054 迷いの森
精霊メシアが宙から取り出した布を受け取る。広げれば私の体より二回りほど小さい白いローブで、元々マティナの着ていたものだ。
「どうしてこれを?」
「森の中を逃げている時に木に引っ掛けたでしょう? だからほつれた部分を直しておいたわ」
「……ありがとうございます」
そう、これは元々彼女を魔導士ギルドから連れ出した時に身に着けていたもの。そして森へと逃げ込み、狼に追われている時に木に引っ掛けてしまったもの。そのままでは追いつかれてしまうと、木から外すのではなく脱ぎ捨てたものだった。
けれどこの森で“木に引っかかった”というのを偶然と捉えるのは、この森の真相をしらない者だけだ。それはおそらく精霊になにかの意図があったから、そう考えた方が自然だろう。
ローブの確認をしながら、木々の枝の隙間から流れる光に照らせば、反射してうっすらと何かが見える。それは銀の糸で施されたであろう刺繍。こうして光に反射させれば見つかっただろうが、ハシミ達は気付く事もない。
元より私は魔力の色が見えるのだから、なにか細工されている事はうっすらと分かっていた。この魔力の色は……、私達を追い続けた狼のものだ。
それは何かのまじない。けれど嫌な色を感じる事は無かった。あとは私が精霊である彼女の事を信じるかどうかだ……。
「それじゃ、妹ちゃんと仲良くね」
「はい。色々とありがとうございました」
「ふふっ、また遊びに来てくれてもいいのよ? 今度はマティナちゃんも一緒にね」
まるで遊びに来た子供たちに別れの挨拶をしているようだが、彼女にとっては私達人間などいくつであっても子供と大差ないのだろう。なにせ魔王の出現以前からこの世界で生きているのだから……。
そしてハシミ達も各々別れの挨拶をしたが、やはり彼らには少しばかり冷たい。一応ハシミには話を興味深そうに聞いてくれる人ということで、最初ほどの冷え切った感覚はなかったものの、キュウは全く会話に入ってこなかったのもあってか、互いによそよそしさがある。
おそらくキュウは元々精霊の相手はハシミに任せるつもりで、魔物の討伐と護衛に徹するつもりだったのだろう。下手に口出しして精霊の反感を買うのは避けたいし、専門分野以外は分かる人に任せた方が無難なのだから。
そして森を出るために私達三人は精霊メシアの元を後にし、外へと向かって歩き出す。
もちろんこの森は地図もなければ、方角がわかるものもない。来た時と同じくただひたすらに歩き続け、そしていずれ森を抜けられる事を願うしかない。
それは精霊の能力によって狂わされるためなのだが、私達は少なくとも精霊と会い、そして別れの言葉をかけられたのだ、出られぬはずがない……。そのように三人とも思っていた。
「さすがにこれは、何かおかしいのでは……」
キュウがそう切り出したのは、三度目の休憩を挟んだ時だった。
休憩の回数も、実際に歩いた時間も距離も、来た時の倍以上掛かっている。それでも森の出口に行きつく事はなく、歩けど歩けど同じにしか見えない木々ばかりの景色が続くのだった。
それにはハシミも、不安と焦りの色を隠せずにいた。
「……ですな。外に出られないのは、精霊メシア様が我らを外に出す気が無いという事ですかな」
「しかし、それだと理由がわかりませんね。何か機嫌を損ねる事をしたのであれば別ですが、怒っていた様子はなかったですよね?」
「うむ……。精霊とはどのような存在か測りかねるゆえ、あれで怒っていた可能性はなくはないですがな……」
歯切れの悪い返事をするハシミだが、彼だって神官をしていたからといって、元々神官は精霊などの人間以外を相手にする仕事ではないのだ。だから語り継がれている話から心得はあるだろうが、それは対応できるかどうかとは別問題である。
しかし精霊の相手の方法は分からずとも、森で迷った時の解決法を持っているのが冒険者である。
「では、少し私が見てきましょう」
キュウはそう言って木の上へと駆け上がる。木に登るではなく、枝に手を伸ばしたかと思うと、そのままくるりと枝を掴んだ手の力で体を回転させ、その勢いで上へと落ちるように跳んで行ったのだ。
ギルドの訓練でナガノさんがやっていた逆上がりというものと同じだったが、冒険者にとっては普通にできる事なのだろうか。私は回転すら満足にできないが、その勢いで跳んでいくのはさすがに普通ではないと思いたい。
そんな風に半ば呆然としていれば、木の頂上から飛び降りてきた彼は音もなく、そして何事もなかったかのような顔で地面へと着地した。普通はそんな高い所から飛び降りたら痛いと思うのだけど、もしかして彼は重力操作の魔法でも使えるんじゃないだろうか。もちろんそんな魔力の流れは見えなかったのだけど。
「周囲は木々ばかりで、村はおろか植林場さえ見当たりませんね」
「むぅ……。それほど奥まで迷い込んでしまったという事ですかな……」
「しかし、何の意味もなく精霊がそのような事をするでしょうか」
「我々を外に出したくない理由がある……。ならば精霊自ら手を打つ事もできたはず……」
ハシミは精霊の考えが分からず唸る。そしてキュウは自身の専門外というのもあって、解決策を提示する事は無い。けれど彼は、口は出さずとも何も考えていないわけではなかった。
「ノッテさん、あなたは幻術士の説明の時に、相手の考えている事が読めると言っていましたよね?」
「えぇ、正確には魔力の流れから把握できる程度だけど」
「それは精霊にも有効ですか?」
「魔力操作で秘匿されていない限りはね」
「では、精霊の考えも読めていたと?」
「そうね。けれど私達を迷わせるつもりではなかったと思うわ。
それが私を騙すための、偽の情報を乗せた魔力だったら別だけど」
「ふむ……。困りましたね、手掛かりはなにも無しですか」
ハシミと違い、キュウからは何の焦りや不安の色も感じない。というよりも彼は魔力操作がうまく、何を考えているかを私に読ませる事は無い。それこそ精霊メシアの方がよほど考えが漏れていたと言える。もちろんそれが本当に彼女の本心であったならの話だけれど。
「ただ彼女の考えにはなかったけど、この森には少し違和感があるの」
「違和感ですか?」
「えぇ。彼女の言っていた通り、この森は“死の呪い”から転じた“生の祝福”が溢れているわ。
けれど少し、それとは別のものがあるの。迷い、悩み、そして彷徨い続けるような魔力の流れがね」
「それはいつからですか?」
「この森に入った時からずっと。精霊メシアに会う前からよ」
「なるほど、そうなると関係なさそうですが……」
「その魔力、どこから発生しているか探知できますかな?」
「えぇ、できるわよ」
「待って下さい、危険かもしれませんよ?」
「しかしこうしていても仕方ありますまい。ならばそれに賭けてみようではないですか。
それに、万一の事があってもキュウが居れば心配ありませんしな」
「……仕方ありませんね。ハシミさんが言うなら付いていきましょう」
なんとも他人任せな発言をしたハシミであったが、それで了承するのだから彼らには強固な信頼関係があるのだろう。もしくは元々そういったハシミが振りまわす人であるか、またはキュウが相手を問わず振り回される損な役回りかのどちらかだ。
「では、その魔力の発生源へと案内していただけますかな?」
「わかったわ」
そうして私達は、木々が覆い行く手を阻まんとする道を進んでゆく。
けれど魔力の発生源へは、あっけないほどにすぐにたどり着いた。まるで途中の空間を歪めて短縮したかのように。
「……本当にこの洞窟ですか?」
「えぇ」
そこには崖にぽっかりと口を開けた穴があった。何の変哲もない洞窟。
けれど周囲には色とりどりの花が咲き蝶の舞う、違和感をもたらす魔力とは縁遠い場所だった。
そしてこの場所に、私は見覚えがあった。それは、二年前の旅の初めの頃だった。
次回更新は5/11(月)の予定です。
以下雑記
どんどん更新頻度が落ちてるとかツッコミ入りそうですね。実際そうですけど。
大丈夫、エタりはしません。ただちょっと過去話に飛ぶので間隔開けようかなーと。
という言い訳であって、実際はもうちょっと話詰めたいナーって思うんです。
今回の章はかなりとっちらかってると俺自身思ってるので……。
まぁ過去回想入ったら淡々と進めるのでそういう事もないと思うんだけどネー。
……あれ?今の段階でプロローグから見たら過去回想なのでは??




