066 旅の記憶[12]
再びセルバ村へと向かい動き出した馬車はさらに遅くなる。それは周囲をマモン率いる冒険者に囲まれているためだ。
彼らは盗賊を警戒し、村まで護送してくれる事になった。けれど馬車には荷物が載っていて、人が乗り込む余裕はない。そのため彼らは歩く事になり、馬車がその速度に合わせているのである。
そんな厳戒態勢なものだから、先ほどまでのような談笑もしづらく、静かな時間が流れている。
緩やかに曲がる道を前に、マモンが静寂を割った。
「ポール、この先面白いモンがあるぞ」
その言葉より早く行く先の景色が一変した。
それは等間隔で並ぶ、人の背丈ほどの木が枝を支柱で留められている光景だった。全ては同じ種類の木のようで、人の手が加えられている事は明らかだ。
「えっ? ここって精霊の森じゃ……」
「あぁ。そうなんだがな、どうやら範囲外だったらしい。
変わり者の爺さんが村に来て、研究用の畑として開墾したんだとよ」
「そんな命知らずが居たとは……」
「村の奴らも呆れてたな。この一角はイチヂクっていう果物の畑だ。村に着いたら食えるぞ」
「へぇ、林業以外にも手を出したのか」
「その爺さんが勝手にやってるだけさ。まぁ、村のやつらも爺さんの実験結果見て、その気になったみたいだがな」
「変わらない村だと思ってたんだが、意外だな」
「あぁ。これ目当てで商人が来るようになって、そこを盗賊は襲ってるらしい。買い付けに来た奴なら金持ってるからな」
「じゃあ、俺みたいな日用品売りに来た奴は狙われないんじゃないか?」
「おいおい、金持ってるかどうかかんて見ただけじゃ分かんねえだろ? それに、買い付けに来る奴だって来るときは大抵村で売るモン運んでくるしな」
「それもそうだな」
そういった話を聞きながら、私は移り変わる景色を眺めていた。並ぶ果樹の種類は次々変わり、そして研究用だけあって畑や人工池なども見受けられる。
こうやって実際に目にするまで、私は知識だけしか知らなかった。この村の歴史も、文化も、産業も。全て知っているつもりで、何も知らなかったのだ。それは、全て知った気になってしまうような、私の能力の弊害でもあった。
「二人とも、あれがセルバ村だ」
ポールが指し示す先、そこにはなみなみと水をたたえる大きな堀に囲まれた、黒い壁がそびえていた。
初めて見るその姿に、私の頭に浮かんだ言葉はそのままミズキの口から放たれた。
「え? あれがセルバ村? 要塞じゃなくて?」
「ははは、初めて見るヤツは大抵そう言うな。まぁ、あれくらいなきゃやっていけない立地なんだよ。中はわりと普通の村なんだけどな」
精霊の森で隔てられた先は魔族の住う地。大地にも、大気にも濃い魔力が含まれ、魔物が生まれやすい地域。そんな場所だからこそ大きなリスクと、同等のリターンももたらす。
「精霊の加護は木々を育て、この地に富をもたらしたの。けれど加護は魔物も育ててしまう。
だから村を守るには、大げさに思うくらいの設備がいるのよ」
「へぇ、よく知ってるな」
「聞きかじっただけよ。実物は聞いていた以上ね。それに……、黒い防壁なんて話は知らなかったわ」
近づくほどにそれは高く、見上げながらつぶやく。掘りにかかる橋を渡り、門の前で再び検査を受ける間に、私はその壁を見つめていた。
どうやら木製の板材の上に黒い塗料が塗られているようだ。その塗料は赤い魔力を発しており、それによって強化されている。これなら物理的な攻撃にも、炎の魔法にも耐えられるだろう。
それは魔導士学校の強化魔法にも似ているが、赤い魔力を放つ所から、対炎用に特化しているように思えた。
私がまじまじと壁を観察しているものだから、ポールは不思議に思ったのか話しかけてくる。
「そんなに気になるのか?」
「えぇ、世界を知る事も旅の目的だから」
「そうか。んじゃ解説しようかな。これは焼杉っていうらしい」
「あ、それ聞いた事あるかも」
「お? 知ってるのか?」
解説しようとしたポールに、隣に居たミズキが口を挟む。
「確か板材を先に焼いて炭化させておくんだよね?」
「そうそう。だから触ると手に煤が付くから触るなよ?」
「へぇ、そうなのね。どんな効果があるのかしら?」
「ほら、炭って火が付きにくいでしょ? だから普通の板材よりは燃えにくいんだとか」
「生の板材よりは燃えにくいってだけで、燃える時は燃えるんだけどな。
あとは防虫・防腐効果もある。この辺りは森に囲まれてるし、適してるんだよ。
それになにより、ここは林業の村だ。建材と言えば木材になるから、その点でも適してるな」
「へぇ、二人とも詳しいのね」
「商人は情報にめざとくないとな。しかしミズキは物知りだな。これって異世界人の技術らしいぞ?」
「えっ……、それはあの……」
妙に詳しいと思えば、ミズキの情報源は元居た世界だったようだ。こうやって異世界人達はぽろっと自身の秘密を明かしてしまうのだろう。まぁ、本人たちに隠す気があまりないようだけれど。
かといってこのまま放っておくわけにもいかないし、助けてあげる事にしましょう。
「彼は元々ギルドの研究班に所属していたのよ。だからそういう事に詳しいの。
私は実戦部隊だったから疎いのよ。今後も教えてもらえると助かるわ」
「あっ……、うん。任せて」
「へぇ、そうだったのか」
納得している雰囲気を出してはいるが、ポールは妙に焦ったミズキの様子を不審がっているようだ。
もう少し念入りに誤魔化さないといけないようね。
「あとミズキ、研究内容をギルド外の人に教えるのは禁じられていたはずよね?」
「あっと……、その……」
「今回は相手も知っていた事のようだから上には報告しないわ。今後は気を付けてね」
「はい、注意します……」
「まぁまぁ、そう責め立てるなって。うっかりする事もあるよな?」
ミズキはコクコクと頷く。しかしそれが私のついた嘘だと彼は分かっているし、そしてその嘘の裏に隠された「異世界人とバレるような事は言うな」という真意もまた、彼には伝わっていた。
とりあえず今回の所はポールもうまく誤魔化されてくれたし、この程度で十分だろう。
けれど少しだけ、私は個人的に気になっていた事があった。
「もう一ついいかしら? これって焼いたようには見えないんだけれど?」
「ほう……。それに気づくとは、嬢ちゃんなかなか目がいいな」
不意に背後から声がしてビクっとしてしまった。その声はあの冒険者、マモンだ。
居る事はもちろん知っていたけれど、会話に入ってくるとは思っていなかったのだ。
「これは最近開発された塗料でな、焼杉と同じ効果が期待できるんだよ。
元々異世界人は焼杉の効果を炭化だうんぬん言ってたらしいが、こっちじゃ炎の魔力が付与されているからこその変化の方が大きいんだ。
なら魔術に秀でたモンなら、同等の効果を持つ塗料にできねえかって事で研究してたんだとよ」
「つまり新発売の高性能塗料がこの村にはあると……?」
「おっ、ポール、良い目つきしてんじゃねぇか。冒険者辞めて腑抜けたと思ってたぜ」
「商人としておいしい話に反応せざるを得ませんからね」
「お前……、冒険者やってた頃より活き活きしてねぇか?」
「えぇ、俺自身こっちの方が向いてるなと最近思いましたよ」
どうやら商売の話が絡んでゲスい顔を見せるポールは、ミズキの失態を全て忘れたようだ。
そんな主の姿を、馬のハロンは後ろで呆れたような顔をしながら見つめていた。
次回は6/22(月)更新予定です。




