055 旅の記憶[1]
私は精霊の住まう森の近くの村に以前来たことがあった。
それは魔導士ギルドから勅命を受けた医神アスクを探す旅。今はもう隣にいないミズキと共に訪れていたのだ。
◆ ◇ ◆
神出鬼没で足取りなど掴めない医神アスクだが、探すように指示したギルドがあてもなく世界を回れと言うはずはない。見つけられるかどうかはそれほど重要ではなく、多くの目撃談がある街に行き、情報収集を行うのが主な任務だ。
ならば当然ながら元々ギルドの支部があり、本部と連絡を密に取っているほど大きな規模であればそこへ赴く必要はない。支部が小さいか、情報の行き来が遅い小さな村々を巡る事が求められたのだ。
その上でギルドからはある程度の行き先リストと、効率を考えての道順も渡されていた。
もちろんその通りにいかない事態も起こりうるし、この旅は異世界人であるミズキが世界を見て回り、こちらに順応するためという側面も大きい。そのため行き先リストは全部埋めるよう言われているものの他の場所に行く事も、順番を入れ替える事も許可されていた。
「ええと、行きたいのはセルバって村だよね?」
「えぇ。この地図で言うとあのあたりね」
私は彼の言葉に巨大な街道地図を指さして答えた。ギルドを出発し、切り立つ崖の海岸線を北上すること二日経った日の事だ。今居る場所は街道の分岐点の宿場町で、ここまで来るために乗っていた馬車は行き先が違っていたため一度降りたのだった。指さす地図は馬車の待合場所にあり、晴れ渡る空に浮かぶ太陽の光を反射させ少し見辛い。
「地図は金属板なんだね。昔美術の授業で作った銅板を叩いて作る絵を思い出すよ」
「うん? めずらしいかしら? わりと普通のものだと思うけど」
彼の言う通り地図は叩くことで窪みをつけ、文字や図を示している。この地図も彼にとっては興味をそそられるものなのだろう。なにせ彼は見るもの全てが初めてのようで、馬車に乗る時も興味津々だった。特に馬に興味があるらしく、撫でたがって恥ずかしい思いをしたものだ。御者の方が親切な方だったので撫でさせてくれていたが、ギルドを代表しているのだから少しは落ち着いて欲しい。
「元居た所では地図と言えば紙だったからね」
「そうなの。でもこれもこれで便利よ? 火の魔法で溶かせば修正も効くし」
「あぁ、所々そういった跡があるね。結構書き換えるものなの?」
「災害とかで通れなくなった道を消したり、……魔物に襲われて村ごとってのもあるわ」
「……そうなんだ」
少し気まずい空気が流れた。けれどこの事を誤魔化すのも違うと思ったのだ。彼が世界を見聞きするための旅でもあるのだから、そういった残酷な現実も告げるのが私の役目だろう。
「それで馬車の乗り換えだけど、目的地までの定期便は運休してるって話だよね?」
「えぇ。最近目的地の村付近で盗賊が出るとかで、利用者が減ってるし安全性に問題があるから運休してるって御者さんが言ってたわ」
安全性の問題とは言うが、乗合馬車を盗賊が襲ってもあまりメリットはない。積んでるものが高額な物品である商人を襲うのと違い、人を襲っても大した収入にならないからだ。なので運休の理由は乗る人が少ないと儲からないからなのだが、建前として安全性と言っているだけである。
「まあそれは仕方ないんだけど、どうする? 歩いて行ける距離なら歩く?」
「歩ける距離だとして、盗賊に襲われたらどうするのよ」
「え? 戦えばよくない?」
「はぁ……。簡単に言ってくれるわね。戦闘経験もないくせに……」
彼はさも当然のように言うが、魔導士は基本的に単独戦闘に向いていない。知恵の回らない動物や弱い魔物ならともかく、盗賊は人間だ。魔法発動に必要なイメージ構築を妨害するなどの対策を取られると太刀打ちできない。その上イメージ構築には集中力と、高度な魔法になれば緻密な魔力制御も相まって時間がかかる事も多い。そのため時間を稼いでくれる前衛職の冒険者が必要となるのが一般的だ。
ただしそれは一般論。私は構築力等の魔力操作は元々の得意分野だし、実戦部隊での訓練もあってそれなりに時間稼ぎもできる。魔力の供給さえあれば、前衛として戦いながら魔法の構築・発動を行えるのだ。なので戦闘になっても新米冒険者に毛が生えた程度であろうが一応は戦える。
それでも戦闘を避けたい理由は、彼が異世界人であるという事だ。ミユキさん達の情報によれば、異世界では命の取り合いをするような事はまずないらしい。そして魔法という概念もない。つまり警備が厳重な大都市で暮らす町娘程度の感覚でいると考えた方がいい。昔のなんの力も持たなかった私のように。
だから実際に戦う事なんて、彼らには空想の中の話でしかないのだ。そんな彼を戦力として数えるのは、膨大な魔力を異世界人補正で受け取っているとはいえやめておいた方が良い。いえ、むしろ私が彼のお守りをさせられると考えた方が現状に即している。まぁ、それを考慮して私が共に旅する事が許可されたのだろうが、できればそのような事態は遠慮したいのだ。
「それに歩いて行くのは無茶な距離ね。お金はかかるけれど、馬車を出してくれる人を探しましょう。
幸いギルドからの給付金はあるし、セルバ村に行きたいけれど足止めされている人もいるでしょう。
その人たちと折半すれば多少安く済むと思うわ」
「へぇ、貴族様って聞いてたけど、えらくケチなんだね」
「……ウチは質素倹約を良しとしていたの!」
全く、私は色々考えているというのになんとも他人事のような反応だ。それ以外にも色々言いたい事も気になる事もある。
事前に私が貴族の娘と教えられていたのは少し不満もあるが、何かあったら問題になるのだから仕方ないと諦めよう。けれど彼がその事を私に確認してきた時に想像した貴族像が、でっぷり太った大量の貴金属や宝石を身に纏ったオジサンなのはどういう事だ。
もちろん共に旅するのがそういう人だとは思っていなかったようだが、その娘となればワガママで自己中心的な金髪縦ロール釣り目のお嬢様だとイメージしていたのだ。そんなに詳しいイメージが浮かぶなんて、彼の中の貴族像はよほどしっかりしたものなのだろう。どちらかと言えば性格面はともかく、容姿は私よりロベールの方が近い。
そんなイメージを膨らませていた彼が、私を見てえらく地味な相手だと思ったのは言うまでもないだろう。そして同時に「遠慮はいらなさそうだ」と判断したのも、私には視えていた。
もちろんそういう事を考えはすれど実際に口には出していないので問い詰めこそしない。けれど相手の考えを読める私にとっては、今までなら距離を置くようにしていたタイプの相手である事は間違いなかった。
そんなケチではなく倹約家……、決してケチではない倹約家の私は、停まっている馬車を見回し、一つの御者に声を掛けた。馬車自体はそれほど立派ではないが、私が見るのは設備ではない。相手の魔力の色だ。
この馬車がダメならば、他を当たったとして好条件で引き受けてはくれないであろう事を私の目は見分ける事もできるのだ。……今さらだけど、私のこの能力って魔導士より商人の方が向いているのかも?
次回更新は5/15(金)の予定です。
以下雑記
リフレッシュ期間終了ということで、再開しますよー。
といってもまた無理するとオーバーヒートするので、今後は月金更新にしたいと思います。
余裕があれば更新数増やすか、もしくは別枠で何か書きましょうかね。
さて、中身は過去回想がまた差し込まれて……、って時系列歪みすぎぃ!!
読みにくさマシマシだけど、今後もこんな感じで進んでいく予定デス。




