072 旅の記憶[18]
冒険者ギルドの戸を開ければ、カランカランと来客を知らせるベルが鳴る。中は荒れた様子で、空の酒瓶やこぼれた酒のつまみが落ちていた。
そんな荒れ果てた酒臭さの充満する部屋で一人、気弱そうな男が掃除をしている。彼は私達に気付くと駆け寄ってきた。
「お見苦しい所をすみません。何か御用でしょうか」
「私達は魔導士ギルドの者よ。例の盗賊の件で聞きたいことがあったんだけど……。
その前にこれをどうにかした方がいいわね」
モップを片手に持つ男は、周囲を見回す私達を苦々しい愛想笑いで見つめた。
さすがにこれを真面目に手伝ってやる気はない。ここは一気に片付けてしまおう。
「ミズキ、水と風魔法お願い」
「調整は任せるよ」
その言葉と同時に窓が開け放たれ、突風が室内を吹き荒れる。それはゴミを一纏めにし、酒臭い空気を外へと吐き出した。その後床を水魔法が押し流し、再び乾いた風が吹けば、部屋の中は一瞬で片付いたのだった。
「こんなもんね」
「風魔法で椅子と机も整理するとは、さすがの調整能力だね」
「ミズキの魔力あってこそよ」
「そりゃどうも」
そんな話をしていれば、ドタドタと足音が聞こえる。
「どうした!? 敵襲か!?」
奥の扉から顔を出したのはポールだった。
先ほどの魔法を魔物の攻撃か何かと勘違いしたのだろう。
「おはよう。昨日は楽しめたようね」
「なんだ、お前達か……」
「すまないね。彼らが魔法で掃除してくれたんだよ」
「支部長、掃除なら置いといてくれれば俺がやりますよ」
「ははは、僕はこれくらいしか出来ないからね」
先ほど掃除していた男は、冒険者ギルドセルバ村支部の支部長らしい。どういった経緯でそのような立場になったかは知らないが、支部長にしては少し頼りなく感じる。
いや、むしろ逆か。ゴロツキと呼ばれるような輩にそのような役職は任せられない。だからその中で一番マシな人物が選ばれるのだろう。
「それで、こんな早くにどうしたんだ? あ、護衛の清算か?
もしよかったら今後も俺の馬車使ってくれるとありがたいんだが……」
「いえ、の話は後にしましょう。場合によってはしばらく滞在する事になるかもしれないから」
「ん? そっちのギルドで何か問題でもあったか?」
「そうではないわ。ただ、盗賊の件を調べようと思ってね。
支部長さんはご存知よね? サルスさんの所で預かってる子の事」
「ええ、もちろん。長くなるでしょう。立ち話もなんですから、こちらへどうぞ」
促され、片付けたばかりのテーブルへと案内される。
私とミズキ、支部長とポールで隣り合い、二組が向かい合う形で座る。
責任者である支部長は大丈夫だろうが、事情を知らないであろうポールのためにルイの事を話した。
その間支部長は聞くに徹していたが、話終わればギルドの見解を示す。
「まずルイ君の件ですが、ギルドで預かるのは難しいという事は変わりません」
「えぇ、指導できる人が居ないのよね。それは仕方ないわ。
でも盗賊の件はどういう見解かしら? 一行を襲ったのなら、討伐対象になるんじゃないかしら」
「それについては、証拠不十分と言った所でしょうか……」
歯切れの悪い言い方だ。ルイの状況から考えて、彼以外はみな殺されたと考えるのが妥当だ。それを証拠不十分とはどういう事か。
「ルイ君が証言すれば可能性はあるのですが、襲われたという証拠がないのです。
そして誰が襲ったか、それすらも不明ですから動きようがないんですよ」
「現場は調べたのよね?」
「ええ。争った跡や血痕はあるものの、他は何も残っていなかったと報告を受けています」
「それだけじゃ相手が盗賊か魔物か分からない、という判断ね?」
「はい。そして被害者の生死も不明ですので……」
「さらに言えば、何も残っていない状況からしてルイが居た商隊かどうかも分からないわね」
「そうですね」
被害者が依頼を出さなければギルドは動けない。それが今回の件をややこしくしているようだ。
まるで役所仕事だなぁという思考が隣から流れてくるが、まさにそのイメージ通りだった。
「盗賊の噂はどういう事かしら? 実際に被害にあった人が居ないのだから、盗賊とは限らないでしょう?」
「憶測が広まっているんです。前々から何件か行方不明者が出ていて、盗賊の噂もありました。
それがルイ君の件でさも確定したかのように言われてしまったんです。
何の物品も残されておらず、証拠となるような物もない。魔物とは考えにくいと……」
「魔物に襲われて行方不明なんていうのは、地域柄からしても無くはない話よね。
それが全て盗賊のしわざとされたわけね?」
「その上、行方不明者の生き残りとされる人が居ないので、信憑性が増してしまっているのです」
「そうね。魔物相手なら全てが全て全滅とは考えにくいもの。でも盗賊だという確証もないと……」
相手は思ったよりもうまく立ち回っているようだ。証拠も証人も居なければ、ギルドが動く事はない。
そして調べるにしても、この村は魔導士ギルド支部がないため素人の冒険者ギルドによる調査しか行われないのだ。
「サルスさんは調査に同行したのかしら?」
「それは……。ご高齢な事もあり現地へは行ってません」
「でしょうね。彼女ならもう少し詳しく調べられたはずだもの。少なくとも魔物による被害かどうかはわかったはずよ。
けれどそれならなぜ魔導士ギルドに調査依頼を出さなかったのかしら?」
「まだ盗賊と決まったわけでもありませんので……」
「乗合馬車の運行が止まるほどの事態になっているのに?」
「その分冒険者達が見回りを行い、盗賊は発見次第討伐することとしています。
この判断はこちらのギルドの管轄です」
「被害の把握さえできていないのに? とても合理的な判断ね」
私の追及と嫌味に、支部長は苦々しい顔をする。それは数々の組織と思惑に挟まれ、その場しのぎで決めてきたツケが回ってきたという後悔の表情だと、私の思考を読む能力は見極めていた。
ただ彼の行動は理解できる。魔物であれ、盗賊であれ冒険者達が付いていれば討伐できるのだから、調査依頼で魔導士ギルドに借りを作るくらいなら討伐してしまった方が楽だ。
ただ普通なら冒険者ギルドの支部長に全ての決定権が集約する事は無い。本来であれば魔導士ギルドも関わる事件である。今回そうならなかったのは、この村の魔導士ギルド業務が委託されており、その委託先であるサルスが傍観を決め込んでいるからだ。
彼女次第では魔導士ギルドから調査する者が派遣され、ここまで大事になる前に解決していただろう。
そのような手順が踏まれなければ動かない魔導士ギルドにも問題があるし、まさにミズキの想像する縦割りのお役所仕事であると言える。
けれどギルド同士の微妙な距離感を感じとる人ほど、彼のような結論に至るのは致し方ない所だ。
それに今回は悪い方向に働いたが、その距離感のお陰でギルドは互いに牽制しあい、癒着や腐敗を防いでいるのだから、一概にそれを否定するのもまた筋違いだろう。
「適切な処理が行われていたかどうかは、冒険者ギルドの上層部が審査する事ですのでこちらから言う事はありません。
けれどこの状況を知った上で、魔導士ギルドの一員として見逃す訳にもいきません。
ですので調査させていただきます。よろしいですね?」
「……はい。わかりました」
「ではその上で先の調査の説明のため、調査を行った方をお借りしてよろしいですか?」
「はい。担当したのは、マモンという男をリーダーとしたパーティです」
「あ、マモンさんなら知ってるよな?」
口を挟めるような話じゃないと押し黙っていたポールだったが、知った名前があった事でやっと口を開いた。彼もギルドと私達双方に関わってしまっているからには、行く末を見届けたいと考えているようだ。
「ええ、村に来る時会った方たちですね。では手配のほどお願いしますね」
「じゃあ俺も行ってもいいよな? 護衛も必要だろうしさ」
「ポールさんは……。遠慮してもらえるかしら?」
「なっ!? どうしてだよ!? 費用的な問題か?」
「ほら……、“逃げ専門”って言われてたくらいだもの……」
「ちょっと待てよ! それ言っちゃう!?」
ポールは不服そうに声を上げるが、それを知る人は誰もが苦笑いを浮かべるしかなかった。
次回は7/13(月)更新予定です。




