064 旅の記憶[10]
「何か居る? どこだ?」
「道をそのまま進んだ……、2キロ先って所かしら」
「本当か? なんでそんな遠い所の事わかるんだ?」
「魔導士だから、理由なんてそれで十分でしょう?」
私の警告に疑問を呈すが、方法を教えた所で彼が使えるようになるわけでもないし、能力の秘密を教える必要もない。できるという事を示すだけで十分だ。
「ギルドの秘密ってやつか。まぁいい、相手は例の山賊か?」
「そこまでは分からないけれど、数は三人。徒歩でこちらに向かってるわ」
「徒歩か、そうなると商人とは考えにくいな」
「えぇ、旅人だとしてもこの道を歩くのは……」
「それはないだろう。宿場町が整備されていないから、食料なんかを補給できないしな」
「そうね。だから私達も馬車を選択肢から外さなかったもの」
「まだ鉢会うには時間がある。その間にどうするか考えないとな」
まるで私とポールの話を聞いて察したかのように、ハロンは速度を落とし止まろうとしていた。
けれど馬よりも察しの悪い人間が一人居る。事情を考えれば仕方ない事ではあるんだけれど。
「あのさ、盗賊かどうか分からないにしても、進まずに森に隠れてやり過ごせばいいんじゃないの?」
「それはやめた方がいい。本当の最終手段ならアリだけどな」
「え? なんでさ?」
「この道を挟み込む森がね、精霊の森だからよ」
「精霊の森?」
「そう。一度入ると二度と出てこられない迷いの森。精霊の管理する聖域。
だからこの道沿いには宿場町を造れないの」
「魔物も迷うからか、森から飛び出してくる事もないんだよな。
おかげで路上なら安心して野営できる安全地帯だったりするんだ」
「へぇ、周りの森がそんないわくつきの場所だったなんてね。
でもさ、そんな所によく道通せたもんだよね」
「この道は精霊が人々を助けるために切り開いた道だと言われているわ。
目的地のセルバ村は、魔物の襲撃で何度も移転を余儀なくされているの。
今の場所へと移転する時、この道と守護獣を遣わされたという伝承があるのよ」
「守護獣……」
わざわざ説明したのに、守護獣という単語以外は抜け落ちたようだ。
まぁいい、聞く気のなさそうな話を長々としている時間もない。今すべきは近づく何者かの対策だ。
「そのあたりの話は無事村に着いてからね。今は目の前の問題を片付けましょう。
とは言っても、避けるも隠れるも難しいなら戦うしかないのだけど」
「あぁそうだな。しかし盗賊と決まったわけでもないんだ、先制攻撃はナシだぞ?」
「えぇ、もちろんよ。ポールさんこそ危なくなったら無理せずハロンに乗って逃げてね」
「俺は護衛だぞ!? 依頼人置いていけるかっての」
「ふふっ、ご心配ありがとう。けどね、逃げるのは相手からじゃないわ。私達からよ」
「……まさかお前ら、森ごと焼きはらうつもりか!?」
「できなくはないわね。精霊はご立腹でしょうけど」
「話には聞いていたが、魔術師ってのはおっかねぇなぁ……」
ポールは呆れを含んだ乾いた笑いを浮かべる。それも当然だろう、冒険者ギルドでの契約を思い出せば、この世界に住む者ならミズキの異常性を認識できているはずだ。分かっていないのは当の本人だけか。
少なくともギルドの超人達で慣れている私と違い、対処法も分からず魔法適性の低いと思われるポールには、何とか被害が及ばぬ所まで逃げ切って欲しいのだ。だからこそ私たちは恐れられるくらいでいい。
追い詰められた時、膨大な魔力を持つミズキが暴走する可能性だってあるのだから。
しかし私もただ状況を眺めているだけのつもりはない。手を打つため、魔力を借りるためにミズキに耳打ちをした。
「魔法のイメージだけお願いするわ。発動も加減も私に任せて」
「うん。魔法の種類は?」
「複数属性使いだったわね……。そうね、盗賊とは言え死なせたくないから火はナシ。木か水、もしくは雷撃ね」
「了解」
言葉と共にすぐさま魔法の下書きが空間に広がった。森の茂みから伸びる蔓、相手を押し流すための水の壁、そして彼の手から放たれる雷撃。それはすでに実態があるほどに強力で、索敵範囲を限界まで広げている今の私の目でもはっきりと捉えられた。
しかし細部の作りこみは甘く、そのまま放ったなら重大な事故を起す事は、魔法の知識が少しあれば誰もが見抜けることだろう。
だが若干の不安要素があった所で、最終的に私が調整すれば済む話だ。相対し、相手の力量を瞬時に見極め、どの手を使うか……。その判断さえ誤らなければこの膨大な魔力は十分に有用な武器となる。
「準備はできたわ。進みましょう」
「あぁ。ハロン、ゆっくり頼むよ」
その言葉だけで意思疎通ができているのか、馬のハロンは再びゆっくりと動き出す。
まだ遠くにある相手を視ながらも、伏兵を警戒し索敵範囲は狭めない。徐々に近づくそれらと共に、念のため森の中にも神経を尖らせた。いくら精霊の森と言えど、危険がないとは限らないのだから。
そうして進めば、ぼんやりと目視できるほどにその影は近づく。言ったとおりの三人、全て防具を着込んでおり、戦える態勢な事からただの旅人でない事は確定した。
しかし弓使いが居る様子はなく、全員が剣を持った近接戦闘タイプのようだ。少なくとも馬を狙われ、足止めされる事はない。馬さえ残れば荷物を捨てる事で、ポール一人が逃げる事は可能だろう。
そして相手もこちらに気付いたようだ。男の大きな声がする。
「そこの馬車! とまれ!」
まだ顔もはっきりと見えない距離にも関わらず、その声ははっきりと耳に届く。
しかし止まれと言われて止まるべきかポールは悩む。
「止まりましょう。警告するという事は、すぐに敵対する気はなさそうだもの」
「あぁ、そうだな。ハロン、止めてくれ」
指示通りにゆっくりと速度を落とし止まる。その様子を確認した男たちは、駆け足でこちらへと向かう。先頭に立つ男以外の二人は、剣の柄に手をかけいつでも抜刀できる態勢だ。
そして互いが相手の顔を認識できるほどの距離まで近づけば、先頭の男は面食らったような顔をした。
「お前……、ポールか?」
次回は6/16(月)更新予定です。




