろうけど。
ともかくすでに疲弊しきっている彼には悪いけれど、さっさと帰ってもらいましょう。
魔法で出現した蔓が霧散すれば、マモンとその手下たちは支部長に先導されるようにすごすごと帰ってゆく。
そして残されたのは、ミズキとポール、そして青髪の男だ。けれどこの場には、嫌な沈黙が漂っていた。
それも当然だろう。ポールにとって私は、忌むべき奴隷魔法の使い手なのだから。その上私は、奴隷登録をするなとまで言ったのだ。彼の過去を考えれば、不快に思って当然だ。
それを察したのかどうかは分からないが、唯一その事に直接関与しないミズキが口を開く。
「あのさ、後片付けって何?」
「一人、助けられなかったのが居るわ。せめて回収して、弔ってあげないと」
「そっか……」
「ミズキ、あなたは見ない方が良いわ。今度こそ確実に……ね?」
「うん」
「かわりに、また蔓を貸してもらえるかしら? 村まで運ぶのと、目隠しになるように巻いておくわ」
「わかったよ」
頼めばすぐに彼からは緑の魔力が広がる。それは先ほどの痛々しい蔓ではなく、柔らかに包み込むようなものだった。
そしてタンポポの綿毛のように、ふわふわとした綿のイメージも広がる。それらは彼の配慮だ。
弔うのであれば、せめて優しく包み込んであげたいという、彼の優しさなのだ。
「それじゃ、行きましょうか」
「待って、その前に誤解を解いておかないとね?」
「誤解?」
ミズキはすっと私を見つめる。けれど彼の考えはもやがかかったように読めない。
普通の人ならこの時点で私は相手が何を考え、何を言い出すのかわかる。
けれど彼の強すぎる魔力は、それを許さなかった。
「さっきの魔法、奴隷魔法じゃないよね?」
「……。どうしてそう思うのかしら?」
「この村へ来る途中言ってたよね? 奴隷魔法の引継ぎにはそんなに魔力を使わないって。
でもそれって、魔法をかける場合は魔力を多く使うって事じゃないかなって思ってね。
もしそうなら、君の魔力量じゃそんな魔法掛けられないんじゃないかな?」
まったく、普段は頼りないしぼーっとしてるくせに、ミズキは時折妙に察しが良いのだ。
奴隷魔法の事だけじゃない、マモン達の違和感も察知しただけじゃなく、洞窟の中で証拠品を集めながら魔力の流れで文字を書き、私と筆談していたのだ。
そんな風に機転が利き、妙に勘の良い彼が、さらに手の内を読ませないのだからほとほと対応に困る。
しかし、今この事を言い出したのもまた、彼の察しの良さによるものなのだろう。
「まったく、あなたには困ったものね。言う通り、あれはただの暗示よ。
奴隷魔法だと思い込ませれば、そのように行動するでしょう?」
「催眠術みたいなものかな?」
「みたい、じゃなくその通りよ。だから効果は持って数年かしらね。支部長次第だけれど」
その話を聞けば、今まで怪訝な色を隠しきれていなかったポールが恐る恐る話に入ってくる。
「それは……、本当なのか?」
「えぇ。隠しておきたかったのだけれどね」
「なぜだ?」
「この話が本人に聞かれれば、たちまち効力はなくなるわ。魔法と違ってとても不安定なのよ」
「そうか……」
「それに、私の魔力が少ない事も知られたくなかったもの。まぁ、こちらは隠しきれるとは思ってないけどね」
「毎回俺に魔法頼んでたもんね?」
「そうね」
全てを知ったポールからは、先ほどまでの不快を示すオーラは薄まり、そして違う色が周囲を染めてゆく。
「そうか……。悪かった、お前たちを誤解してたみたいだ」
「謝る事はないわ。わざと誤解させたのだもの」
「それでもだ。あんな方法を取ったのも、マモン達を助けるためなんだろう?
本人も言ってたが、あのままじゃ死罪は避けられなかったしな」
「どう思ってもらっても構わないわ。私は、私にとってのベストな選択をしただけよ」
「……。まったく、素直じゃないな」
あきれ顔でポリポリと頭をかくポール。彼にとって私は、難しい年ごろの子と認識されたようだ。
けれど先ほどの返答は嘘でもないし、本当でもない。色々な事情が重なって出した結論ではあるが、人の命に関わる判断を、私の責任で行いたくないという消極的な理由が大きいのだ。
それは傍観に徹しているサルスとなんら変わらないなと、ふと思う。
「まぁいい。行こうか」
「あら、手伝ってくれるの?」
「あぁ、ほっとけないしな。それに運ぶにも人手が要るだろう?」
「……そこの彼を借りられるのなら、問題ないと思うのだけど?」
「あっ……、コイツは……」
今まで存在を消すかのように押し黙る青髪の男を見る。
ポールを助けた人物であり、人を手にかける事に躊躇しなかった男。
そして何より異質なのは、彼もまた私の目では考えを読み取れない事だ。
その事から、私は一つの可能性を導き出した。
「あなた……、ハロンね?」
「なっ、何言い出すんだ!?」
「隠しても無駄だろう。この娘、ただ者ではない」
慌てて誤魔化そうとするポールだったが、当の本人は白状する気のようだった。
「ちょっ、お前っ!」
「やっぱりそうなのね、魔力の流れが人間とは違うもの。それに色々納得できるわ。
最初会った時気になってた二本の剣は、ポールとハロンで一本ずつ。そして馬にしては強すぎる牽引力。
獣人なら普通の動物より強くて当然よね。でも獣と人間、双方に変化できる獣人は初めてだわ」
「ほう……。貴様は獣人を怖がらないのか」
「えぇ。亜人の多い土地の出身だし、何より私の恩師は獣人なのよ」
「そうか。獣人と人間が共に暮らす地が、この世界にもあるのか……」
「あら? ここもそうでしょう? あなた達は共に助け合っているじゃない」
「……。そういう事にしておこう。貴様らには関係ない事だからな」
ふいと視線を逸らすハロン。それは何か思う所がある様子だが、私には読み取れなかった。
けれど少なくとも険悪な雰囲気ではない。ただ彼らには、私の恩師であるソーンとは違い、理解しあうためにはまだ時間が必要なのだろう。
しかし、目の前で起こっている現実を理解できない者が一人いた。ミズキだ。
「嘘……だよね?」
「本人が認めているわ。あっ、正確には本馬かしら?」
「問題はそこじゃねえぇぇぇぇぇぇ!!」
ショックのあまり狼狽えるが仕方ない。馬として愛でていたのに、目の前に人の姿で現れたのだから。
だがハロンとしては、ミズキの事を気に入っているようだ。
「隠していてすまなかった。詫びとして今度乗馬に付き合おう。
もし望むなら、この姿でもかなりの速度で走る事も可能だ。試してみるか?」
「いや、遠慮しておきます」
「あら、楽しそうじゃない」
「いやぁ、さすがにおんぶされて喜ぶ歳じゃないよ」
「乗馬の方は?」
「それはしたい」
やはりというかなんというか……。彼の自由奔放さは、妙な察しの良さがあっても変わらないようだ。
もしくはわざとそのように振る舞っているのかもしれないけれど。
……さすがに考えすぎね。
若干呆れ気味な私だったが、妙な気配に気づく。それはハロンも同様で、ピクリとその長い髪の毛に隠された、彼が馬獣人である事を示す筒状の耳も気配の先へと意識を向ける。
そして視線をそちらに向けた時には、すでにそれはいた。
私達が見たもの、それは木々で隠す事は到底難しいであろう、巨大な銀に輝く狼だった。
次回は8/3(月)更新予定です。




